第42話エピローグ:もうひとつの物語

「はぁぁぁ・・・疲れた・・・・・・」


 ようやく全ての仕事から解放された僕は、私物の入ったトランクを片手に屋敷から出た。

 とっくに日は暮れ、夜空に散らばった星達が輝きを放っていた。


 今日、ルーカスとエリーゼ嬢の結婚式を無事に終える事が出来た。

 2人は晴れて夫婦になることが出来ました・・・めでたしめでたし・・・・・・ってなるんだろうけどさ、裏で振り回された人間達の事も少しはねぎらって欲しい。


 この1週間、家に帰る事も出来ない程、無茶な仕事量を押し付けやがって・・・挙句の果てに、僕に結婚式の後始末をさせて自分達はさっさと屋敷の寝室に篭って出てくる気配が無いとか、さすがに酷すぎないか・・・?


 屋敷の門を出た所に、見慣れた馬車が止まっていた。

 その馬車に近づいていくと、扉が開いてユーリが顔を覗かせた。


「ダン、お疲れ様。迎えに来たわよ」


「ああ・・・ありがとう」


 ユーリがわざわざ迎えに来るなんて珍しい。

 1週間ぶりの夫の帰宅が楽しみで迎えに来てくれたのだろうか・・・なんてね。

 それは分からないけど、わざわざ馬車を出して迎えに来てくれた・・・それだけで今の僕にはユーリの優しさが染み渡る。


 僕は馬車に乗り込み、ユーリと向かい合わせになるように座った。

 さっきも思ったけど・・・ユーリの目が少し腫れている。

 恐らく、泣いたのだろう・・・。その理由はなんとなく分かった。


 ユーリは昔、ルーカスがエリーゼに宛てた手紙を盗んでしまったから・・・。

 その事に対する罪悪感を一人で抱えたまま、彼女も悩み苦しんできたんだろう。

 彼女はプライドが高く、自分の弱みを人に見せることは決してない。だけど、本当はとても優しくて繊細な事を僕は知っている。

 だからこそ、無事に2人が結ばれて安心したんだろうな。


 ふと、ある疑問が浮かんだので、ユーリに聞いてみる事にした。


「そういえば、ルーカスがエリーゼ嬢に宛てた手紙はどうしたんだい?」


「・・・なんでそんな事聞くのよ・・・?」


 ユーリは少しムッとして僕を睨んだ。


「いや、ちょっと気になってね・・・あの手紙はまだ持ってるのかい?」


 もし存在するのであれば、証拠隠滅はしておいた方がいい。


「・・・・・・燃やしたわよ。家の焼却炉で・・・」


「・・・そうか。それならよかった」


 燃やしたのなら安心した。これ以上ややこしくなる事は無さそうだ。


 ・・・ん?・・・燃やした・・・・・・?

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・ぷ・・・


「ぷ・・・ぷははははハハハハハ!!!」


「・・・?」


 突然笑いだした俺を、ユーリは怪訝そうに見ながら、若干引いている。


 いやいや・・・だってさ・・・

 他の男がエリーゼ嬢に宛てた恋文を、片っ端から燃やしていたルーカス自身も、彼女に宛てた恋文を燃やされていたなんて・・・こんな滑稽こっけいな話、笑わずにはいられないだろ。

 なんの因果関係でこんな事になったのだろうか。


「一体どうしたのよ・・・?働きすぎで頭おかしくなっちゃったんじゃない?」


「ごめんごめん。とりあえず、手紙の件でユーリが気に病む必要なんて少しも無い事が分かったよ」


「あら、私は別に気にしてないわよ・・・」


 ユーリはそう言うと、プイッとそっぽを向いた。

 

 因果関係と言えば、もうひとつ不思議な事があった。


 それは、ユーリが今回の件で『惚れ薬』というアイテムを使ったことだ。


 ユーリは知らないはずなのに・・・。

 使という事実を・・・。


 ユーリは、ずっとルーカスの事が好きだった。

 エリーゼ譲と同じくらい、一途に彼の事を想っていた。

 それなのに、彼女はルーカスに想いを告げることも、そんな素振りを見せる事もなかった。

 ひたむきな恋心を健気に隠しながらも、気丈に振る舞い続けた。


 その一方で、決して叶わぬ想いに、人知れず涙する彼女の姿を僕は何度も見ていた。

 当時、ルーカスの『影』として表に出る事のなかった僕の事なんて、彼女が知る由もなかったけどね。


 『影』をしていると、たまに不思議な場面に遭遇する。


 人気ひとけのない路地裏で、客が来るはずも無いのに露店を開いていた怪しい老婆。

 陳列された商品の中に、『惚れ薬』があった。


「これを飲んだ者は、1番最初に目が合った相手を好きになる」


 そう説明を受け、「まさか・・・」と半信半疑だったけど、何故かそれに強く惹かれて購入した。

 本当は、ルーカスに惚れ薬を使ってユーリの事を好きにさせようと思っていたんだけどね。

 彼女に幸せになってほしいと思っていたから・・・。


 そう思っていた矢先、スカーレット嬢の手の者に襲われたユーリを助けた事で、僕はユーリと出会う事になった。

 そのお礼にと、食事に誘われて彼女と顔を合わせた時、つい欲が出てしまった。

 彼女には幸せになってほしい・・・いや、彼女を僕が幸せにしたいと。

 僕は自分でも気付かないうちに、ユーリに強く惹かれていたんだ。

 

