1v1にて

AtNamlissen

双剣士vs氷魔法

東は双剣士、美濃裏みのりハヤト。西は氷魔法の使い手、藤太とうたヒョウド。


ハヤトは双剣士といえど武器は太刀で、それぞれ三尺の長太刀を両腿の外側の鞘に入れ、服は紺色のブレザーに長ズボン。学園生活には学生の美学を追求し、男子も女子もブレザー姿であるべきだろうと主張する過激な思想の持ち主で、家は代々剣道の師範だが、おもろないと家を出て、人斬りから太刀を習った。

右は攻めて斬れ。左は守って斬れ。その教えを常に心において戦いに挑む。

 能力は「左右」


対するヒョウドは、生まれは普通のサラリーマンと主婦の家。少年時代から液体を冷やすのが得意で、塾に通って水を出す魔法だけを身に着けて氷魔法使いを名乗る。

服装は白い半袖のワイシャツに黒い長ズボン。制服のないこの学園の中で、丁寧に毎日制服を着こなす几帳面さは父親譲りだろうか。

白い霧を立ち上らせ、既に戦いの準備は出来ていると言わんばかりの眼光で相手の双剣士を睨む。


双方が定位置に付き、試合が始まる。


双方の競技者の能力を考慮して設定された初めの間合いである三メートル半ほどの距離を駆けて、ハヤトは一瞬でヒョウドに肉迫する。


ハヤトは左手で刀を抜き、それを振らないまま体の前で横向きに構える。

ヒョウドは右手に氷をまとい刀を防ごうと前に出すが、ハヤトが刀を構えるだけで動かさないのを見て手を止める。


ハヤトは左手の刀をヒョウドの右手に当てるように少しだけ振って、ヒョウドが拳を動かすと同時に右手で刀を抜き、ヒョウドの胴体を真っ二つにするような軌道で横向きに振る。


ヒョウドは咄嗟に左手の甲から腕にかけて分厚い氷を発生させる。

ハヤトの刀はその氷に阻まれ、動きを止める。


「スケートの原理って知ってる?圧力を掛けると氷は水になるんだよ。だから…本当は鋭利な武器は氷の防御を簡単に貫通できるはずなんだけど。」


「だからなんだ。」


「君に有利な物理現象を利用してすら、君の刀は僕の氷を斬れないらしい。残念だよ。」


ハヤトは刀を持つ手に力を入れる。

左手を守っていた氷が少しずつ溶けてそこから水が滴り落ちていく。


「そんな現象は知っている。知った上で単純な刀の腕をお前の氷にぶつけてみたかっただけだ。」


ハヤトの刀が氷に食い込むたびにそれを上回るスピードで左腕の内側から氷が生み出される。

延々と流れ続ける水滴は落下する前に再び凍り、地面まで伸びる長い氷柱が生み出される。


ヒョウドが左腕をひねると、腕を覆っていた氷の一部が割れて左手が氷から外れる。

すかさず氷を切り裂こうとしたハヤトの刀を氷の膜が覆い、氷柱のうちに刀を封じ込める。


刀を覆う氷を割ろうとして隙のできたハヤトを、ヒョウドは氷を纏った両拳で殴る。


ハヤトは左の刀でヒョウドの攻撃を防ぎ、拳の勢いで刀に食い込んでいく氷ごとそのまま相手の手を断ち切る勢いで、力を込めて斜めに振り上げる。


ヒョウドは二歩のステップで後ろに下がり、ハヤトは追って踏み込むが、その場で足を止める。

ヒョウドの足元の地面には薄い氷の膜が張られ、その領域に両足を踏み入れれば、滑って大きな隙を晒すことになる。


ハヤトは一瞬の躊躇の後、氷を踏み割り踏み込んで、姿を追えないような速度でヒョウドの後ろに回る。

ヒョウドの横を通り過ぎる瞬間にハヤトの刀は抜かれ、一瞬の後には胴体を断ち切った後の残心のような姿勢でハヤトは構えているが、ヒョウドの体が切れているような様子はない。

