第6話 ちょっと興奮してる
自分の感情を表に出さないように必死でいると、笑顔だった少女が戸惑いを見せ始める。
「えと、あの……大丈夫ですか? 言葉、わかりますか?」
「わかっている。大丈夫」
「は、はい……」
勤めて冷静であろうとしたが、全くダメだ。自分でもわかるくらい声が平坦なくせに怒りが隠しきれていない。
俺はため息をついて、真っ直ぐにその女の子を見据えた。
「質問がある。君が俺を選んだのか?」
「あ、えと、その」
一つ一つ言葉を選んだせいか、少女は俯いてしまった。
「君はどうやって俺をここに呼んだんだ?」
「こ、ここは勇者を召喚する女神の祭壇なんです。私は巫女で、毎日祈りを捧げていて、そうしたら貴方が……」
同じトーンで質問すると、今度は怯え切った声で答えられた。
その様子と声音に俺の頭が急速に冷凍される。
「はぁ」
深呼吸をして冷静さを取り戻す。
この女の子はただ勇者が欲しいと望んだ。で、あの女神は望みを叶えるために俺を選んだわけだ。
つまり、この女の子に落ち度はない。
ここで怒っても仕方がない、と自分に言い聞かせる。腐ったところで何も始まらない。
「あ、あの。もしかして、迷惑でしたか?」
「え?」
「……この前来られた勇者様は、とても嬉しそうにしていたんです。俺はこんな世界にきたかったんだって。なのに幸多様は、その、あまり嬉しそうじゃないので」
「あー、まぁ」
つい視線を逸らしてしまう。
ってことは、他にもいるのか。俺みたいなやつが。
「……帰りたい、ですか?」
「できれば」
俺は即答し、女の子の悲しそうな顔を見て後悔する。
あのアニメ、そしてこの子の勇者という発言から、俺にはやらなきゃならないことがあるんだろう。多分魔王を倒せとかそんな感じの。
なのに来たのがやる気がない上、女神から呪われている高校生と来た。
せっかく来た勇者がこんな人間じゃ、タチの悪い冗談かと思うだろう。
「……もし幸多様が望むなら、元の世界に戻すことができるかもしれません」
「本当か!」
「きゃっ」
俺が勢いよく立ち上がるとマリアが驚いて尻餅をついた。
「あ、ご、ごめん」
手を差し伸べると女の子は白くて小さな手で握り返してくれ、立ち上がった。
「……言い伝えの中には、女神様が死んだ勇者を生き返らせたという記述があります。なので、女神に祈り、願えばもしかしたら━━━」
「……可能性はある、か」
俺は口に手を当てて考え込んだ。
あの女神の実力は本物だ。俺を別の世界に連れてきたり、言い伝えが本当なら死者を生き返らせたりできる。まさに神だ。チートだ。
なら、俺を元の世界に戻すことだってできるかもしれない。
問題はあのクソみたいな女神が俺を素直に元いた世界に戻してくれるかどうかってことだ。
「祈り、願えば、か」
「はい。言い伝えでは、勇者の死に国民中が涙し、女神に祈ったそうです。なので……」
「あー、なんとなくわかった」
俺はゆっくりと頷いた。
死者を蘇らせる、俺をこの世界に連れてくる。どちらも人の祈りが前提となっているのは話を聞いて理解できた。
俺が今ここでどれだけ帰りたいと願っても、あの女神は聞いてくれないだろう。あの失言は……俺にも責任があるわけだし。
なら、やるべきことは一つだ。
「よっしゃ!」
俺は気合を入れるために頬を叩いた。
俺は勇者としてここに召喚された。なら、望まれた以上の結果を出してやろう。そして、たくさんの人に俺の願いを理解してもらい、女神に祈ってもらう。女神が無視できないくらい祈りが集まれば、女神も俺を元の世界に返さざるを得ないだろう。
「そうだ、自己紹介がまだだったな。俺は椹木幸多。君の名前は?」
「わ、私はマリア・サモナリウスと申します。マリアと呼んでください」
「よろしく、マリア。俺も幸多でいいよ」
互いに握手をして、笑い合う。
「ところでここはどこだ? やけに薄暗いよな」
洞窟の中のように薄暗い。壁に立てかけてある松明がなくなったら真っ暗闇になる。俺が落ちてきたところは石の別途のようになっていて、後ろの壁には女神と思われる女性が描かれている。
「ここは女神を祀る祭壇です。さ、いきましょう幸多さん! この世界を案内しますよ!」
嬉しそうに笑ったマリアが俺の手を取って薄暗い道を進んでいく。
薄暗い洞窟の向こう、光が見える。二人揃って近づいていき、そして━━━
「うわぁ……」
眩しい光に慣れた目に映る光景に、俺は絶句した。
どこまでも広がる薄緑色の草原。なだらかな丘にはところどこ木が生えている。
地平線の向こうには雪化粧に覆われた山脈。
空はどこまでも青く、所々にかかる雲は真っ白で。
鼻から通る空気のなんもいえない匂いと味は都会のそれとは全く違う。
「……」
昔、クリスマスにもらったゲームを思い出した。
朝起きたら置かれていた最新のハードにファンタジックなイラストが描かれたゲームソフト。後で知ったが、それはオープンワールドRPGというらしい。
テレビに繋いで、ゲームを起動。チュートリアルをプレイしてようやく外に出たときも同じような世界が広がっていた。
あのワクワク感は今でも覚えている。深夜にこっそり起きて親に怒られるまでプレイしたんだ。
高校生になってからは買うゲームも減ってワクワクすることも無くなった。
あの感覚を、いや、あれ以上の感覚を味わえるとは。
「ようこそ、この世界へ!」
そんな俺に前に躍り出たマリアは両手を広げ、眩しい笑顔を向けた。
現実の世界や良子のことを完全に忘れてしまうほど、俺はその世界とマリアに魅入られてしまっていた。
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