第7話 グリモア

 

 女神の祠を出た俺たちは近くの街を目指して歩き出した。


 遥か向こう、とまでは行かない距離に城壁が見える。目的地がはっきりしているのはありがたい。


 歩きながら俺はマリアについて話題を振った。


「やっぱりここってゲームみたいな世界なのか?」


「げーむ?」


 キョトンとするマリアを見て俺は反省する。


 マリアは異世界の人間だ。俺のいた世界のゲームの話をしても通じないだろう。


 ファンタジー、中世、うーんどれも違うと悩んでいると、マリアはハッとして、


「ゲーム、ですね! 前に来られた方もそんなことを言ってました!』


「あー、なる」


 そうだった。俺以外にもこの世界に来ている奴はいるんだった。


 ならこの世界はファンタジーな世界なんだろう。一人納得する。


 街に着くまで俺たちはいろいろな話をした。人がどんな暮らしをしているか、街の様子。通過はドラというそうで、金銀銅貨でやりとりをしているらしい。


 そろそろ外壁が視界を覆い尽くした頃、俺はある質問をした。


「じゃあ、剣とか魔法とかあるのかな?」


「ありますあります! エルシドの街に着いたら、幸多さんの魔法適性を把握してもらいましょう!」


 マリアの楽しそうな笑顔は見る者をほっこりさせる魅力があるらしい。


 俺も楽しくなってつい笑顔になる。


「あ、ちょうどいいとろこに。あれを見てください、幸多さん!」


 マリアが俺の後ろを指さしたので、振り返る。


 何かが土煙を上げて走っている。


「馬……じゃない! なんだあれ!?」


 人を乗せた動物がいるので馬かと思ったが、違う。


 足が二本ある。


 俺は恐竜図鑑に載っていた恐竜を思い出した。ヴェロキラプトルみたいに二足歩行で走る、でかいトカゲみたいなやつだ。あれにそっくりなのだ。


 大きな荷車を二頭のトカゲが引っ張っている。その周りには二頭のトカゲが並走していて、鎧を纏った人間が乗っていた。


「あれは地龍です。荷物の運搬をしたり、人を乗せて走ったりするんです」


「うおぉ、すげぇ」


 俺は感激のあまり声が震えていた。


 実を言うと、俺は恐竜が大好きなのだ。恐竜博物館には何度も連れて行ってもらったし、本棚は恐竜図鑑で埋まっている。生まれ変わったら、メガロサウルスかプテラノドンになりたいくらいだ。


「あれは冒険者ですね! おそらくクエストで採取したアイテムを積んでいるのでしょう」


「その割にはすごく慌ててないか?」


「もしかしたら、賊に追いかけられているのかもしれません。念の為、私たちも急ぎましょう!」


「あ、あぁ」


 足早に外壁に向かうマリアについていきつつ、俺はつい竜に乗って走る冒険者たちの方をチラチラと振り返る。


 マリアの言う通り。荷車の後ろから同じく地龍に乗った人間が三人、追いかけているようだ。格好はどこか汚れていて、なんか落武者みたいだ。


「仕掛けるぞ!」


 荷車を護衛している鎧の男のうち、が野太い声を上げた。そして

取り出したのは、腰に下げた本。


「あれは……」


 俺はつい足をとめる。


 確かマリアも本を持っていた気がする。


 あの本は重要なアイテムに違いない。そう直感して、俺は背後を凝視した。


「ファイヤーボール!」


 兜に羽の飾りをつけている方の男が呪文を唱えると本が光り出し、火の玉が出現。

そのまま高校球児が投げるように追いかけてきた敵に放つ。


 三人いた賊全員に火の玉が直撃する。外れた球は草原に着弾し、火の手が上がっていた。


「隊長!」


「頼む!


「かしこまりました!」


 もう一人の鎧の男も本を取り出す。今度はなんの呪文も唱えていないのに光だし、中から剣が現れた。


「ウォーターシュート!」


 剣から水が溢れたし、消防士が使うホースのように草原を燃やす火と賊を燃やしている炎を消していく。


「すっげ」


 俺は完全に立ち止まり、食い入るようにその光景を見つめていた。


 全てはあの本だ。ファイヤボールという魔法も、剣などの装備も、全てあの本から出ている。


「幸多さん、どうしました? 早くしないと━━━」


「いや、今終わったとこなんだ」


「まぁ、さすがはゴールドクラスの冒険者ですね」


 隣でうんうん頷くマリアの腰に俺は視線を下ろす。


「なぁ。その本ってなんなんだ?」


「これですか? これはグリモワです。魔法を使ったり魔道具を仕舞ったりできる、

私たち冒険者に必須のアイテムです」


「へー。てことは、俺も使えるのか?」


「もちろんです! そのためにも、早く街に向かいましょう!」


 そう言ってマリアは俺の手を取って、スタスタと歩き出した。


 もちろんと自信満々に言われたおかげで、俺は内心の不安を吐露せずに済んだ。


 俺はこの世界に来たものの、あの女神から


「呪いをプレゼントする」


 と言われてしまっている。


 グリモワはこの世界における重要アイテムだ。おそらく。それが使えないとなるとこの先が厳しい。俺が元の世界に帰るためには絶対に必要だ。


 だから俺は安堵した。


 そして、


「別の世界から来られた勇者様は、皆強力なグリモワをお持ちですから」


 そう言ったマリアの声に含まれる、暗い影に気づくことはなかった。

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