怖かった事

『子供の頃は怖いけど、大人になっていく内に平気になること。』


 そんな問が、不意に浮かんだ。


「俺が子供時代に怖かったものって何だろうか?…」


 やっぱりオバケか?それとも暗闇?…そんな事を考えていると、「神野かみのくんって、今は平気だけど、昔は怖かったものってある?」と、高校時代にそんな事を聞いてきた奴がクラスにいた事を思い出した。


 だが、俺はそれが誰だったのかを思い出せずにいた。


 そんなある日、友人の島崎しまざきから「明日の夜、会えないか?」と言われ、特に用事もないので会う事になった。


 久々に会った島崎は全く変わっていなかったが、左の薬指に宝石の付いた銀の指輪をめていた。


 そんな島崎の口から、『あの問』が出て驚いた。何でそんな事を聞かれるかと思えば、島崎も俺と同じ様に質問されていたらしいのだ。

 しかし、島崎もそれを誰に聞かれたのか思い出せないのだ。


 俺達は『あの問』を考える事にした。それが俺の求める答えに導いてくれと思ったからだ。

 怖かったものの候補に先ず島崎が挙げたのは母親だった。

 俺が「今もだろ?」って言ったら、「そうだったわ!」っと照れた様に言った。話は盛り上がっていったのだが、全く思い出せる気配がしない……というか、そのクラスメイトが居たかさえ怪しくなってきた。


