第13話 魔導士長がやってきた
ルベール兄さまと離宮に行くと、門の前に大きな箱を抱えたシブメンが立っていた。
「今来たところです。お気になさらず」
ルベール兄さまは何も言っていないのに、先に返事が返された。
「それはもしや、冷蔵庫ですか? 重かったでしょう」
門の鍵を空けながら、ルベール兄さまは畑作業をしている男を呼び寄せた。
(ここの鍵を持っているのは付添人たちだけなのだ)
男に冷蔵庫を渡して『では、失礼』と踵を返したシブメンは『使い方を説明しておきましょう』と、もう一度踵を返して工房へと歩いて行った。
「面白い人だね」
私たちはクスクス笑いながら、シブメンの後をついて行く。
でも、すぐに角を曲がって見えなくなってしまった。
歩くのが早い。初デートで振られるタイプ。
外で作業しているランド職人長に挨拶して工房に入った時には、もうチギラ料理人への説明が終わっていたくらいだ。
チギラ料理人は朝早くから来ていたのか、厨房ゾーンはすっかり片付いていていた。
調理器具も増えているんじゃないかな。新品の泡だて器も大小ふたつ下がってる。
調理台の上には今日の準備が整って指示待ち状態だし、やる気満々ですね。
お芋もあった。ちゃんと届いている。
「ゼルドラまどうしちょう。これから、とってもおいしいちょうみりょうを、つくります。いっしょに、たべませんか?」
何を食べるかは言わないでおく。
「芋でしたな。昨日は乳からできた『バター』で、今日は何ですか?」
もうアルベール兄さまから聞いているようだ。
では、その冷蔵庫はもしや……
「兄上に冷蔵庫を急かされましたか……食べたそうにしていたからなぁ」
ルベール兄さまも、そう思いますか?
はっ、目の下にクマが出来てるっぽいのは、そのせい? ひゃぁ~。
「きょ、きょうは『マヨネーズ』という、たまごからつくるちょうみりょうです。ゼルドラまどうしちょうのためにつくります!「シュシュ~?」ぜひ、たべていってください!」
美味しいのを作って、
ルベール兄さまのは、また今度です。
「お言葉に甘えましょう」
嫌がっていない、はず。
「では、あちらの、しょくどうで、おまちください」
「調理の過程を見たいので、ここで結構です」
「ランドしょくにんちょぉ、いすをおもちして~」
「お構いなく」
「シュシュ~、落ち着こうねぇ~」
ルベール兄さまに抱き上げられた。
よちよちされても収まりそうにありませ~ん。
「×××××× ×× ×××」
シブメンの手が、私の額に触れた。
声が……トンネルで響いているような、声が……ほぁぁ?
「興奮を抑える綴言です。どうですか?」
どうですか……って?
「……しんこきゅう、したあとみたい」
「良いようですね。では『まよねーず』作りを見せてください」
これか、ベール兄さまが言ってた K.Y. は……
「プリンの時を思い出すなぁ」
やっぱり。
テレレッテテッテッテッ、テレレッテテッテッテッ、テレレッテテテテテテテ、トッ、ティ、トッ、ティ……トッティッティッ、テレトッティッティッ、テレトッティッティッティッテテテテテ、テレトッティッティッ、テレトッティッティッ、テレトットッティッティティッ、トゥルルルトゥットゥットゥットゥッ………
今日のお芋を確認すると、ジャガイモ系のみ。里芋あらず。無念。蒸かしへ GO !
