第11話 てるてる姫
離宮にできた工房には付添人がいないと行くことができない。
毎日通って一日中工房で(遊んで)過ごすつもりだったのに、皆そんなに暇ではなかった。
藁紙の持ち出しは禁止なので、便利グッズの書き溜めはあまり進んでいない。
一度、穴あき羊皮紙と羽ペンを部屋に持ち込んだが、インクをぶちまけたら取り上げられてしまった。
しかし今日、待ちに待った細筆と墨がやって来た。
そして今、ミネバ副会長に磨ってもらっているところです。
いよいよ藁紙が活躍する時がきました。
「すごくくさいかもと、おもっていましたけど、そんなでもないですね」
「磨った墨を放置したら腐って臭くなりますよ。毎回きちんと洗いましょうね。さぁ、姫さまがこれを着たら準備は終わりです」
てるてる坊主のような恰好をさせられた。いいけど。
「今日は何を描かれるのですか?」
持ち込んだ子供用の椅子があるので、膝抱っこしてもらえなくなったのが少し残念。
「おゆのけむりのねつで、おいもをやわらかくしたいのです」
鍋の蓋との間に穴の開いた盆を挟む絵を描いたが、蒸し器は果たしてこの国にあるのか。
「おいも…芋。蒸気で料理するんですね」
そうそう。それそれ。
「今ある鍋と蓋の間に置ける、紙漉きで使うような網枠を作らせましょう。ランド!」
隣の厨房にいるランド職人長がスタタタとやってきた。
彼は今日も藁紙作りに精を出している。
「料理用の鍋に浮かせて乗せられる網枠を作ってほしい。この絵でわかるか? ここに、い……野菜を置いて蓋をかぶせられるように」
芋とは言いにくいらしい。
「寸胴鍋の口に引っ掛けて、上の方に浮かせたやつならすぐに。きっちり合わせるなら曲げの上手いやつに作らせますが数日かかります」
ランド職人長は、ミネバ副会長を見て、私に視線を移す。
「ランドしょくにんちょうに、つくってもらいたいです」
「わかりました。すぐに取り掛かります」
またスタタタと厨房に戻っていった。
「ミネバふくかいちょう。いそいで、バターをつくります。きヤギのちちと、おしおが、ほしいです。ちょっとだけ、おしろのりょうりちょうに、おねがいしたら、だめでしょうか」
「バターというものも、商会で販売する可能性があります。離宮に厨房を構えた理由をお考えください」
……叱られちゃった。しょん。
「………はぁ。仕方ありませんね。これから商会のレストランに行って作らせます。調理法を教えてください」
「きゃぁ。ありがとうございます!」
甘い、甘い、砂糖より甘いと、誰が言ったんだっけ(誰も言ってません)
「レストランにぶんりぐはありますか? バターは、かためるまえの、なまクリームのもとをつかうのです」
メモのご用意は? できてますね。
●生クリームのもとを容器の半分ぐらいに入れる(冷やしてあると早くできる)
●蓋をして振る。
●水分と分離するまで振る。
●バシャバシャ音がするまで振る。
「かたまったほうがバターです。おしおも、このくらい、もってきてください」
ミネバ副会長は、穴あき羊皮紙にメモを取りながら『プリンアラモード用の取り置きがあったな』『振るだけ?』『振るだけ?』……この独り言は聞かれていないと思っている節がある。
「……それでは姫さまを城にお送りして、私はレストランに」
私はさっさと城の侍女長に預けられた。
しばらく人形遊びに付き合ってもらって、勉強が終わったベール兄さまに石けりを強要し、一緒にお昼を食べた頃には、もうすっかりバターの事など忘れてお昼寝に突入。
てるてる坊主の仮装のままだったのに気づいたのは、昼寝から目覚めたあと、ミネバ副会長が迎えに来てくれた時だった。
なぜ誰も指摘しない。
◇ ◇ ◇
ミネバ副会長は、レストランの料理人を連れて帰ってきていた。
「お初にお目にかかります。アルベノールから来ました、チギラと申します。私語は禁止と聞きましたので簡単な挨拶ですがお許しください」
バンダナのような布を頭に巻いた居酒屋の板前みたいな男だ。
