第12話 お芋


蒸かし終わったお芋が食堂のテーブルに運ばれてきた。


「それでは、バターをつかうまえに、かくにんのひとくちを、わたくしが」


アルベール兄さまが、スッと私の前に手をかざす。


「いずれは自分のレストランに並ぶ野菜だ。私が味見する」


レストランに出す気ですか。気が早いですね。


チギラ料理人が、ジャガイモをナイフで小さく(ミックスベジタブル並みに)切って、アルベール兄さまの前に取り皿を置く。


フォークにさして食べる。

噛む様子はない。

柔らかいからね。


「次」


同様にサツマイモの欠片も口に含む。


「………」


みんな感想を待ってますよ。私も。


「今日の芋はこの二種類だけか?」

「そうですが……味は、どうでした?」


ミネバ副会長が恐る恐る尋ねる。


「そうだな……バターとやらは、丸い芋に合うのだったか? シュシューア」


『そうだな』は答えになっていません。


「おイモのうえにナイフでわれめをいれて、そこにバターを、おとします」


チギラ料理人が新しい皿に手早く用意する。

バターの溶ける、得も言われぬ香りが食堂に漂う。


「とかしながらたべるのが、ただしいたべかたです。かわをたべてもいいですが、スプーンでくりぬくのがさほうです」


言うだけ言ってみた。


その通り食べてくれた。


そして完食。


アルベール兄さまに黒い微笑みが浮かんだ。イエス!


テーブルに着いた全員が、チギラ料理人に催促の視線を送る。


「はんぶんにした、まるいおイモにバターをおとして。あかいおイモは、まんなかのぶぶんだけ、ください。あまったのを、みなさんで、わけてください」


少しずつしかないけど、まずは私が確認しないとね。


アルベール兄さまの反応が薄かったサツマイモは、ふむ、甘さが少ないかな。

じゃがバターは、ほくっ、まったり、後から塩味がじわぁ~。

お皿に残ったバターをサツマイモに絡めて……


「んふぅ、おいしぃ~……アルベールにいさま、あかいおイモにも、バターがあいますよ」


「そうだな」


なんだ、もうやってましたか。


「みなさん、おいしいですか?」


コックリ。

大丈夫そうですね。


「このバターをつけると、何でも美味しくなりそうですね」

「芋じゃなくて、バターが旨いのか?」

「シュシュ、バターは何からできているんだい?」


むむっ。バターに軍配が上がりそうだ。


「きヤギのちちです。なまクリームのもとから、すいぶんをぬいて、おしおであじをつけると、こうなります」


「芋はもうないのか?」


ベール兄さまの催促と、右に同じと私を見るルベール兄さま。


「うははは、残りの芋も蒸気にあててますから、ちょっとお待ちを~」


ランド職人長が食堂の入口に立って笑っていた。気が利くぅ~。


「手伝ってまいります」


チギラ料理人も厨房に引っ込んだ。

蒸し器もどきを、よく見せてもらうんだろうな。ふふっ。


◇ ◇ ◇


残りのお芋も全部蒸かし終えて全員に行き渡った。

感想はおおむね良好だったが、バターの存在感が強すぎてお芋が霞んでしまったのは否めない。


もちろん厨房にいるふたりにも食べてもらって意見を聞いてみた。


ランド職人長は、何の抵抗もなくパクついていたが『旨いですね~』としか言わなかったから、あまり参考にはならなかった。


チギラ料理人は料理人らしく、丸い芋のみ、赤い芋のみ、バターのみ、と味を確認。

私の言った作法を守って『じゃがバター』を食べると深いため息をついた。

彼も『旨いです』としか言わなかった。もう。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「よしっ、黄ヤギだな。確保してあるからいける。ミネバ、バターの特許申請の準備を頼む。商業ギルドの試食はレストランでいいな。焼きたてのパンに添えて出そう。シュシューア、バターを使った料理をいくつかチギラに伝えるように」


出た。即断即決。


「アルベールにいさま。バターのことより、おイモのことを、きめてください」


これはお芋の試食会です。


「……あ~、家畜の餌のままでは広められないのだ。ルベール、お前から説明してやってくれ」


託されたルベール兄さまは、一度私の顔を見て、どう説明するか頭の中でまとめるように外の畑に視線を移した。

難しい話しかな?