ハヤトは動揺した仕草を見せるが、すぐさま一目散に走ってヒョウドから距離を取る。


ヒョウドの足元から放射状に氷が広がっていくが、逃げるハヤトの足元にはすんでのところで届かない。


ヒョウドはハヤトと向き合いながら切られたシャツの一部をぺりぺりと剥がす。

シャツの内側には透き通った氷の鎧が作られていて、それがハヤトの刀を滑らせようだ。


「お前も攻撃してみろ。」


「俺、凍えちゃってるから、あんまし速く動けないんだよね。」


言葉を交わしつつ、ヒョウドは素手の回りに複雑な構造物を作り出す。


「だから、遠距離武器で抵抗するね。」


腕を覆うように生えた六本の捻れた氷の針は、それを包み込む細い筒から、高速で射出される。

針はまっすぐハヤトの体に向かって飛ぶが、ハヤトはその一本一本を見て左の剣で危なげなく防ぐ。


「これだけか?」


「密閉された水が氷になるとき、その容器はどうなると思う?…鉄の容器さえ割れてしまうなら、その氷の容器はどんな挙動をするだろう。」


ハヤトは、はっとして足元を見るが、動く間もなく、弾けた氷の針の破片が手足に突き刺さる。

左右の刀でかろうじて胴と頭は守るが、痛みと冷たさでハヤトの動きはやや鈍くなる。


「この攻撃に耐えられないんじゃ、ジリ貧になっちゃうよ?」


いつの間にか装填された次の氷の針を、ハヤトは横に動いて六本とも避ける。

針は遠くまで飛び、飛んでいる途中で爆ぜた。


「当たんないな。」


ヒョウドを煽るようにハヤトは小声で言い、右手の刀を真っ直ぐヒョウドに向けて、

また言う。


「行くぜ。」


「地面見なよ。」


ハヤトがヒョウドを無視して力を込めて地面に踏み込む。

ヒョウドが地面に広げていた薄い氷を踏み砕かれ、ハヤトはヒョウドに肉薄する。


接近の勢いで放ったハヤトの突きはヒョウドの咄嗟の回避によって軌道をそらされるが、氷の鎧を突き破り、脇腹から鮮血を散らせる。


「血はすぐに止まる、構わない。」


突きを逸らされてバランスを崩したハヤトは左手の刀を手放す。

刀は氷を滑りハヤトの手の届かないところで止まり、植物のように枝葉を広げながら伸びる氷がハヤトの体を這い上がる。振り向いたヒョウドが言葉を続ける


「でも凍ってしまった細胞は元には戻らない。だから凍傷は怖いんだ。どうする?君は今から刀を振ることはできないだろう。腕の筋肉が熱を求めて震え始めてるよ。降参するか?」