年齢はミネバ副会長と同じくらい。
仕上がったバターとともに調理器具も持ち込んできてくれたようで、厨房ゾーンに箱が山と積まれていた。
すっぽり頭から抜けていたけど、お芋を食べる食器がなかったね。
「こちら指示通り作ったものです。いかがですか?」
チギラ料理人は、分離した水分とバターが入った容器の中身を傾けて見せてくれた。
「できてますね。では、すいぶんと、かたまったものを、わけましょう。スプーンでおして、かんぜんにすいぶんをぬいてください。すいぶんのほうも、すてないでくださいね。ミネバふくかいちょう、のんでみますか?」
「飲めるんですか?」
ちょっと嫌そうな顔をされた。まぁ、今は見た目がグチャッとしてるしね。
しかし、これはぜひ飲んでもらわなければ。むふっ。
「おイモも、きてますね。みせてください」
ランド職人長がスタタ…はもういいか、籠に入ったお芋をひとつずつ見せてくれる。
小ぶりだけど見慣れたお芋たちだ。
ジャガイモっぽいのは皮が緑なのは除けて、他のは芽を取り除いてもらう。サツマイモっぽいのは問題ないな。里芋がないのが残念。次に期待。
「ん? ランドしょくにんちょう、あれがそうですか?」
寸胴鍋とフック付きの網枠が置いてある。
「鍋の淵にここを引っ掛けて網枠を浮かせるように作りました。やりますか?」
「なべにこのくらいおみずをいれて、やっちゃってください」
(芋で何すんだ?!)
目は口ほどに物を言う。
チギラ料理人。今日ここにいるのだから、あなたも試食に参加してもらいますよ。うふふ。
さぁ、お芋を蒸かしてる間にバターの仕上げをしてしまいましょう。
お塩だけで食べてもいいのだけど、じゃがバターにしてもっと美味しく味わってもらいたいのだ。
お芋ちゃんのデビューだもの。
「チギラりょうりにん。かたまってるほうに、このくらい、おしおをいれてまぜてください。すいぶんのほうは、こちらに」
「そんなもの、姫さまに飲ませられません」
椀を受け取るように手を出したら、ミネバ副会長に奪われてグビッと呑まれてしまった。
素早くて顔が見えなかった。悔しい。
「………」
ランド職人長とチギラ料理人が、ミネバ副会長の感想を待っている。
「さっぱりしていますね」
「…っ! 副会長、自分にも……」
チギラ料理人が動き、ミネバ副会長は皆まで言うなと残りが入った椀を彼に渡す。
クピリ。
「………… へぇ」
そうそう、味わっちゃえば意外性のない味なのよ。
ただのコクのないミルクよね。
「ミネバふくかいちょう。まっているあいだに、おイモのせつめいをするので、しょくどうにいきましょう」
(この流れだと芋を食う気か? 嘘だろ? もしかして、自分もか?)
料理人のあなたが食べなくてどうするのです。おーっほほほ。
「姫さま。柔らかくなった芋にバターをつけるんですね?」
「はい。わたくしのよそうでは、まるいおいもにあうはずです。よこながのおいもは、あまいのではないかと。それでですね……それで……」
厨房から食堂に移動すると、すると、すると……
兄貴だョ! 全員集合!
またですかーっ!
「……… 皆さま、どうしました?」
ミネバ副会長も知らなかったのね。
「情報源はベールだ」
アルベール兄さまがニッコリ笑う。
「シュシュが石けりしながら『バターの歌』を歌ってたぞ。旨そうな歌だった」
「……姫さま」
「ちらないよ。ベールにいちゃまの、かんちがいなの」
記憶にございません。
「シュシュ~、今度は僕のために作ってくれる約束だよ」
そうだっけ?
「皆さま。今日の主役は『芋』ですよ。バターは調味料です」
「「「え?」」」
ははっ、固まったね。
「まるいおイモは、さいばいにしっぱいすると、すごくまずいです。きょうとどいたおイモが、しっぱいさくではないといいですね。クスクス」
ちょっと意地悪を言ってみました。
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