第5話 いざ異世界へ
リモコンを粉々に潰した女神様。
女神って握力すげーんだな。いやそうじゃなくて。
「……らんない」
「は?」
「信じらんない! 何でこんなリア充を異世界に送らないといけないのよ!!」
ブチギレて地団駄を踏み出す女神。
予想以上の怒り具合に流石に焦る。あと地団駄に合わせてこの空間が揺れているのが怖い。
気持ちはわかるぞ。俺もおんなじ気持ちだ。だから落ち着け。
「アタシはこの前フラれたばっかりなのに!」
それは知らんがな。
「もーあったまきた! こうなったらあんたの情報丸裸にしてやるから!」
そう言って女神は空中に魔法陣を描いた。巨大な縁の中に三角やら見たこともない文字やらが所狭しと書かれている。
「ちょ、わっ!」
その魔法陣が俺めがけて飛んできたので、俺は思わず腕で塞いだ。
「え?」
攻撃かと思いきや何もなかった。体を通り抜けただけで何も起きない。
不思議に思って顔を上げると、魔法陣はドヤ顔をしている女神の元に戻っていた。
「ふふん、見てなさい! この解析魔法を使ってあんたの弱点を洗い出してやる!!」
魔法陣は光り輝いて一枚の紙に変化した。どうやらその紙に情報が載っているらしい。
「なになに。名前は椹木幸多。高校二年生で、今年からバスケ部のレギュラー。好きなバンドはQueen。日本人てほんっと好きねこのバンド。でカノジョ持ち、ってその情報はいいんだよ!」
「プッ」
「笑うな!! ふん、どうせ部活ばっかで勉強はたいしてしてないんでしょ……って定期テストは学年十位!?」
「あぁ。前回はたまたまだ。普段は三十位くらいだぜ」
「それでも十分高いわよ! 嫌味か貴様!!」
めっちゃ顔に皺をつけながら唾を飛ばしてくる女神。芸が細かいな。
俺は立ち上がって洋服から埃を落とした。
「俺を元の世界に戻せよ」
「よく戻せなんていえるわね」
「俺は異世界に行かなくてもいいんだ。他にもっと、こう、候補がいるだろ。ふさわしいやつがさ」
アニメで見たような、現実世界で理不尽な目に遭っているやつがいくべきだと思う。その方が絶対にいい。
世の中にはいるんだ。頑張っているのに報われなかったり、ひどい目に遭うやつが。
どうせ異世界に行くならあいつの方が……いや、やめよう。
「俺を俺の現実に返せ」
「無理よ」
女神はヘラヘラ笑って手を振った。
「残念無理です。そういう契約で、あなたは選ばれたの。世界を救うためにね。拒否権なんてないわ」
「おい」
明らかにふざけた態度。俺は静かに怒気を滲ませる。
「できないんだってば!! チートな能力を授けて女子にモッテモテしてやるって言ってんだから文句ないでしょ!!」
「誰がそんなことを頼んだんだよ!」
つい俺も怒鳴り返す。
「勝手に行動して感謝しろだぁ? しかも癇癪持ちとかよ、そんなだから男に振られるんだ!」
口に出してからしまったと思ったが、もう遅い。
女神は一瞬フリーズしてから顔を歪め、またしても地団駄を踏み出す。
「絶っっっっっっ対に許さない! 自分が恵まれてるからって調子に乗りやがって! あんたなんかゴミみたいな世界で一生過ごしていれば良いのよ!」
怒り狂った女神が魔法陣をバンバン展開し、俺の体は宙に浮いた。
「おい、降ろせ!」
手足をジタバタさせるも空を切るばかり。
「フンだ! あんたには呪いをプレゼントしてあげる! せいぜい向こうで前の世界を思い出しながら暮らすことね!」
「クソっ!」
なすすべもなく吸い上げられる俺。天井を見上げれば光が見える。
やがて吸い込まれた俺の脳裏に過る、父親、母親、姉、大好きだった爺ちゃん。
そして、涼子の顔。
明日のデートは行けない。俺がいなくなったと知ったら、泣かせてしまう。
最後に連絡したかったな、と未練を抱いたら光が消え、暗闇に包まれる。
そして、今度は落ちるような錯覚を味わう。
「うおおおおおおお!」
頭から落ちている。その先には白い光があった。
この速度、落ちたら死ぬんじゃないかと思った瞬間、
「ぐっは!」
白い光は大きくなり、背中に衝撃が走った。肺から空気が抜け、鈍い痛みにうめく。
「どこだよ、ここ……」
「わ、すごい! 本当に来た! 来てくださった!」
頭をふりながら起き上がると、少女の声が耳に飛び込んできた。
ぼやけていた視界に輪郭があやふやな少女が映り、やがてはっきりした。
光り輝く金髪を肩まで伸ばした、目がくりっとした女の子だ。十人中十人がかわいいという感じの美少女。あのアニメで見た女の子とは似ても似つかないが……服装はどことなく面影がある。現代ではありえないようなファンタジックな服だ。
つーか胸でか。でっかいわ。メロンかよ。アニメとか漫画でしか見たことないわこんなの。
なるほど。どうやらマジで異世界に来たっぽいな。とその時俺はぼんやりと思った。
しかも、本、か? なんか腰に本をぶら下げている。
まじまじと観察する俺をよそに、少女は眩しい笑顔を向けて、
「ようこそ勇者様、この世界へ!! 召喚に応じていただきありがとうございます!」
そう言った。
「……」
眩しい笑顔と可愛げのある声に抱いた感情は、怒り。
お前が俺を呼びやがったのか、という感情を表に出さないよう。
俺は無表情を貫いた。
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