第11話 勇者と魔王

 魔王は既に討伐されている。


 それも、俺と同じように異世界から召喚された勇者によって。


 その事実を聞いた俺の頭に浮かんだのは、疑問だった。


「なんで俺は呼び出されたんだ?」


 俺は頭に浮かんだ疑問をそのままマリアにぶつけると、マリアは申し訳なさそうに俯いた。


「それは━━━」


「ふむ。どうやらサワラギ殿は何も知らない様子。では、私が説明しましょうか」


 ゴリ市長が鷹揚に頷くと、部屋の周りをウロウロと歩き出した。


「昔々、この世界には強大な力を持つ魔王がいました。魔王は魔族を生み出し、人々を苦しめた」


 ゴリ市長がぴたりと足を止める。


 そのすぐ近くの壁には、巨大な絵があった。上には黒く塗られた禍々しい悪魔みたいなやつ。その下には服を手にした人間が数人。立ち向かっているように見える。


「苦しみに会えいた人々は女神に祈りを捧げました。その見返りとして女神はグリモアと魔術を、さらに勇者召喚の儀式を与えてくださったのです。そして、初代勇者は多大な犠牲を払い、魔王を打ち倒したのです」


「……」


 あの女神、昔は人のために行動できるやつだったんだな。


 それが今じゃあんな……いや、今は話に集中しよう。


「ところが、魔王は女神の加護が宿った勇者ですら殺しきれなかった。結果、現代に至るまで、魔王は百年に一度のサイクルで復活するようになったのです。復活のたびに、我々は勇者を召喚し、魔王を封じてきたのです」


「……」


 なるほどな。


 百年ごとに復活する魔王。それに合わせて召喚される勇者。


 この世界では俺以外にも、過去に何人も勇者として召喚された人間がいるってわけだ。


「そして、昨年が魔王がちょうど復活する年でした。我々は復活の一年前、今からですとちょうど二年半前に、我々は女神に祈りを捧げました。今度こそ、魔王を打ち倒せるような凄まじい力を持つ勇者を召喚できるように、と。そうでしたな? 代々勇者の召喚を任されてきたフォクサー・サモナリウス殿」


「う、うむ」


 マリアの親父さんが目線を逸らした。


 というか、部屋の空気が重い。一体何だってんだ?


「その勇者はポンコツだった……わけないよな」


「えぇ、そうですとも。素晴らしい能力をお持ちだった。全属性の魔法適性を持ち、あらゆる武器を使いこなし、深い知識と高い徳を備えておられた。魔王が復活するまでの一年間、こなしたクエストでは最高スコアを叩き出したほどです。その過程で集めた仲間も皆一騎当千。まさに最高最強のパーティでした。勇者一行はそのまま我々の期待を上回り、半年で復活した魔族と魔王を壊滅させました。過去の最短記録を大幅に更新。早すぎる平和の訪れに我々は歓喜しましたよ。ですが━━━」


 額に手を当てて、ゴリ市長はため息をついた。


「祝勝記念パレードが終わった翌日、勇者が国王を殺害しましてな。そのまま国を乗っ取ってしまったのです」


「はぁ!?」


 俺は思わず大声をあげて目を見開いた。


「一体何があったんだよ?」


「さぁ、そこまでは。現在勇者が首都を占領し、周辺の都市に命令に従うよう通達してきています。命令を拒めば市民を皆殺しにすると宣言したのです」


「……脅しだろ?」


「そう思うでしょう?」


 ゴリ市長は力無く笑った。


「我がエルシド市の隣にはアルミラ市があります。そこ市長は国王と懇意にしていたこともあり、勇者に反旗を翻しました。どうなったと思います?」


「まさか……」


「消滅しました。えぇ。文字通りの意味です。人も、建物も。何もかもが街ごと潰されたのですよ」


 ごくりと唾を飲み込む。


 ゴリ市長は軽薄というか、つかみどころのない人間だ。が、この発言が嘘偽りのない真実であるとその真剣な表情は告げている。


「分かっていただけましたか? なぜあなたを警戒するのか」


「市長! 話は終わりだろう!」


 今まで黙っていたマリアの親父が怒号をあげる。


「いかに異世界から来た勇者とて、グリモアを手に入れたばかりならば━━━」


「ダメです!」


 マリアが俺の目の前で庇うように両手を広げた。


「こ、幸多さんはすでにグリモアを顕現し、冒険者の登録も終わりました! いくら父さんと市長でも登録を抹消することはできません!」


「むぅ」


「マリアっ……!」


 口をつぐむゴリ市長とマリアの父親。どういうわけかわからないが、とりあえず助かったらしい。


 つっても危機的状況であることに変わりはない。前の勇者が馬鹿やったせいで俺まで立場が危うくなっている。そもそも前の勇者がちゃんと仕事しないから俺がこの世界に来る羽目に貼ったんだろう? いい迷惑じゃないか。


 と、腐る前にだ。俺で確認をしないと。


「マリア。君が俺を呼んだのは、その勇者を倒すためか?」


「それは違います。私は━━━」


「おいおい、なんの騒ぎだぁ!?」


 俺たちのやりとりに気がついたのか。他の職員やら冒険者がぞろぞろと部屋に入ってくる。ごっつい鎧を着た大男や露出の多いドレスを身に纏った女性など、さまざまだ。


「なんだあいつ? 新入りか?」


「髪も目も黒いわねぇ」


「結構可愛いじゃない?」


「ヒョロイなぁ? 強いのかぁ?」


「みなさん! お騒がせして申し訳ない!!」


 人が集まったところで、マリアの父親が頭を下げた。


「そしてお気をつけを! この男は我が娘マリアが異世界から召喚した勇者なのです!」


 あ、やばいと思ったが時すでに遅し。


 この場に集まった職員はサッと身を引き、冒険者たちは緊張感を漂わせて一斉に腰に下げたグリモアを手に取った。


「っ!」


「まぁまぁ皆さん。落ち着いて。彼はまだこの世界に来たばかりで、右も左もわからぬ状態。ここは穏便にいきましょう」


 間に入ってくれたのはゴリ市長だ。俺を庇うというより、兎にも角にも争いを起こしたくないといった感じだ。


 さて、やばいな。部が悪いぞ。マリアの親父さんは見たところ町の権力者だ。発言力に天と地ほど差がある。


 俺がいくら叫んだところで、事態が好転するとは思えない。


 戦いになっても多勢に無勢だ。こちらの味方はマリア一人。俺はグリモアを貰ったばかりだし今はクリスの手元にある。


 どうするか。


「ふむ。これでは事態が進展しませんな。クリス君、今君が手にしているのは、椹木殿のグリモアだね?」


「はっ、はい! そうです!」


「では、彼の冒険者ランクを査定したまえ。仕事だろう?」


「……かしこまりました」


 クリスが震える手でグリモアの表紙を開く。


「こ、これは!」


 俺はもちろん、周囲の人間が固唾を飲んで見守る中でクリスは驚きの声を上げた。

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