 島崎との共通の友人、もしくはクラスのムードメーカー、そこ当たりくらいとしか話した記憶はない。

 コイツは兎も角、俺に親しい女友達は居ない。そこで候補に挙げたのはクラスの人気者であった『鮫島さめじま』だった。


 彼女は俗に言う不思議ちゃん…天然発言が多く、元気で明るく誰にでも平等に接する性格。その明るさと天然さで周りを和ませるから故か、彼女は男女共に人気だった。

 だから俺も『鮫島』とは比較的よく喋っていたと方だと思う。


 しかし、島崎と俺の抱いた彼女のへのイメージは全くの真逆だった。

 それに俺達は鮫島について良く思い出せずにいた。


 そこで他の友人に連絡を取り『鮫島』について聞いてみたのだが…返事は早かった。「鮫島って、鮫島咲良の事?」と送られてきた。

 しかしその後、友人から送られた内容に言葉を失った。


「懐かしな、お前が書いてた文化祭の劇の話のヒロイン!」


 …──そうだった、鮫島咲良は存在しない…俺が文化祭の劇の台本を任され書いた物語のヒロインだった。


 そして、その物語の主人公は紛れもない、目の前にいる島崎だった。


 当時の劇の事も思い出し、それで鮫島役の女子が休んで代役が立ったという事を思い出した。

 それで分かったんだ。島崎が抱いた鮫島についてのイメージは台本のキャラで、俺が抱いたのは鮫島役の女子へのイメージだったんだ。


 それで島崎も納得したが、「でも、可哀想だよな…」と島崎が何かを思い出した様に言った。

 俺は首を傾げ、「何がだ?…何かあったか?」と島崎に尋ねる。


「当日に来なかった鮫島役の女子、交通事故でトラックに撥ねられただろ」


 俺は島崎が話した事に衝撃を受けた。いや多分、俺自身、思い出さない様に忘れていたのかも知れない。

 でも、その子が『あの問』をした人物だと俺は確信していた。


 そして俺は何故か、代役が変わった途端、鮫島のセリフに彼女のが言った『あの問』を加えたのだった。

 俺は自分の完成させた脚本を書き換えるのが嫌いだった……のにも関わらずだ。


 彼女と俺はどんな関係だったのだろうか?気になった俺は彼女の顔写真が無いかと高校時代のアルバムを開いた。


「これだこれ、例の鮫島役の女子…!」


 島崎は卒業アルバムを開いて写真と名簿を一通り見た後に、ペラペラとページを捲って…直ぐに彼女を見つけるに至る。


 在学中に亡くなった事もあり名簿にはいなかったが、写真には所々に彼女が写っている。

 金髪の彼女は他の生徒よりも目立っていて、確かに見覚えのある可憐で明るあの笑顔を浮かべていた。


「てか、入学式の写真に写ってなかったな…転校生だっけ?」


 島崎に言われて、「いや、そんな筈は…」と、入学式の写真のページを確認すると確かに彼女は写っていない。


「…というか、これじゃ名前は分からないな。当時の事故の記事とか無いか?」


 アルバムをそのままに、俺達は当時、彼女が巻き込まれたトラック事故の記事を探した。


「…あった。名前は……。そうだ思い出した、白瀬しらせだ」


 外見は不良みたいな感じだけど、実際は明るくて人当たりも良くて俺みたいなのとも会話をしてくていた。


「…まぁ何はともあれ、名前が思い出せて良かったな。確か一つ上だっけ?」


 そういえばそうだった…白瀬は留年していて、俺達より本来は先輩だった。だから当然、入学式の写真にはいなかった訳だ。


「そういや島崎、お前も白瀬から同じ質問されてたんだな」


 そういうと島崎は首を傾げながら「何の事だ?質問って…」と巫山戯ふざけた事を言い出した。

 俺が『あの問』の事を言うと、なるほどな…という顔をした。


「俺が質問されたのは鮫島だよ、劇の中で鮫島役の子に言われたんだ」


 どうやら島崎は、あの劇中の言葉が白瀬の本当の言葉だったという事も知らなかったらしい。


「それにしたって、神野と白瀬さんがそんなに仲が良かったなんてな…」


「仲が良いって訳じゃないな、偶に放課後に教室に一人でいると向こうから話しかけて来るんだ」


 それを聞いた島崎は何故か不思議そうな顔をして、「いや、白瀬ってそういや授業終わったら一番に教室を出て行ってなかったか?」と言った。

 そういえばそんな気もする。それで放課後に俺が一人で残ってると荷物も何も持たない白瀬が楽しそうに話しかけて来るんだ。


 …そう言えば放課後、趣味で脚本作りをしていた俺の脚本を面白いと言ってくれたのも白瀬だった気がする。

 まぁ、そのせいで文化祭の劇の脚本は白瀬の案で俺が全部担当する事になったんだが……


「荷物を家に一度置いてから態々わざわざお前に会いに行くなんて、白瀬さんってお前の事が好きだったんじゃね?」


 そんな島崎に対して、「それは無いだろ…」と俺は言い切った。

 何よりそんな事を今更、第三者に言われても困る。もう本人はこの世には居ないし、勝手に白瀬の気持ちを決めるのはお門違いだ。


 しかし、好きかどうかは置いておいて…俺が白瀬を友人と、いや…それ以上の存在と思っていたのは間違いない。

 完成した脚本を書き換えるのが嫌いな俺が、あの時は迷わず『あの問』のシーンをリハーサル前に書き加えた。


 多分、演者には迷惑極まりなかっただろう。それでも、何故かあのシーンを加えたかったのだ。

 

「それより神野、お前はその質問になんて答えたんだ?」


「ん?…そういや何て答えたっけ?」


 その答えは思い出せず、その後は解散となった。それと、島崎は近いうちにプロポーズした彼女さんと結婚するらしい…めでたい話だ。


「もしかしたら、俺は白瀬が好きだったのかもな…」


 俺は島崎が去った部屋で、飲み物を入れていたコップや島崎が買って来た料理の皿を片付けながら今更な事を呟いていた。


そんな時、部屋のインターホンが鳴る。「島崎の奴、忘れ物でもしたか?」と、俺は直ぐに向かうが…──あっ、思い出した…


「…─ドッペルゲンガーだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編収集創作 藤倉(NORA介) @norasuke0302

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