「は?ただの剣二本で氷使いと勝負すると思うか?」


「ああ、君の刀にはそれだけの慢心をさせるだけの力がある。」


「しかしこの学園に、なんの能力も持っていない生徒は一人もいない。そうだろ。」


「君が全く能力を使わないんで、てっきり能力を縛って俺に勝つつもりかと思っていたけど。…そう余裕そうにしてはいられなかったかな。」


「違う。俺の能力は切羽詰まったときに使う能力なんだ。」


「やっぱ切羽詰まってるじゃん。そろそろ顔まで凍りついちゃうけど。どうする?」


「見てろ。“左右エスケープ”」



その言葉とともにハヤトの姿は消え、人型で中空の氷だけがその場に残される。

ヒョウドが顔を上げると、間合いの外で両手に刀を構えるハヤトと目が合う。


「一対の刀を媒体とする瞬間移動だね。」


「そうだ。」


「ならなんで“左右”なの?」


「元は左右の刀を入れ替える技能だったからだ。」


ハヤトが刀を構え直すと、ハヤトとヒョウドの間に透明な氷の壁が迫り上がる。


「もうちょっとその能力の話…聞きたいな。」


「刀を瞬間移動させる技かと思っていたら、実は自分の方も瞬間移動できた。それだけだ。」


「へえ。便利じゃん。」


「だが本来の技能であってもこんな便利な使い方がある。」


ハヤトは左手の刀を氷の壁にピッタリとつけると、右手の刀をめちゃくちゃに振り回し始めた。

右手の刀を振るたびに、徐々に左手の刀が氷の壁に食い込んでいく。


「速度はそのままに、位置だけ変える。なるほどね。」


「分かるか。」


「俺は君より二つも上位のクラスにいるんだ。君より優れているのも当たり前だろう。

ものを冷やす能力だけでここまで登り詰めるのがどれだけ大変だったか。…俺はただマニュアル通りの能力を闇雲に使う人間とは違うんだよ。」


「対戦者の名前や容姿は対決直前まで知らされないはずだが。」


美濃裏みのり君は情報屋の田中君を知らない?彼もルール違反はしたがらないタイプだから、君の名前とクラスしか教えてくれなかったけど。」


「ああ分かった。だいたいのことはな。」


ハヤトは左手の刀を氷の壁に突き刺し、手を刀からやや浮かせて九十度傾ける。それだけで氷の壁は溶けて消えた。


「摩擦…?」


「やはり分かるか。」


「原理だけは。というか熱を生み出す現象なんて言ってしまえば全部摩擦だからね。」


カケルは“氷の壁と同じ座標に刀を存在させた。”

刀はあらかじめ自分の移動するための空間を作るために強引に分子を移動させる。

その動きで近くの分子同士は“擦れ”、熱を生み出す。と同時に分子自体も摩擦によって動き、連鎖反応のように次の分子を擦る。

そうして生れた熱は氷の壁を全て水にするのに充分足るものになる。


「田中にはどうやって会ったんだ?」


「どうも何も、同じクラスの田中全員に話しかけただけだよ。運頼りでね。」


「田中って…全員があの情報屋の田中なのか?」


「もちろん違うけど、普通の能力者の田中もいれば情報屋の田中に繋がらないブラフの“情報屋の田中”もいれば“情報屋の田中”としての情報屋の田中もいるよ。」


「良いことを聞いた。」


「田中には影を薄める能力持ちが多いし、友達を作らずに孤立している場合も多いから探すのは結構大変だったね。」


「方法が分かると分からないでは疲労の差も大違いだ。」


「必死に探したのに結局君の能力については教えてくれなかったよ。でも自分で見抜けるんだから関係ないね。足元。」


カケルが足元を見ると、コスモスのように咲いた薄氷の花が自分を中心に広がっていた。


カケルは素早く跳ねようとするが、地面に引かれた水に足を取られて失敗し、尻餅をつく。

素早く閉じていく花弁から逃れることは出来ず、カケルはそのまま氷のドームに包まれる。


「試合中はあらゆることに意識しなきゃ。」


ドームの外からヒョウドが声をかける。密閉されたはずのドームのどこからか、カケルのもとにヒョウドの鮮明な声が届く。

カケルは唇を噛んでヒョウドの方を睨みつける。


「刀は二本とも手に持ったまま。つまり転移はできない。外を覆う氷はどんどん分厚くなって、もはや刀で簡単に破れる厚さじゃない。しかも地面からは徐々に水が溢れ、自分の体に触れるたびに凍りつく。

最後の悪あがきは俺に考察の余地を与えただけだったね。

降参するかい。」


「………ああ。」


静かなベルの音が一回だけ会場に響き渡り、ヒョウドの氷は全て溶ける。勝者を伝えるアナウンスが流れて、再度カケルはヒョウドの顔を見る。


「3a組最強のヒョウドか。」


「5c組の…とくに二つ名もない美濃裏君。楽しかったよ。…君はもっと注意力を鍛えるべきだね。」


「注意力を鍛えてもお前には勝てないだろうに。」


「差はたった二百五十人くらいだろう。頑張ればいけるさ。俺と一位の差と同じくらいだ。」


二人の体は青黒い粒子状になり、闘技場から消える。




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