マヨネーズ作りに入ります。
卵黄+塩+酢+油を、泡だて器でもったりするまで混ぜる、だけ。
油を少しづつ加えるくらいのことは言った。
大切なのはサルモネラ菌対策だ。
殻は水につけると菌が中に浸透しやすくなるので、使う直前に水洗いする。
60度以上の湯で殺菌したいところだけど温泉卵になってしまうから、それは没。
アルコールでの消毒方法は検索ノーチェック。
完成品の湯煎で殺菌することにする。
チギラ料理人がシャカシャカやっている間に、ランド職人長にゆで卵を作ってもらう。
火台が3つもあるので、こういう時は便利だね。
だから使わなかった卵の白身もフライパンで焼けるのだ。
焼いた後はパンの上に乗せておこう……と思ったら、パンがない。
「パン生地はこねてあります。焼きたてをお出ししますよ」
チギラ料理人の視線の先に、窯の上だけ置いてある。
火台の上にかぶせて使う簡易窯だ。あるんだな~そういうの。
この国のパンはパリッとしたナンのような触感だ。
フンワリはしていないけど、私は好きだ。
お芋が蒸かし終わり、卵の白身も焼け、ゆで卵も茹であがって水で冷やし中。
次はクリーミーに仕上がったマヨネーズを熱湯で湯煎する。
そこで、シブメンが質問をしてきた。
「その湯煎の意味は?」
「なまのたまごには、ときどき、おなかをこわす、ワルイやつがはいっているので、おゆのねつで、なくすのです」
「あぁ『ゾウゴウ菌』のことですか。それには入っていないので湯煎の必要はありません」
こちらでは『ゾウゴウ菌』というのですね。
菌の存在が確認されている世界なら食の安全は大丈夫そうね。よかった。
ん? 入っていないとか言った?
「ゼルドラ魔導士長は『鑑定』持ちなんだよ。鑑定とは、ものの本質を見極める…え~と、見ただけで全部わかる力だよ」
カンテイ。かんてい……鑑定のこと?!
「生まれつきのものです。努力したわけではありません。さぁ、君、パンを焼き始めなさい」
シブメンが、チギラ料理人に指示を出す。
「マ、マヨネーズは、れいぞうこで、たべるまで、ひやしておいてください。ゆでたまごのからをむいて、こまかく、こうやって、こうやって、きってください。それで、それで、ゼルドラまどうしちょう。あれ、あれのなかみは、なんですか?」
明らかに塩が入っている容器を指して、鑑定をせがむ。
「鑑定しないでくださいね。また興奮して鼻血出しますから」
あ~ん。いけずぅ~。
「おぉ~、冷蔵庫! やっとシャーベットが食べられるぞ」
ベール兄さまの登場です。
出来上がりの時間を狙って来ましたか?
「それに凍らせる機能はありません。冷凍箱はもうしばらくかかります」
「えぇ~」
「そういえば魔導具でしたね。氷を使っていないということは……どれ」
ルベール兄さまが、冷蔵箱の見分に入る。
私も抱っこされているので一緒に観察します。
「箱の背面に冷気を出す魔法陣を嵌め込んでいます。温度調節はこの突起で……」
見た目はただの木の箱だけど、二重構造になっていて……え? ちょっと待って、これは……
「ゼルドラまどうしちょう。とびらのうちがわについている、かたくない、これは、なんですか?」
パッキンだよね! ゴムだよね!
「ガモの木の樹液を固めたものです。魔導具の保護によく使われますが……欲しいのですかな?」
「はいっ、はいっ。つくりたいものがあるのです!」
「魔導部にあるので、いつでも用立ていたしますよ」
キャーーーーッ!
「皆さま、試食の準備が整いました。食堂の方へどうぞ」
チギラ料理人が、話の腰をボキッと折ってくれた。
助かった。鼻血の難を逃れた。ありがとう。
◇ ◇ ◇
えぐみのあるお芋は今日もなかったので、これで食べられるお芋の種類が5種類になった。
サツマイモ系がまだ1種なので、次のに入っていたらいいな。
「昨日の『じゃがバター』と同じ食べ方でいいんだね。それじゃいただこうか。万物に感謝を」
この場で一番身分の高いルベール兄さまが音頭をとる。
万物に感謝を。
「ほっ、はふっ、旨っ、旨っ」
ベール兄さまの反応が一番早い。そしていい顔。
「バターも美味しかったけど、マヨネーズも何にでも合いそうだね」
ルベール兄さま…ミネバ副会長と同じ舌を持つ?
「……ほぅ」
ほぅ、じゃわからんて。
「ゼルドラまどうしちょう、どうですか?」
「芋とは、旨いものだったのですね。シチューにいれて煮崩れたら良い風味がでそうだ。この調味料も料理の幅を広げることになりそうです」
うんうん。マヨネーズは何でもありなのです。
「チギラりょうりにん。きざんだゆでたまごに、マヨネーズをまぜてください。はい、そのくらいです。まんべんなく、まぜてくださいね。それをパンのうえにのせて、たべます。てでもって、たべるのが、さほうです。おこのみで、こしょうもどうぞ」
本日のメニューは『じゃがマヨ』と『マヨたま』の二段構えです。
さぁ、どうだ?
