9. 旅人

ルエーフとオレンが住んでいた所を片付けた時に、オレンの私物が沢山出て来た。

殆どの物を処分したが、処分しなかった物もある。

ギターと、一眼レフカメラと、創作ノートと、オレンが撮っただろう写真。

写真はホーキンズと、空や、植物や、公園や、道路や、昆虫に鳥に猫に、いろんな景色と言えるモノと、研究に没頭している後ろ姿だろうか、ルエーフの背中・・・・・・

それから、タレントとしての仕事仲間だろうか、知らない人達。

中には失敗した料理や、自撮りで、変顔しているオレンもあり、それを見てると、自然と笑みが零れた。

今更ながら、オレンという、一人のタレントを知れば知る程、シンバの中で、オレンが大きくなっていく。

オレンの歌は、全曲、聴いた。

何度も繰り返し聴いた。

ミュージックビデオも何度も観た。

それと、オレンが出た番組はラジオも含めて、全て。

メディアに出ているオレンは、CMも、ちょっとしたゲスト出演も、全てを観て、聴いて、知った。

本当に今更と思うくらい、その全てが、自分に宛てられたメッセージだと思い知る。

オレンの中に存在していたシンバ。

いつか会ってみたいと、会えたら、何を話そうかと、何をしようかと、何から伝えようかと、常に考えていたオレン。

最高の出会いになる筈と、信じていたオレン。

その全てを裏切ったシンバ。

いつ書いたのか、わからないが、創作ノートの一番最後のページには『期待に夢見た事は、現実で打ちのめされる』と、殴り書きされている。

会ったその日に、書かれたような気がしてならない。

本当に今更だけど、今なら、期待に夢見た通りの現実をあげれるんじゃないかと思うのに、何もかも遅すぎる——。



1月1日——。

シンバは駅のホームに立っていた。

大きめのショルダーバッグを肩からかけ、首からは一眼レフのカメラをかけていて、背中にはギター。

足元にはホーキンズ。

両耳に入れたイヤフォンから流れるオレンの歌。

小さな声で、口遊む。

——もっと早くキミの存在を知っていたら、今とは違う未来に行けたかな。

——もっと早くキミの歌を聴いていたら、僕は、もう少しイイ奴になれてたかな。

——もっと早くキミの言葉を聞き入れてたら、今頃、僕はキミと笑ってたかな。

——世界に羽ばたこうとしていたキミと、研究室に引き籠る生活をしてた僕。

——ルエーフ博士と共にいて、ルエーフ博士を信頼してたキミ。

——ルエーフ博士を心からも追い出そうと吐き気さえして、憎み続けた僕。

——対照的過ぎたね。

——キミはこんなにもメッセージを僕に送り続けていたのにね。

——キミを知る事すらなく、興味さえ持たず、キミに出逢ったその時も・・・・・・

——僕はキミを・・・・・・キミの存在を認めさえしてなかった。

足元にいるホーキンズが、シンバを見上げ、鼻を鳴らす。

シンバは視線を落とし、ホーキンズに、優しく微笑む。

「シンバー!」

その声に見ると、ハーゼと、コウと、シオンの姿。

今、ハーゼが息を切らし、駆け寄って来て、

「シンバ、本当に行っちゃうの?」

と、寂しそうに、そう言った。

「一生会えないって訳じゃないだろうけど、寂しいよな」

コウがそう言って、今、シンバの傍に来る。

シンバは耳からイヤフォンを外し、シオンを見ると、

「言うなって言われなかったからな」

そう言われた。シンバは頷きながら、

「ごめん、シオンさんには話したんだけど・・・・・・」

と、ハーゼとコウに、苦笑いで、そう言った。

「なにそれ? ギター? それギター?」

コウが、シンバの背負っているモノに興味津々で聞く。

「うん」

「弾けんの?」

「ううん」

「は? じゃぁ習うの?」

「ううん」

「え? じゃぁ買ったの?」

「ううん」

「どういう事だよ!?」

「いや、このギターはさ・・・・・・ある意味、僕のモノで、でも弾いた事ないから、弾けないんだけど、でも習わなくても、弾けるような気もしてて。今更なんだけど、オレンの・・・・・・オレンちゃんの歌っていいなぁって思うのが多くて、それで僕も歌えたらなぁって・・・・・・」

