32・岩本新一
スマホを握りしめた岩本は言った。
「そうか……遥は死んだか……」
『残念です』
「心にもないことを」
『あなたも人の親でしょうから』
「もちろんだ。家族はある。娘も2人いる。かえって踏ん切りがついてよかった。不肖の子が消えれば、この先も私の家が脅かされることもないからな」
『小田切遥の狂気に脅かされる危険は消滅しました。これからは、安心して事業に励んでください』
「だが、遥が消えたことはどう処理する?」
『東尋坊か支笏湖か……死体が消えても不審に思われない自殺の名所を選んで、靴でも置いてきます。彼女の仲間たちはリストカットの過去があることを知っています。仕事上の後始末はやってくれるでしょう』
「これで一切のリスクは消えたと考えていいのだな?」
『99・9パーセントは、事件自体が発覚しません』
「ん? 100ではないのか?」
『それは神にしかできません』
「コンマ1パーセントで破綻したら?」
『最悪の場合には、あなたに被害者の父親を演じていただきます。事実、小田切遥は死んでいますから。処罰されるべき猟奇殺人犯も、すでに用意してあります』
「それでは隠し子の存在が暴かれてしまう」
『あくまでも、最悪の場合です。飛行機事故で死ぬ程度のリスクでしょう』
「そうか……で、その時はどんな事件になるのだ?」
『自殺をそそのかす教団での少女の集団死、そして死体の違法な加工と海外への販売。黒幕と資金源はチャイニーズマフィアです。国を揺るがす大事件になりますが、あなたのスキャンダルにはなりません。むしろ、悲劇の父親として名声が上がるかも知れません』
「そのシナリオさえも破綻した場合は?」
『私の命で良ければ、差し上げましょう。この仕事に命をかけているというのは比喩ではありませんから』
岩本は無言でいきなり電話を切った。そして、つぶやく。
「お前の命をもらったところで、何の役にも立たないがな」
✳︎
不意に電話を切られた佐藤は、不気味な笑みを浮かべた。
そして手にしたスマホを電子レンジに入れ、スイッチを入れた。ハードが破壊され、全てのデータが消え去る。
岩本とのつながりは、ひとまず終焉を迎えたのだ。
佐藤はつぶやいた。
「せいぜい粋がって走り続けろ。走れなくなれば、私が直接出向いて殺してやる。余計なことを喋らせるわけにはいかないからな。私の目を見ながら、本物の恐怖を味わえ。娘たちもチャイナタウンの水槽に送ってやる。それが、異形の種を残した父親の責任というものだ」
――了
月が殺す 岡 辰郎 @cathands
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