「これっ! これが一番旨いぞ! これは何だ?!」
「『マヨたま』といいます。パンにのせたあとに、もういちどやいたものも、おいしいですよ」
「卵に卵の調味料とは面白いね。とても美味しいよ」
うんうん、高評価ね。
でも、今日もお芋が霞んでしまったかな。
「………わかりました」
何がわかったんですか? 唐突なシブメンですね。
「ゾウゴウ菌を除去させる魔導具を作りましょう」
は?
「マヨネーズを使った料理を、また作っていただきたい。しかも、他にも生卵を使った料理がありますね?」
ジロリと睨まれた。なぜ責められる?
「マヨネーズの調理法と、その魔導具を合わせて販売……」
その話はアルベール兄さまへどうぞ。
……でも、魔導具を買えない人は殺菌しないで作っちゃいそうな予感。
食中毒を起こされて、罪のないマヨネーズが風評被害を受けるのも、なんか嫌だ。
一般に広めるなら豆乳マヨネーズのほうがいいかな?
大豆が見つかればの話しだけど。見つかってほしいな。醤油も味噌も作りたい。
「まめでつくるマヨネーズもありますので、こんど、ししょくしてください。でも、ゾウゴウきんをなくすまどうぐは、あったらうれしいです。ゼルドラまどうしちょうが、むりせずつれるのでしたら、ぜひおねがいします。えと、それと、なまのおさかなのきんも、なくせるなら、うれしいなぁ、なんて……えへへ」
お刺身も食べたい。
「シュシュ、生の魚なんてどうするの? 生のまま食べるの? 違うよね?」
ルベール兄さまが引きつった笑顔で私を見る。
お寿司も食べたいのです。
「生魚は王女殿下だけが食べることになりそうですので、私が直接鑑定しましょう。では、魔導具の作成に取り掛かります。中座する失礼をお許しください」
立っ。早っ。
「ゼルドラ魔導士長。先に冷凍具をよろしくな。シャーベットが待ってるぞ!」
「そうでしたな、シャーベット……氷菓子も楽しみです」
後半はベール兄さまに言ったのでも、私に言ったのでもない。
シブメンも、あっちに往っちゃうタイプの人のようだ。
ははは、仲間。
本日の試食会も美味しく終了。
卵の白身を焼いたものをすっかり忘れていたので、ランド職人長とチギラ料理人に、マヨたまパンにあわせて食べてもらった。
じゃがマヨも美味しく食べてくれたようだけど、双方とも又もや『旨いです』だ。
美味しいならいいけどね。
アルベール兄さまとミネバ副会長の分は、冷めた芋とマヨネーズでは可哀想なので、マヨたまパンの方が用意された。
チギラ料理人が作ったのは、薄めに焼いたパンでマヨたまを軽く巻いた、タコスのような、ブリトーのような……
チギラ料理人が持参した水鉢の青菜を刻んで入れていた。
パセリのような香り。美味しそう。じゅるり。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
チギラ料理人による『食べやすいように』というこの気遣いは、後に『チギラ巻き』としてアルベール商会から販売されることになる。
品種改良後の芋……改め、新野菜『ジャガ』の一般の普及にも一役買った。
賽の目に切ったジャガ・ベーコン・他の野菜数種を炒めたものを挟んだものが『早い・安い・旨い』の三拍子で、平民の間で昼食の定番となったのだ。
ジャーマンポテト・ティストーム風味。美味しいものは異世界でも美味しいのだ。
続々と新しい具味が増えて、チギラ巻き専門の露店があちこちに出る頃には、仕事前の朝食に立ち食いする姿も多く見られようになった。
チギラ巻きの立ち食いは、王都下町の名物となったとか。
下町に行くことがない姫君には知る由もない……なんてね。
…………………………………………
アルファポリスで先行配信しています。
こちらでは修正版をUPしていますが、もう少しまとめてから続けますので…ごめんなさい。
転生王女は自給自足をする~モブだけどヒロインを排除します!~ ちゃんこ @chanko777
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