「ハァ?」

「オレンの・・・・・・オレンちゃんの歌って聴いた事あるだろ? あのオレンちゃんが書いた歌詞は、僕宛てに歌われてるんだ」

「いや、どうした?」

「え、何が?」

「いや、何言い出してんの?」

「え、何か変な事言ったかな?」

「いや、マジか!? めっちゃこえーわ。お前、ファン通り越して、めっちゃヤベー奴だわ」

そう言ったコウは、なぁ?と、同意見をハーゼとシオンに求めて、二人を見るが、二人は、そうなんだと言う風に穏やかな表情で、シンバの発言を受け止めてるから、

「え? なんで? 嘘だろ? マジで!? 思考が犯罪者予備軍だよ!?」

と、コウは、わからないと言った顔をしている。ハーゼは、

「前に話した事あるけど、オレンちゃんは、シンバに似てるから、きっと、シンバがオレンちゃんの歌をうたったら、世界中のオレンちゃんのファンは、オレンちゃんが戻って来たって喜びそう」

と、笑顔で言うから、コウは、いやいやいやいやと、ファンに批判されるだけだってと、首を振る。そして、

「そういえば、オレンちゃん、未だ行方不明なんだってな、変な事件に巻き込まれてないか、心配だよな」

と、コウがそう言って、

「ファンクラブでも今月の会費は返金になって、今後の活動はありませんって、謝罪が出たんだけど、ファンは、みんな、ファククラブの解散だけはしないでって、オレンちゃんが戻って来るの待ってるからって、活動がなくても会費は払うからって言ってるんだよね。実は私もその一人で、オレンちゃんの活動がなくてもファンクラブには、ずっと入会したままにしておくつもり。でも、本当に心配だよね・・・・・・オレンちゃん、どこに行っちゃったんだろ・・・・・・」

と、ハーゼがそう言うと、シオンが、

「あれだろ、タレントを引退したってだけだろ、元々、なにもかもが謎の少女だったんだろう? メディアから風のように消えた彼女に、誰もが、行方がわからなくなったと思ってるだけだろ、だから事務所側もちゃんとした詳細を出さねぇんだよ、謎は謎のままってな。今頃、普通の女の子として、元気でやってんだろ、犬なんか飼ってな」

と、煙草をふかしながら、そう言うと、それでいいよな?と、言う風に、シンバを見た。シンバは、コクンと頷き、

「そうだね、そうかもね」

と——。

「そんな事より、お前、ルエーフ博士の面会には行ったのか?」

シオンが、そう聞くと、ハーゼもコウも、少し難しい表情をして、シンバを見た。

「うん。まぁ、事務的な話しかしてないけどね。今後も何度か顔を出す予定でいるよ」

それは、今は、まだ、ちゃんと親子の関係には戻ってはないが、今後は、少しずつでも距離を縮めていくという風に聞こえ、シンバの表情からも、そう悪くはない雰囲気に思え、皆、少し安堵の表情になる。

「あ! そうだ、シンバ、お前、小型電話買った?」

コウが、そう言って、コートのポケットから電話を出して来た。

「買ったなら、お前の番号教えて? 登録するから」

「まだ買ってないんだ、その内、買うつもりだけど」

なんだ買ってないのかと、コウが電話を仕舞うと、同時に、

「買ったら、私に一番に連絡してね!」

と、ハーゼが、前のめりで言い出すから、

「え? あ、うん、いや、だからシオンさんに連絡するからさ、そしたらハーゼも、シオンさんから・・・・・・」

番号を聞けばいいと言おうとしたが、そのシンバの台詞を途中で遮り、

「ダメ! シオンさんじゃなくて私に一番に連絡して! シオンさんから聞かされるなんてイヤだからね! シンバが直接、私に一番に連絡するの! 絶対だからね! わかった!?」