 だけど、ユーリが僕を好きになる事は無い。

 ずっと彼女を見続けていた僕にはそれが分かっていた。

 だから僕は彼女に惚れ薬を使った。


 その結果が、今の僕とユーリの関係だ。

 惚れ薬は本当に存在したんだ。


 そんな僕達の関係を知ったら、卑怯者だと非難する人もいるだろう。

 だけど、そんなの関係ない。


「ユーリ・・・君は今、幸せかい?」


 そんな僕の問いかけに、ユーリは少しだけ笑った。


「当たり前でしょ?自分が幸せじゃなかったら、人の幸せなんて願えないわよ」


「そうだね・・・僕も今、とても幸せだよ」


 僕はそう告げて立ち上がり、ユーリの隣に座って愛しい彼女を見つめた。


「・・・本当にどうしちゃったのよ・・・?」


 この後、何が起きるか分かっているかの様に、顔を赤らめ期待する彼女の肩に手を回した。


「愛してるよ、ユーリ」


「・・・・・・・・・わ、わたしもよ・・・」


 ユーリは真っ赤な顔をしながら目を伏せ、恥ずかしそうにしている。

 そんな彼女を引き寄せ、唇を奪った。


 いつもの強気な彼女の事も好きだけど、僕だけに見せてくれるこういう姿もめちゃくちゃ可愛い。

 あと、ベッドの上での彼女はとても従順でそれはもう・・・おっと、これ以上は僕が我慢できなくなるからやめておこう。

 ルーカスと一緒にいるせいか、すっかり彼のせっかちが移ってしまった気がする。


 長い口付けを終え、唇を離した時だった。


 ドンッ・・・


 突然鳴り響いた低い爆発音。


「お、始まったみたいだね」


 パァーンッ!!!


 馬車の窓から夜空を見上げると、夜空に大輪の花火が打ち上げられていた。

 もちろん、これもルーカスが大金をはたいて手配した物だ。


「綺麗ね・・・」


 ユーリも僕が座る側の窓へ身を乗り出し、花火を見始めた。

 目の前に来たユーリの横顔を僕は見つめた。


 惚れ薬を飲み、僕を好きになった彼女は、ルーカスを好きだった事なんてまるで無かったかのように、その恋心はすっかり消え失せていた。

 それと同時に、常に彼女の瞳を曇らせていた悲しみも消え失せ、輝きを放ち始めた。


 エリーゼ嬢とルーカスを見ていると、まるで最初から結ばれる事が決まっていたかの様に、運命的に惹かれあっていた。

 どんな困難が2人を引き離そうとしても、必ずいつか結ばれる・・・まるで物語に出てくるヒロイン達のように。


 だけどそんなに都合良く、物語のヒロインなんて誰もがなれる訳じゃない。

 そんなヒロインと同じ人を好きになってしまった時なんて、報われない恋にただ打ちひじかれるしかないじゃないか。

 たった1人の人を想い続けたとしても、先の未来を信じて努力し、努力し続けたとしても・・・全ての恋が必ず叶うとは限らない。

 目の前で好きな人が他の人と結ばれる事に、嫉妬心でおかしくなりそうになるかもしれない。


 そうなるくらいなら、惚れ薬を使って幸せになってもいいじゃないか。


 ある日突然、全く別の人を好きになってもいい。

 自分を傷付け、身を削りながら辛い恋を続ける必要なんてない。

 そんな恋を諦めたからといって、全て無駄になってしまったと嘆く必要も無い。

 そんな恋を経験した彼女に、僕は惹かれたのだから。


 空に上がった花火は勢いを増し、夜空を埋めつくしていく。


 その美しさに、エリーゼ嬢が魔法だと信じているのもわかる気がする。

 この無数に放たれる花火の中に、1つぐらい本物の魔法だってあるかもしれない。

 魔法使いなんて存在しない・・・だけど存在しないと証明する事も出来ない。

 この世界の人間全てを把握することなんて出来ないのだから。


 この世界はとてつもなく広い。

 だけど僕らはその中からただ1人を選び、恋をする。

 

 惚れ薬を使った恋なんて認めない・・・そんな人がいるなら、僕は彼女をこの世界で一番幸せだと思えるくらい愛してみせる。


 見つめる僕の視線に気付いたユーリは、幸せそうに笑った。


 もしもいつか、惚れ薬の効果が切れるのだとしても・・・。

 この笑顔を一生守り続けてみせる。

 彼女に惚れ薬を使ったあの時、そう強く誓ったのだから。

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惚れ薬を飲んだせっかち男爵はとにかく今すぐ結婚したい 三月叶姫 @kanchan39

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