第8話 冒険者組合にて

 俺たちはようやくエルシドの外壁にたどり着いた。


 門番の衛兵はマリアと顔見知りらしく、笑顔で出迎えてくれた。異世界から来た俺を物珍しそうに遠巻きに見いている。


「?」


 なんだか視線に邪気を感じつが、俺はあえてそれを無視した。


 マリアが手続きをしてくれたおかげで、俺たちは中に入れた。


 街の中はやはり現代日本とはかけ離れていた。


 所々に雑草が生えた石畳。家々は木造でばらつきがある。人々が来ている服もどこかファンタジックで、それぞれ似て入るももの同じものは一つもない。


「そーいや、俺制服のままだな」


 自分の体を見下ろすと、着なれた学ランが映る。周りが同じく服装をしている環境に慣れすぎているせいで、すごく場違いだ。


 案の定、街の住民からジロジロと見られる。そりゃそうだよな。こんな真っ黒い格好してるやつ、他には誰もいねーし。


「なぁ、もしかしてあれ━━━」


「え、嘘でしょ?」


「最低━━━」


 しかも、あんま歓迎されてない雰囲気だ。


「ふぅ」


 ちょっと居心地が悪いが、まぁ仕方ない。こっちだってせっかく異世界に来たんだ。色々見学させてもらおう。


 そう思っていたら、


「……幸多さん、こっちです」


 マリアが俺の手を引いて案内したのは裏路地だった。


「ここで待っていてください。すぐに戻ってきますから」


「お、おう」


 マリアの有無を言わせぬ迫力に俺は思わず頷く。


 何事か聞く間もなくマリアは表通りに行き、物の数分で戻ってきた。


「お待たせしました。幸多さん、こちらを羽織っていただけますか」


 マリアが持っていたのはマントだった。色は焦がしたようなクリーム色で、生地は薄い。


 何かの装備かアイテムかと思ったが、受け取ったらなんのことはない。普通のマントだ。


 まぁ学ランは目立つよな。これなら全身すっぽりと覆うし、気温的にも上に一枚来たって問題ない。


「わかった。ありがとう」


 俺は素直にマントを羽織った。


 うん、いい感じだ。


「では行きましょう」


 改めて表通りに出る。今度は誰からも見られたりしなかった。


 正直、テンションが上がっている。マジでゲームの中に入った気分だ。これで下も本格的に着替えて、腰に剣とか装備したら完全にキャラクターそのものだ。


 うーん、ガラス窓か鏡があればなぁ。今の自分の姿を確認できるのに。


 俺は先程のお返しとばかりに露店とか酒場などの店をジロジロ見ながら、マリアの後についていった。


「?」


 途中、俺はある違和感に気づいた。


 街の住民の多くがひそひそ話をしている。


 異物である俺を見ながらというのならまだわかるが、そうではない。もっと別のことについて話していると俺は直感した。


 それに、なんだか緊張感が漂っている。街の様子は穏やかだ。それこそゲームでよく見かけるようなファンタジーな風景そのもの。なのに、人々はこそこそと話し、何かに怯えているようだった。


 大通りに出ると、道の先に大きな建物が見えてきた。どでかい看板にはアルファベットよりごちゃごちゃした見知らぬ文字が塗りたくられている。


「あれ?」


 見知らぬ文字のはずだ。なのに俺の頭にはその意味が読めた。


 エルシド市冒険者組合会館。そう書かれてる。多分。


「なぁ、あの看板って、『エルシド市冒険者組合会館』って書かれてるよな」


「? そうですよ」


「変な気分だ。見覚えのない文字なのに意味はわかるなんて」


「それは女神様の加護ですね。最初は混乱されると思いますが、すぐに慣れますよ」


 にこやかにするマリア。冒険者と名のつく通り、近づいていくにつれ道の両脇には武器屋が増えていき、鎧や剣を装備した人間を見かける機会が増えた。


 彼らも街の住民と同じく、緊張感を漂わせている。


「……」


 何かあったとすぐにわかったが、それをマリアに聞く気にはなれなかった。



 前を歩くマリアのペースが早くなっている。周りの雑音から耳を塞ぐように。


 俺は何も言わずに黙ってついていき、マリアと一緒に扉を開けた。


「部隊の編成は! どうなってる!?」


「偵察部隊からの連絡は!?」


「名簿が見当たらないんだけど!」


「装備リストは行き渡ったな!」


 けんけん囂々。青と白の制服を着た職員と思しき面々が大声を上げながら走り回っている。まるで学園祭前日の追い込みみたいだが、それよりかはもっと必死だ。


「あら、マリアじゃない!」


「こんにちは、クリス」


 慌ただしい中、受付にいた女性が気づいて声をかけてきた。ウェーブがかった短めの金髪がよく似合う、活発そうな女の子だ。青と白の制服がよく似合っている。


「久しぶり! ここ一ヶ月見かけなかったけど、どこ行ってたの?」


「ちょっとね。それよりも、彼を冒険者として登録したいの。頼んでいいかしら?」


 俺の前にいたマリアが体を逸らして俺を紹介する。クリスの瞳がジロジロと俺を眺め回す。


「黒っ。髪も瞳も真っ黒ね。どこからきたの?」


「俺は━━━」


「まぁまぁ! 彼、別の大陸から来たみたいなの。冒険者になりたいみたいだから、グリモアの手続きやってもらっていい?」


「へぇ!」


 クリスの顔がぱっと明るくなった。


「こんな非常時によく来てくれたわね! 助かるわ〜!」


「ちょっ!」


 そういうや否や俺の手をぐいぐい引っ張って歩き出した。思わずつんのめってしまう。


 クリスに連れられて施設の中を歩く。入口の慌ただしさは中でも同じだ。むしろ酷くなっている気すらある。


「さ、ここよ!」


「おぉ」


 廊下を通り、階段を登って、一際大きな扉を開けると、部屋の中には巨大なトロフィーのようなものがあり、その上には水晶が鎮座していた。

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