第41話20:せっかち達の結婚式(後編)

 ジルさんが扉をコンコンッとノックすると、扉がすぐに開かれた。


 扉の向こうには、数十名の参列している人達が長椅子に座ったまま、私達に視線を向けている。私が知らない人達は、多分ジルさんが言ってた騎士団の人達だろう。

 前の方には私の両親とルーカスの母親、そしてユーリとダンさんの姿も見えた。


 足元に広がる真っ赤な絨毯じゅうたんの先には祭壇があり、神父と思われる人物が立っている。


 歩き出したルーカスの足の動きに合わせて、私も一緒に歩き出す・・・が、思ったよりも歩くスピードが早い・・・いや、これはさすがに早すぎない!?


 ルーカスの腕にしがみつき、コケない様なんとか歩いていると、突然ルーカスは私を抱き抱えて早足で歩き出した。

 びっくりする私の耳元で、ルーカスはささやくように告げた。


「すまない、エリーゼ。あの『せっかち神父』は早くしないと帰ってしまうらしい」


 ・・・いや・・・せっかち神父・・・って何・・・?


 先程から感じていた違和感の正体・・・それがなんとなく分かってきた・・・。


 祭壇の前まで来ると、ルーカスは床に私を降ろした。

 目の前にいる神父さんは、近くで見ると想像したよりもずっと年配のおじいさんだった。

 私達2人が整列したのを確認すると、神父のおじいさんはすぐに口を開いた。


「貴方達は、夫婦として死が2人を分かつまで共に生き、支え合うことを神に誓いますか?」


「・・・・・・あ・・・誓い・・・ます」


 思ったよりもずっと短く簡略化された誓いの言葉に、返事をするタイミングがちょっと分からなかった・・・。


「誓おう。だが死んでも俺達は一緒だ・・・あの墓石の中でな」


 そう言うと、ルーカスはフッと笑った。


 ・・・いや、フッ・・・じゃないわよ。

 そんなアドリブ入れなくていいから・・・。


「はい。じゃあこれで今日からお2人は夫婦です。どうぞお幸せに。では。」


 そう告げると、神父のおじいさんはそそくさと壇上から降り、年齢に見合わないほど素早く動いて帰って行った。


 ・・・はやっ!!え、今のでいいの!?神様いいんですか!?


 去って行った神父と入れ替わる様に、今度はダンさんがこちらへ走って来た。


「エリーゼ嬢、すみません。昨日お話した通り、この場はあと3分以内に空けないといけません。直ぐに出て下さい!後片付けは僕がしますので!さあ、早く!!」


「え、え・・・?」


「ああ、任せたぞ。」


 そう言うとルーカスはクルッと回り、参列者の方へ体を向けた。


「皆、今日は集まってくれて感謝する・・・では、解散!!」


「はい!!お疲れ様でした!!!!」


 参列者の大半を占めていた見知らぬ人達は、一糸乱れぬ動きでこちらに一礼して教会の外へ駆け出して行った。


 一番最前列にいた私のお母さんはこちらに満面の笑みを向けている。

 それとは対照的にお父さんは悔しそうに・・・うん、泣いてる。


「うふふ、エリーゼ綺麗よぉ。末永~くお幸せにね。これで母さんは安心して暮らせるわぁ。」


「エリーゼ・・・孫の顔はまだいいからな・・・ゆっくりで・・・急ぐ必要は無いんだからなああああ!!!おいルーカス!!結婚まで早いんだよ!!聞いてないぞ今日なんて!!おいっ・・・」


 叫び続けるお父さんの腕をお母さんがガシッと掴むと、引きずるように外へと連れ出した。


 その場に残っていたルーカスのお母さんが、私達の方へ歩み寄ってきた。


「エリーゼちゃん、ルーカスのこと、よろしくね。またいつでも遊びに来てね」


 そう言うと、ルーカスのお母さんは、私の左手を両手で優しく握った。


「あの時・・・ルーカスを守ってくれてありがとね。」


 涙を浮かべ、微笑むルーカスのお母さんの姿を見てハッとした。


 ここにもう1人、あの日の出来事に悩み苦しんでいた人物がいたんだ・・・。

 

 私はもう片方の手でルーカスのお母さんの手を握った。


「私の方こそ、ルーカスを産んでくれてありがとうございます。お義母さん。」


 私がそう言うと、ルーカスのお母さんは安心した様な表情を浮かべ、私をギュッと抱きしめてくれた。


 そんなやりとりをしてるとは知らないダンさんが、何か言おうと駆け寄ってきた瞬間、ルーカスに勢い良く投げ飛ばされて消えていった。


 ・・・さすがにもう時間が無いようなので、私達は早足で教会を後にした。



 外へ出てすぐに、ユーリの後ろ姿を発見した。

 なにやら肩を震わせて・・・あれ・・・泣いてる?


「ユーリ・・・?」


 声をかけるとビクッと大きく反応して、ユーリはこちらへ振り返った。

 その表情は、いつも通りを装っている様だが、目が赤いし鼻も赤い。

 そんな姿だが、ユーリはいつもの調子で私達に悪態をつき始めた。


「ったく・・・一体何年かかってんのよ・・・。せっかちのくせに肝心な所はトロいんだから・・・ほんとに・・・。まあ・・・良かったわね・・・。私も安心したわよ・・・」


「ユーリ・・・泣いてたの?」


「な・・・泣いてるわけ無いでしょーが!!馬鹿!!私はもう帰るから!!」


 真っ赤な顔をしながら声を荒らげ、ユーリは踵を返して去っていった。

 そんなユーリの姿は初めて見た・・・。

 ちょっと可愛すぎるんですけど・・・?