と、物凄い迫力で言ってくるので、シンバは、わかったと、ハーゼにコクコク頷く。

「じゃあ、俺二番で・・・・・・」

と、小声で、そう言ってみるコウ。

「まぁ俺は何番でもいいが、何か困った事があったら、誰かに電話借りてでも必ず連絡して来いよ」

そう言ったシオンに、シンバは頷く。

「シンバーーーーッ!」

手を振って、走って来るのはキティン。思わず、シンバはシオンを見ると、

「だから、言うなって言われてねぇから!」

そう言われ、そうだけどと、シンバは少し困った顔。

誰?と言う顔をしているのはハーゼ。

何故か、キティンに手を振り返しているのはコウ。

「シンバ! 駐車場に彼を待たせてあるの、だから直ぐに戻らなきゃいけないの」

「あぁ、いいよ、彼の所に戻ってあげて? わざわざ見送りに来てくれてありがとう」

「うん、あの、あの子の事だけど・・・・・・」

ビーチルドの事だろう、それを聞かれたくなくて、キティンには会いたくなかったが、急いでるようなので、深くは何も聞かれないだろうと、シンバは、

「大丈夫」

と、だけ答えた。すると、キティンはホッとした顔になり、

「あ、これ、サンドイッチ。良かったら食べて?」

と、シンバに小さな包みを差し出して来た。

「僕に?」

「彼のを作るついで」

「あぁ、成る程ね。彼は、今日もバスケの試合?」

「今日は試合じゃなくて、只の練習。私は彼を練習コートに送ったら、再就職先の面接なの」

「再就職先って?」

「障害者施設の職員」

「あぁ、じゃぁ、受かったら、また同じような仕事になるんだね。きっと受かるよ、頑張って」

「ありがと!」

「じゃぁ、彼にもよろしく伝えて? それからバスケ頑張ってって。応援してるって」

「うん! わかった! じゃぁ、彼待ってるし、行くね!」

と、チラッとシオンを見た後、駆けて行くキティンの背に、

「キティ!」

シンバは、呼び止めた。直ぐに足を止めて、振り向くキティン。

「キミが歌ってたオレンちゃんの歌」

「え?」

「キミが歌ってたオレンちゃんの歌が、一番好きだ」

「・・・・・・」

「オレンちゃんの歌の中で、あの歌が、僕は一番好きだ」

「・・・・・・うん、私も」

「うん、じゃぁ、また!」

シンバは、そう言って、手をあげた。だから、キティンも、ニッコリ笑って、またと言う風に手を振り、クルリと背を向けて走っていく。

ハーゼは察して、あの人がシンバの・・・・・・と、走って行くキティンを見つめている。

シンバは、もうすぐ電車が来る時間だと、ショルダーバックから一冊のノートを出した。

「送ろうかなって思ってたんだけど、ここで会えたから」

と、シンバは、ノートをコウに差し出した。

「なにこれ?」

「コウにやるよ」

「は? いや、だから何これ?」

「僕がビーチルドを調査したものを、ある結論から考えて、逆走して導いた答え。データーとして、上に提出したモノじゃなく、ここ数日で新しく僕が考えたものだから、手元にコンピューターがなくて、ノートに書く事になっちゃって、字が汚いから、読めるといいんだけど」

