第6話 遥かな影-最終話

    * * *


 夕暮れが迫った頃、美加は保育院を後にした。元木が駅まで送ってくれた。その横に並んで歩きながら、美加は、楽しくて仕方なかった。

「ねえ?」

美加が問い掛けると、元木はゆっくりと振り返った。

「なんだ」

その仕草に笑顔を向けながら質問した。

「あそこって、なんなの?大きな子もいるのに…保育園?」

「へん。違うよ。保育園は、ガキの行く所。あそこは、児童養護施設さ」

「養護施設?身体が不自由な子たちなの…?」

「はは。まぁ、昔は孤児院って言ってたらしいけど」

「孤児院?」

「あぁ、そうさ」

「孤児なの、あの子たち?」

「そういう子もいる。そうでない子もいる。……どっちにしろ、あそこしか、家のない子たちばかりの家さ」

「そう……」

「色々あんだよ、世の中は」

「ん……。ねぇ」

「なんだ」

「どうして、こんなことしてるの?ボランティア?」

はは、と笑うその笑い声は今までに聞いたことないような軽い調子だったので、美加は驚いた。


「あそこが俺の家さ」

「え?」

「俺も『孤児』なんだ」

「……そう、なの」

「あぁ。まぁ、気にすんな。それで、下のガキの相手して遊んでやるんだけど、たまに外の人をつれて来るんだ。ボランティアの大学生とかも来てくれるんだけどな。まぁ、俺の方でも調達してくるようにしてるんだ」

「そうなの…」

「野郎相手の時は、金でケリつけるようにしてるんだけどさ、女の子相手の仕事の時は、金取るより、こうやって遊んでもらうようにしてるんだ。まぁ、女相手に金まきあげるのも俺のプライドが許さないってのもあるけどな」

「ふふ…、素敵ね」

「素敵なんて、もんでもないさ。あいつらも、淋しいだろうからな。誰かが来てくれるのが一番嬉しいんだよ」

「…元木君も?」

「俺?俺は、どうでもいいよ。ただ、あいつらが楽しんでくれりゃ、俺は何でもやる。金だって欲しい。当たり前さ。お菓子のひとつでも買ってやれるんだからな。バイトでもヤバイ仕事でもやってやるさ。ジャッカルとでも、ハイエナとでも、呼びたい奴はそう呼べばいい」

「カッコイイね」

「よせよ」

「んん、カッコイイ」

「へん。それよりも、ありがとうよ。ヤな顔しないで遊んでくれて」

「楽しかったもん」

「最近のガキは生意気だからな、結構、腹も立つんだけど、あいつらが卑屈になるよりはましだろうと思ってそうさせてる」

「ぅん」

「ま、面倒掛けて悪かったな。割に合わない報酬だと思ってるかもしんないけどな、ま、我慢してくれ」

「んん。それより、また、来てもいい?」

「え?」

「楽しかった。子供たちと遊ぶなんて、ほとんどないから。それに…」

「何だ?」

「元木君の楽しそうな顔が、可愛かった」

「よせよ」

「んん、初めね、怖い人かと思ったんだけど…、今日の元木君、可愛かった」

「バカ」

駅に近づいた。

「ね、また来てもいい?」

元木はニヤリと微笑んだ。バサバサの髪の間の瞳はもう怖くはない。

「あぁ。でも、あんた受験生だろ」

「いいの。時々だし。それに…。来年、合格してからも、いい?」

「いつでも、いいよ」

「指切り」

美加の差し出した指に元木は少し怯んだ。そしてゆっくりと、手を出した。指切りを交わして、別れた。


    * * *


 電車に揺られながら、美加は思い出した。元木のまわりを楽しそうにまとわりつく子供たち。そして、同じように自分に甘えてくる子供たち。そんな光景は、ドラマの中でしか見たことがない。

 座席に座った膝の上で指を動かしてみる。久しぶりのオルガンはあまり上手くは弾けなかった。もう少し練習しておこう、次行くまでに。それに、クッキーでも作ってあげようか。家庭科の本を読みなおしておこう。

 電車の振動は、美加の気持ちを浮き立たせるように規則正しく揺れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グリーンスクール - 遥かな影~close to you~ 辻澤 あきら @AkiLaTsuJi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