Episode4 02
窓の外に不気味な男は、その姿をどう見られていると思っているのだろう?
裂けているような口元が楽しそうに動いた。
「チープだなんて人聞きが悪いですねェ。皆さんの反応も上々ですし、結構楽しんでいただけてると思ったんですけどネェ」
「何、これ~? 次のクイズの出題者かな?」
あまゆーの推測はそんなにおかしなものではなかった。この世界はあくまでもクイズを解いていくことが主眼のはずなのだから。
しかし、そうではなさそうだということをその場にいた全員が本能的に感じ取っていた。
この異形の男はただのクイズ出題者にしては、実体感がありすぎるのだ。出題者という作品の機能が持ちえない生々しさが感じられる。
まるでVR世界が生み出される前からこの世界に住んでいる神格のような、そういう気味悪さがある。
「あ……あんたがこのワールドの制作者なのか?」
コウはようやくそれだけ言った。
「さぁねェ」
男は口に人差し指を当て、シーというジェスチャーをとって笑う。
「コンテンツには明瞭であればあるほどよいものと、秘匿されていたほうがいいものがあると思うのですガ、これは秘密にしていたほうが面白そうでショウ?」
男が何者かはわからないが、確かなことがあるとすれば、この中でもっとも真相に近いところにいるだろうということだった。
スクウェアードは驚くでもなく、その男を凝視していた。
「それに意味なんていうのは、往々にしてユーザーが勝手に考えたほうが面白いンですヨ。是非とも好きなように楽しんでいただきたいものでス」
一貫して、ゲームマスター側の立場でその男は語る。
「ユーザーが考えたほうが面白いっていうのは同意しますけど、それを作り手っぽい立場の人がゲーム中で言ったら台無しですよ。作者が登場するメタ展開じゃないですか」
クータがどこかズレた批判をする。ただ、この闖入者を気に入らないと思ってることだけは確かなようだ。
「これはこれは。一本取られてしまいましたね。おっしゃる通り、でしゃばる作り手は目障りなものです。ただ、これでもユーザーのサポートのために出てきたわけなので、ご容赦いただきたいなと」
男は外側からゴンドラに手を当てた。
「ここまでくる方は意外といらっしゃるんですが、放っておいたら迷子になって諦めて帰ってしまわれる方も多く、当方としても説明不足すぎたなと反省いたしましてねェ」
すると、外側からゴンドラの扉がスライドされて、開いた。
風が吹き込んでくる演出が入ると、VRとはわかっていても、気味が悪い。
いや、そもそも高すぎるのだ。
「ちょっと! 観覧車ってこんなに高いところまで来ないだろ! 雲の上じゃん!」
ルリが声を上げる。
さっきからゴンドラの外側は美麗な光景に変化していたが、今度はとんでもない上空からの眺めに変わっていた。ゴンドラがスカイダイビングをやる時のヘリのように感じる。
「どうぞ」
男は両手を上げると、招くように手前に引き寄せた。
その意図は明らかだ。
ここから飛び降りろということだ。
「ふざけないでよ! こんなところから飛び降りられるわけないでしょ!」
バレッタが叫ぶ。ただ、あまゆーやクータは怒りをぶつける前にうろたえていた。
コウも足がすくむのを感じた。これは臆病なのではなくて、自然な人間の反応だ。
「次のステージはこちらデス。どう見てもここにはドア一つしかないのに気がつかない人が多いんで困ってたんですヨ」
男はくすくす笑いながら言った。キャラを演じているのか、本当に面白いのかわからないが、どちらにしろいけすかない態度だった。
「単純に精神的にきついだろ。さっきからリアルすぎる映像を見せつけられて、脳のほうはなかば現実として受け入れてるんだ。せめてパラシュートでもくれよ」
コウは抗議する。
「嫌なら目を閉じればいい、地面なんてあっという間でス。死ぬわけないじゃないですか、VRですヨ? 視界ジャックテロより優しいと思いませんカ?」
視界ジャックテロとは、ユーザーに許可なく恐怖映像や事故映像などを見せて驚かせる悪質行為のことだ。前時代のウイルスなどで行われたブラクラと似た発想の行為だが、VRは近年、革新的な技術向上がなされ、前時代よりはるかに没入性が高くなってしまったため、もはや違う次元の問題となっていた。
実際、死の体験をさせられたユーザーが昏睡状態になってしまったというような事件も起きている。現実に心肺が停止したわけではないので殺人事件とはなっていないが、VRの再限度が身体を脅かす重大事件につながってしまったことは事実だ。
「でも、こういった過激なコンテンツを含むなら、入場前に確認ログを出すべきだっただろ。このゲームではそんなのまったく出てないぞ」