「はぁ? なにそれ? そんなモノもらっても仕方ないだろ、ビーチルドはもういないんだし」

「いいからもらっとけって」

シンバはそう言って、コウに無理矢理ノートを持たせた。

電車が来る。

シンバはみんなを見回し、

「じゃあ、またいつか!」

そう言って、手をあげた後、耳にイヤフォンを入れた。

電車が通る風が、吹き抜ける。

シンバの足元に座っていたホーキンズも立ち上がり、シンバに付いて行く。

今、停車した電車に乗り込み、シンバは、空いてるボックス席に行き、窓から、皆を見て、再び、またと言う風に手をあげた。

ホーキンズはシンバの足元、座って、伏せをして、大人しくしている。

電車が発進した時、コウが、ノートをパラパラと捲りながら、

「おい、ちょっと待て、シンバ、これ・・・・・・!?」

と、大声を上げたが、もう既に、電車は遥か遠く——。

急に大声を上げて、電車を追うように、数歩、走ったコウに、

「どうしたの?」

と、ハーゼが、首を傾げて聞いた。

「これ、ウィルスの論と公式なんだ」

と、ノートを見せながら、コウは、そう言った。

「ウィルスの論?」

シオンがノートを覗き込む。

「それも、全部、命を助ける為の論になってる。いや、確かに、ウィルスが変異し続けると、最後は人間の命を守る。それを数十億年繰り返す時間の流れをビーチルドで経過させたんだ。宿主をビーチルドと考え、ウィルスの進化を重ねさせ、新しい数式を生み出した。このウィルスの数式なんか、まさにそれ。それだけじゃない、うまく他のウィルスと掛け合わせて、注入用に開発すれば、理論上、上皮性の悪性腫瘍だけを攻撃するモノができる。この論を発表して、許可が出て、研究が進められればノーベル賞もんだよ! いや、時代が変わる!」

「ビーチルドの中の様々なウィルスという命が命を助けるのか・・・・・・ウィルスの存在なくして、生物の存在なし。その逆もだな。生物の存在なくして、ウィルスの存在なし……」

シオンは言いながら、また煙草を取り出す。

「私達が人間として今日まで繁栄して来れたのは、ウィルスのおかげで、今、地球上にいる全生物の存在はウィルスの存在と進化があってこそってわけね」

ハーゼがそう言った横で、シオンは煙草の煙をフーッと吹く。咳き込むハーゼ。

「シオンさん、さっきから吸い過ぎじゃないですか? この論が出ても、抗体ワクチンが出来るまで、悪性腫瘍は待ってくれませんからね」

コウが笑いながら、そう言った。シオンは、

「命は大切にしなきゃなぁ」

と、煙草を捨てて、踏み潰して火を消し、それを拾って、ポケットに入れた——。



電車の中、シンバは荷物を上の棚に上げて、ボックスに座り、窓に流れる景色を見ている。

ホーキンズが足元に寝そべっている。

あれからホーキンズは人の言葉を喋らなくなった。

それはホーキンズの中にいるビーチルドが、この世界の犬と言うものを理解したと言う事だろうか。

シンバは、ホーキンズの命は、この世にたった一つの命、ビーチルドのカケラであると思う。

そして、本物のホーキンズの魂はオレンと一緒にいるのかなと思う。

「よぉ」

と、突然、シンバの横にドカッと座って来た男。ホーキンズが迷惑そうに少し体をズラして、男を睨み見る。

「あなたは・・・・・・」

と、シンバは男を見ながら、イヤフォンを外した。

「スティーア・オックスって名乗ったよなぁ?」

スティーアの手には大きなカメラ。

「お前もカメラ持ってんのか? いいカメラだな」

と、シンバの首から下げられているカメラを見て言った後、

「あの事件に圧力がかかってね」

そう言われ、何かしつこく問われると思ったが、

「金、かなりもらえたよ」

と、スティーアは笑った。

「不思議な事件だったなぁ。死体の中にバラバラの死体が詰め込まれてたが、詰め込まれた死体は消えていた——」

「Life Ever Lastingって言うらしいですよ」

何が?と、言われると思ったが、スティーアは、

「Life Ever Lastingねぇ」

と、頷きながら呟いた。

「命は永遠に続く——」

「死体に、そんなメッセージ込められてもねぇ」

「そうですね」

だが、その死体は、母と、そしてオレンだった。

もうその命は続かないが、それでも永遠に続くと思いたい。

少なくともシンバの中では生き続けている。

「続かせず、殺した方がいい命もある」

そう言ったスティーアに、シンバは何も言えない。

「知ってるか? 悪人の法則」

「悪人の?」

「生まれ落ちる命には、元々悪人がいるんだ。100人の命が生まれ、その中に10人の悪人がいる。だが、その10人を排除して、90人の善人にしても、残りの90人から、また1割、悪人が現れる。悪は消えない。絶対に。だったら続かせる意味なんてあるのかねぇ・・・・・・?」