「あのね。赤いお花と青いお花が結婚すると、紫のお花が生まれたりするのだけど、それを『品種改良』というんだ。お芋でも同じ事をしてから食べてもらうんだよ」


「ヒンシュカイリョウ。わかります。おいもを、もっとおおきくして、おいしくするのですね」


「今のままでも美味しいけど『家畜の餌の芋』だと、みんな嫌がると思うんだ。だから『ちょっと品種改良して新しい野菜の名前で登録』するんだよ。以前にマナロの実で成功した事例をあげて、ワーナー魔導士がこっそり教えてくれたんだ」


マナロの実は甘酸っぱくて美味しいのだが、魔物の化身とされて忌避されていたらしい。

それを品種改良して色味を変えたのが『シプード』だ。

自分が好きな果物の話題に、ドヤ顔でベール兄さまが教えてくれた。


「どのくらいで、ひんしゅかいりょう、できるのですか?」


早くしないと、北方の大飢饉に間に合わなくなっちゃう。


「植物成長の補助魔法を使えば、品種改良の結果は早く出るよ。薬草課の主な仕事だね」


植物成長? 成長促進?

魔導士がいるのだから魔法があるのは知ってたけど、使われてるの見たことないし、お祓いとかする人だと思ってた。

今度ワーナー先生に見せてもらおう。


「しょくぶつせいちょうのまほうで、だいほうさくに、なる?」


「残念。作用はごく狭い範囲だけなんだ」


そうですね。

じゃなきゃ飢饉なんておきませんよね。


「そういうことだから、もうしばらく待ちなさい。父上と『家畜甘液』の交渉が成立すれば芋の品種改良もすぐ始められるからな」


家畜甘液とはあんまりな。


「薬用の甘液として完全提供する代わりに、薬草課の協力を得られるようになる。保温魔導具が使えるぞ。他にも使えそうな備品があったら借りてしまえ」


あぁ、黒い黒い。


「アルベールにいさま。あと、れいぞうこはどうなりましたか? ベールにいさまが、シャーベットをまっています。それから、ゼルドラまどうしちょうのはちみつは?」


「ふっ。その魔導士長が自作の魔導冷蔵庫を作ってくれている最中だ。しばし待て」


まぁ! シブメン! イケメン!


「では、ゼルドラまどうしちょうのために、ゼルドラまどうしのもってきたはちみつで、とっておきのおかしをつくりましょう」


「シュシュ~、僕のは~?」


「ルベールにいさま、しょくざいがないのです。う~ん、あしたは、なにがとどくのですか?」


誰ともなく聞いてみる。

私だって、いろいろ作りたいのだ。


「明日も芋が届きますよ。どんな種類かはわかりませんが」


こういうことはミネバ副会長に聞けばいいのか。


「調理で必要なものがあれば、これからは直接チギラに言って揃えさせてください。報告はチギラから受け取りますので、ご自由にどうぞ」


自由に? いいの?

アルベール兄さまを見たら、頷いてくれた。


「それでは、あたらしいちょうみりょうを、つくります! チギラりょうりにん、よろしくおねがいします!」


あれ、いない。


「なんですか?」


呼ばれたと思って、チギラ料理人が厨房から顔を出した。


「あしたも、おねがいしますね」

「あ、はい。何か持ってくる物はありますか?」

「私から後で書いたものを渡す。片づけを続けてくれ」

「了解です」


ひゅって引っ込んだ。

上司と部下のかたち。テンポよくていいね~。


「シュシュ、明日も芋で何か作るのか? 俺も来るぞ」

「ルベールにいさまのためにつくるので、きょかをもらってくださいな」

「ふふふ、明日も今日みたいに集まろうか」

「やった!」

「明日は商会の仕事で、私とミネバは来られん。シュシューア……」

「れいぞうこがないと、とっておけません。でも、かんたんにつくれる、ちょうみりょうなので、またつくりますよ」


ミネバ副会長が筆記具を出したので、明日必要になるものをメモしてもらう。


卵/塩/酢/食用油/香辛料/パン/泡だて器……パンは、お芋が不味かった時の予備だ。


ええ、そうです。マヨネーズです。お約束ですよね。


香辛料も普通に流通しているものもあるらしいので、助かります。



◇ ◇ ◇



その日は《お芋における注意点》をミネバ副会長に記録してもらって解散になった。


●丸い芋(ジャガイモ)

土寄せが甘いとエグミが出やすい。収穫後は天日にあてず屋内で保管。

緑色に変色した皮には毒素があるので食べられないが、種芋にはできる。

芽にも毒素があるので調理前に取り除くこと。


●赤い芋(サツマイモ)

収穫してすぐに食べると甘くないので半月以上待つ。少し天日に干してから屋内で保管。


この世界での肥料事情がわからないので、腐葉土、石灰など、堆肥についても、ひととおり記録してもらった。

役に立つのかどうか。もっと情報収集しておくのだったな。

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