 ユーリと結婚したダンさんの気持ちが少し分かった気がした。


 あっという間に2人きりになり、ルーカスは私に向かって頭を下げた。


「エリーゼ、すまなかった・・・。今日結婚式を挙げるために、既に予定済みの結婚式の間に割り込んで行う事しか出来なかったんだ。エリーゼが望むなら形だけの結婚式を挙げることは出来るから、また一緒に考えよう。」


 申し訳なさそうに顔を曇らせるルーカスの姿も、今は不思議と可愛く見えた。

 本当に・・・何がなんでも今日結婚式を挙げるつもりだったのね・・・。


「ふふ・・・なんだか最初から最後まで慌ただしかったわね・・・だって、つい2日前にプロポーズされたばかりなのに、今日はもう夫婦だなんて・・・なんだか早すぎて色々と頭がついていかないわ。」


「そうか・・・じゃあ・・・嫌でも分かってもらわないといけないな。」


 次の瞬間、ふわりと体が浮いて、ルーカスが私を抱き抱えていた。


「エリーゼ・・・今日はこのまま屋敷へ帰るぞ。」


「あ・・・うん。」


 ルーカスと結婚式を終えて夫婦となった今、今日から私はあの屋敷で一緒に住むことになる。

 昨日も泊まったけど、それは客として・・・でも今日からは・・・妻として・・・そう・・・今晩は・・・初夜が待っている!!


「エリーゼに俺達の寝室を早く見せたいな・・・。2人の部屋のあいだに作ったんだ。お互いの部屋から直接行けるようにな・・・。」


「へ・・・へぇぇぇ。夜が楽しみね」


「・・・エリーゼ・・・何を言っているんだ?今から向かうぞ」


「え・・・?あ・・・お屋敷によね?」


「ああ」


「・・・寝室に・・・?」


「ああ」


「ちょっと待って・・・えっと・・・その・・・そういう事は、夜するわよね・・・?いわゆる、世間一般的に初夜というやつを・・・」


「エリーゼ・・・すまないが・・・夜まで待てそうにない。初夜とは言わず、初昼しょちゅうといこう」


 何。初昼といこうって。

 ていうか、ルーカス何かと謝ってばかりだけど本当に反省しているの・・・!?


 このタイミングで、私は大事な事をもう1つ思い出した。


 ルーカスは惚れ薬を飲んでいなかった。

 ということは・・・ルーカスは惚れ薬を飲んだせいで、言動が少しおかしくなってしまったと思っていたのだけど・・・あれは全て素のルーカスだった事になる。


 つまり・・・何が言いたいのかと言うと・・・!

 ルーカスは早いけど回数には自信があるという事だ!!それすなわち絶・・・


 その時、ルーカスがピィー!!と指笛を鳴らした。

 何処にいたのか、凄い勢いでコールがこの場に駆けつけた。

 ルーカスは私を抱き抱えたままコールに跨り、手網を握るとすぐに走り出した。


「さあ、コール!!屋敷へ戻るぞ!!もうこのまま寝室へ直行してくれ!!」


「いや、屋敷内で馬を走らせたら駄目でしょうが!!」


「大丈夫だ。前にもそういう事はあった。ああ、エリーゼ・・・とにかく今すぐ君を抱きたい・・・そういえば、早いのは嫌だったんだな・・・。だが問題ない。君のことはゆっくり念入りに・・・」


「ちょっと何のこと言ってるのかなぁ!!?」


「そうだ、今夜はエリーゼが見たがっていた花火も上がるから、楽しみにしていてくれ。・・・まあ、ゆっくり見られる状態かは保証できないけどな・・・」


 ・・・よくそんなに次から次へと恥ずかしい発言が思いつくなぁ!

 ・・・もう・・・降参だよ!!

 観念した私はしおらしくルーカスに頭を下げた


「あの・・・お手柔らかにお願いします・・・」


「ふっ・・・ははっ!!」


 聞こえてきた無邪気な笑い声に、私はハッと顔を上げた。

 声を上げて笑うルーカスなんて・・・初めて見た。

 私の視線に気付いたルーカスは、私に顔を向けて優しく微笑んだ。


「エリーゼ・・・俺とこれからもずっと一緒に居てくれるか?」


「ええ、ずっと一緒に居るわ。約束よ」


 嬉しそうに笑うルーカスの姿・・・それはあの日、約束を交わした10歳の頃のルーカスの姿と重なった。


 あの日の約束は小指と共に失ったと思っていた・・・。

 だけど・・・失ってもこうして約束を結び直せばいい。


 私達は新たな約束の証として、お互いの唇を重ねた。









 数十年後・・・とあるロマンス小説が一世を風靡する事になる。

 それは左手の小指を失った少女と、せっかちな王子のラブロマンス。

 その小説の著者は、燃えるような朱色の髪とエメラルドのような緑色の瞳を持ち合わせた、少しせっかちな女性。

 彼女は自らが手懸けたその本を、目の前の墓石に供え、手を合わせた。


 その時、強い風に吹かれて本のページがパラパラとめくられ、最後のページが開かれた。


『それから、2人は末永く一緒に幸せに暮らしましたとさ。』

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