「・・・・・・」

「俺の妹は脳障害でね。悪人ではないが、殺した方がいいかって思う時もある」

「・・・・・・生まれつきですか?」

「いや」

「じゃあ、事故で?」

そう聞いた後、聞いては悪かっただろうかと、シンバは考え、暫し、無言になる。

「昔ねぇ、妹はある事件に巻き込まれてねぇ、植物状態になったんだ」

ゆっくりと話始めるスティーア。

「俺の親友は、ある研究室で働く学者だった。ある日、親友が、妹を手術したいと言って来た。その手術をすれば妹は目覚めるだろうと言ったんだ。でもそれは手術と言う名の実験だった。警察の協力もあり、非公開で進められる実験。警察側は妹が目覚めれば、事件も解決するとあり、実験に協力していた。マスコミにバレれば、生体実験の声もあがるだろう」

シンバはゴクリと唾を飲むが、ホ—キンズは足元で欠伸をしている。

「妹は目覚めた。残忍な事件も妹のおかげで解決へと向かった時、親友から連絡が入った。妹にした実験と同じ実験をした動物達が死んでいってると。妹は死ぬかもしれない。でも妹は生きた。でも、脳障害になり、ヨダレを垂らして、歩く事すら、マトモにできず、知力も1歳に満たない。親友は、責任を感じ、妹を一生面倒みると言った。親友は一生の約束をしたが、その約束に押し潰され、自殺した。非公開事件だよ。こういう非公開事件は多くて、手に入れる事は難しい。でも手に入れば、大金が舞い込む」

「・・・・・・妹さんは?」

「生きてるよ。今は施設にいるよ。そういう施設では金が物を言う。妹は自分が幸か不幸か考える知力もないが、金で買えるものは買ってやりたい」

「・・・・・・親は?」

「さぁなぁ。妹がそんななってから、消息不明だ」

ヘラっと笑ってそう言ったスティーアに、シンバは強い人だなと思う。

「お前、旅行か?」

「いえ、行く宛てのない旅に出たんです」

「へぇ。でもよ、お前Solarの奴だったろ? Solarは潰れたが、Solarの者は皆、どっかの大学とか研究室からスカウトされたりして、今は忙しい時期じゃないのか?」

「そうですね。でも僕は研究員とかになりたかった訳じゃないし、Solarがなくなったなら、僕はもうそこにいる必要がないですから。やっと自分の足で進みだしてるって感じです。いろんな国に行って、いろんな人に会ってみたいんです。人だけじゃなくて、動植物にも触れてみたいし、その時その時の気温や気候、空気、それから空を感じたりしてみたいんです。だから風の向くままに、宛てはないけど、明日の保証もないけど、目的はあります、沢山の命に逢う為の旅ですから」

「へぇ。変わってんな」

「そうですか? でも、それが僕のなりたかった大人なんです」

「へぇ。じゃあ、あれか? ガキの頃に想い描いた大人の自分になってる最中って奴か」

「そうですね」

「金はあるのか?」

「まぁ、それなりに。Solarは給料が良かったし、殆ど使わずで置いてあったので。でもなるべく、お金は使わず、ヒッチハイクしたり、いろんな所で働いたりして、いろんな人がいるんだなとか、どんな事をするのが一番辛いのかなとか、楽しいのかなとか、知りたいんですよ。イイ人に巡り逢えるかもしれません、悪い人に出逢っちゃうかもしれません。戦争がある国に行く事もあるかもしれないし、裕福な国で、長く滞在するかもしれない」

