正義都市の風俗店

Atree

正義都市の風俗店

ここは風俗店が一切建設されない美しく綺麗な街、コレクトポリス(正義都市、と訳される)。あまりに美しすぎる街は、汚い欲望の捨て場を持たなかった。


『人を、メッタメタに、叩きたい!』


彼女が正義で人を殴る時、あげられる鳴き声の気持ちよさたるや、この世のものとは思えなかった。





    *  *  *





「正しいことは、汚くないから」


正義、徳、善。まるで正三角形のような美しさを持つ修辞と論理で、人を殴り続けるのが彼女の趣味であった。


いや、彼女だけではない。市民全ての趣味であった。


人を殴りたくて、たまらないのだ。己の美しさと正しさと、その数の暴力によって。





    *  *  *





「そんな程度も知らない人間が、考えを行動に、――」


「もうやめて……!」


「――移すな!!!!!!」


「……ああああああああああああ!!!!!!」


ざまあみろ。弱者め。雑魚が。そのような言葉は、次のように訳されて脳から溢れ出てくる。


「学びなさい。公的機関はあなたの味方よ」





    *  *  *





弱者は公にて救済されるべきである。経済とは経世済民のことであり、政治とは人民を治めるものである。救われるべき者は、パブリックに案内することが正しいのだ。


人を、案内すべきところに案内している。こんなに正しく、美しい行いはないだろう。


そんな或る日、コレクトポリス内に一件の店が……





    *  *  *





「"言論的嗜虐店" !?!?!?」


バチバチと筒状のネオンが輝く派手な装飾は、落ち着いた風景には異物そのものに映った。汚く、醜く、みっともない。第一、見たくもなく、不愉快である。彼女はその思いを口から零した。


「教育に悪い! 景観を損なう! みんなのためにならない!」





    *  *  *





このような声をあげる市民は一人ではなく、その論難は大きなシュプレヒコールと思われるほどとなった。電子世界にも怨念の文字列が渦巻く。


しかし、時が経てども撤去されず、ぽつんと居座り続ける異物。

流石にしびれを切らした彼女は、ついに店内へと入り込む。





    *  *  *





「すみません、市民の者ですけども」


声が響く店内の奥から、弱々しい男が一人、ふらふらと現れた。


「――いらっしゃいませ」


あまりにも貧相だ。立っているのもやっとと思しき体格のくせに、スーツだけはやたら整っている。不気味だ。人間に相応しくないとも思える。


「あのう、聞きたいんですが」





    *  *  *





「こちらのお店、ちょっと景観を損なうので、撤去していただけますでしょうか?」


これに対し、男は応じる。


「――さようでございますか」


「そうよ。撤去してもらえる?」


「――さようでございますか」


「ねえ、ちゃんと聞いてる!?」


「――しっかりと聞いております」


何だこの歪な、不正者め。





    *  *  *





「景観を損なう、と言っているの」


「――さようでございますか」


「教育に悪いって言ってんでしょ」


「――さようでございますか」


「みんなそう言ってんのよ!!」


「――さようでございますか」


だめだこいつ。呆れた。最後の一言。


「あんた、本当に、役立たずね」


一瞬、男がピクリと反応した。





    *  *  *





「……何よ、気持ち悪いわね」


更に男がピクリと反応した。こわばった表情のまま、目線はうつろに、貧しい身体はもはや崩れそうに震えている。


「あなた、そんなので受付やっていけるの?」


ピクリ


「人の意見を聞き入れる前に恐縮して、何が受付なわけ?」


ピク、ピク


「役立たず」


ビクッ





    *  *  *





「あなた、受付なんでしょ?」


「――は、は……はい」


「役割のヤの字も知らずに、何のこのこ出てきてんの、って言ってんの」


「――…………」


「ねえ、なんで私の方が詳しいわけ? それなのに私の言うことも聞けないの?」


「――…………うう……はい……」


男は頭を弱々しく下げる。





    *  *  *





「いや、いいから。頭下げるとかいいから」


「――……うう……」


おどおどと姿勢を正す男。それに向けて彼女は明瞭に言葉を突きつけた。


「お辞儀すれば済むって話じゃないのよ。角度もひどいし、タイミングも悪すぎる。第一、私は初めに何て言った? 撤去せよ、と言ったわよね」


「――はい……」





    *  *  *





「そんな程度も解らない人間が、考えを行動に、――」


「――ううッ…………!!!」





    *  *  *





「移すな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





    *  *  *





床に倒れ伏して、泣きじゃくる男。それを背にして、立ち去る間際。


「わかったら、もうこんな店、はやく畳んじゃいなよ」


美しく正しい市民は、潔くその場をあとにした。


――翌日、店がデカくなっていた。





    *  *  *





経済とは経世済民のことであり、政治とは人民を治めるものである。汚らわしきものは、パブリックから消え去ることが正しいのだ。


なのに何故。


「あなた、本当に分かってる?」


「あなた店番してるのに、お客さんなんか全然いないじゃない」


「私たちに文句ばっかり言われて、哀れに見えるわよ?」





    *  *  *





だが、コレクトポリスの為政者は、店に入っては美しく立ち去っていく市民たちを眺め、ひとり得心していた。


「そう。市民の笑顔こそが、最も正しい結果なのだから」





~END~

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