「どっかの女と恋して、子供を作るかもしれないしなぁ」

「そうですね」

シンバは、いつか恋をし、相手を、深く愛し、愛される時が来る事を、照れもなく考え、素直に返事ができる自分が、とても好きに思えた。

「独り身で寂しい老後ってのも考えらえるぞ?」

「そうですね」

と、それが一番自分に似合ってるかもなと、笑うシンバ。そして、

「あなたはどこへ?」

と、まさか、自分を追って来た訳じゃないだろうと、聞いてみた。

「俺は妹に会いにな」

「そうですか」

殺した方がいい命だと思っても、その命を止めずに、続かせようとする。

誰かを幸せにしたいと思った瞬間、きっとそれは皆、感じる事。

家族に、恋人に、友人に、人以外のモノにも、愛は生まれる。

ガタン、ゴトンと揺れる電車が、次の駅で止まり、スティーアは手をあげ、

「じゃあな、旅人!」

と、降りて行く。

いろんな人が、どこかへ行くのに、電車に乗り込んで来る。

3人の子供を連れた女性が乗り込んで来た。

子供の一人、男の子が泣いている。

「お父さんなんか大嫌いだぁぁぁぁ!」

そう言っている。女性はお母さんだろう。

「お父さん、仕事なんだから!」

そう言い聞かせるが、男の子が泣き止む様子はない。

「うわぁぁぁぁん、お父さんなんか大嫌いだぁぁぁぁ!」

「お父さんなんか・・・・・・大嫌いだ・・・・・・」

男の子のセリフを呟いてみる。

「犬だ、犬だ、犬がいる!」

女の子がホーキンズを指差してはしゃいでいる。ホーキンズは知らん顔で大人しく、子供達には無関心状態。

「お母さん、お母さん! 犬だよ、犬!」

泣いてる男の子に手一杯の女性の腕にぶら下がり、女の子はホーキンズを指差している。

もう一人の子供は大人しく窓の外を見ている。

お母さんって大変なんだなと、それでも、シンバは微笑ましく、その光景を見ている。

窓の外を大人しく見ていた子供が振り向いた瞬間、ドキッとした。

ダンボールに詰められ、殺されていた、あのストリートチルドレンの子供に似ていたからだ。生き返ったのかと思う程に似ているような気がする。

あの子は警察の手によって、事件の調査の為、解剖された後、供養されたと聞いた——。

トータスが起こした事件で、近々、ストリートチルドレンの保護が行われるようだ。

どうして子供を捨てる親がいるのか——。

どうして命を殺す者がいるのか——。

続いた命を、どうして、闇に葬り去るような事をするのか——。

ジャケットのポケットの中には、ブラックホールが入っている。

ルエーフ博士のデーターをメモリーしたブラックホールは、潰すと、ルエーフを無にしようと発動するだろう——。

——あの日の僕なら戸惑いなく、握り潰していただろう。

シンバは窓の外に目をやる。

命溢れる景色を地味に感じてしまう。

あれもこれも、自分と同じ命の息吹——。

流れる雲を見ながら、空都を探して見る。

大きな分厚い雲の上にあるカラのミヤコ——。

シンバは耳にイヤフォンを入れる。

オレンの歌が延々と流れる。

今、一番好きな歌が流れ始める。

電車がトンネルに入り、黒い窓に映る自分の姿をシンバは見つめる。

口遊むオレンの歌——。



遠い記憶なんてないのに

ボクの中にある記憶



丘の上飛ばした紙飛行機

風に乗って

どこまでも飛んで行く



くじけそうになるのが嫌で

笑って誤魔化す自分も嫌いで

気付けば いつも同じ表情



ボクはそれでも人が好きだよ



風の中にあるモノ

見えないけど

ボクには確かなモノ



思い通り生きていく

きっと できるよね



疑う事を知らなかった

遠いあの頃に帰ろう



風に乗って帰ろう

キミはその風に乗れるから



どんな大人になっても

ボクはボクだと言えるように

キミはキミだと言ってあげれるように

強く生きよう



ボクは風の中 今日もキミを探してる



「思い通りに生きていく・・・・・・きっとできるよね・・・・・・」



トンネルを抜け、光溢れる景色が映し出された——。

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Life Ever Lasting ソメイヨシノ @my_story_collection

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