VR世界でもユーザーに影響が出すぎた事故が起きて以来、コンテンツの事前審査は厳しくなっている。ゲーム中に目覚めなくなるおそれがあるようなままでは、技術が進もうと使いようがないためだ。
「このゲームを皆さんが遊べているということは、オリンポスの審査的に危険性がないという証明みたいなものじゃないですカ?」
男がにやりと笑う。確かにオリンポスのAIによるセキュリティ審査はここのところとくに厳しくなっていると噂されている。
ということは通常は遵守するしかない、最低限の倫理は守られているということだ。
「とはいえ、あくまでも、これは強制ではなくて、選択です。ここでリタイアして、ワールドから退出いただいても大丈夫です。まあ、このまま進んだところで、永遠にゴンドラは目的地には着きませんので、結局、リタイアすることになると思いますしね」
男の声から逃げるように、一同は顔を見合わせた。
どういう決断をするにせよ、ソロプレイではないのだから意見のすり合わせをしないといけない。
一方、スクウェアードだけは、何か言いたげな視線を男に送り続けていた。フードの奥から、冷たい目がのぞいている。
「どういうつもりだ?」
「言ったでしょウ? 意味は自分で考えて好きに解釈し深めていただいて構わないと。一番の目的はエンターテイメントとして皆さんに楽しんでいただくことですから。アナタはずいぶんと警戒なさっているようだけれど、コレもただのゲームですので、どうかそうピリピリしないでくださイ」
そんなやりとりがコウの耳に届く。
どうやら態度の悪いスクウェアードにも、彼自身の中に正義があるらしい。ライト層を上級者の遊びに付き合わせるのはマナー違反だということが言いたいようだ。
そんな中、ルリは自然とリーダーとして、みんなの意見を募っていた。
「高所が苦手な人がいたらさすがにやめたほうがいいと思うけど、皆はどう?」
平気という声が飛ぶ中で、あまゆーが最後まで黙り込んでいた。
「あまゆーは、こういうのダメか?」とルリが尋ねる。
「全然ダメってわけじゃなくて、景色が綺麗な空の風景とかは大好きなのよ?……でも落ちるのってまた別でしょう?」
ゴンドラの外から「目を閉じれば一瞬ですよ」と男が口をはさんだ。
「アンタはちょっと黙ってて!」
バレッタが怒鳴った。バレッタはフィクションの悪役にも本気で腹を立てるタイプだ。まして、そいつが本当に人格を持っているように感じるなら、なおさらだ。
バレッタはその視線を今度はあまゆーに移動させた。それから、少しわざとらしく、腕組んで瞑目した。そして、目をすぐに開いて、こう言った。
「アタシたちはここでやめとくわ! バレッタ、あまゆー離脱しまーす!」
「わたしだけでいいのに。バレッタは飛び降り平気でしょう?」
「いいの、いいの! あとで教えてもらいましょ! それにあまゆーを一人にさせるなんて、アタシがアタシを許せないしね!」
バレッタの態度にクータが「男前ですねえ」と評した。
コウはルリに目を向けた。女子二人が降りるのだから、ルリも降りるかなと思った。
ルリは扉とは違う方向の窓を見つめていた。眼下にはこれまで見てきたような壮大な景色が映っている。この景色のない場所に帰るのが名残惜しいように見える。
コウは「意外だ」と心の中で思った。
ルリが迷っているのは一目瞭然だ。つい、バレッタみたいに気風のいい、サバサバしたことを言うのかと思ったが、想像以上にこの世界に未練があるらしい。
「あたしは……」と何か言いかけたルリの言葉をバレッタの声が上書きした。
「ルリがいなきゃ続きが見れないでしょ? 男子どもはぜ~んぜんダメなんだから、ルリがいてあげないと!」
そして、コウの返事も待たず、
「じゃ、またあとでね!」
と目の前からあまゆーと共に消えた。
「あいつ、いい奴だなぁ」
コウは感想を漏らす。誰かのために行動する。でも、自分の行動がほかの誰かの負担になることは認めない。バレッタはそこが一貫していた。
「気をつかわせてしまったな」
ルリが苦笑いする。
「もうちょっと、この世界で遊びたいんだろ。そういう顔、してたぞ」
コウの言葉にルリはうなずいた。
でも、そのあとの言葉はコウの予想と少し違っていた。
「上手く言えないんだけど、心がザワザワするんだ。なんだか、懐かしいような……」
スクウェアードと男の声がちょうど止まった。そのせいか、吹き込む風以外の音が消えて、コウは居心地の悪さを感じた。
「懐かしいって……。ちょっと前から、なんかアンニュイな表情になってた時があったけど、それのせいか?」
「えっ! そんな表情に出てた!? 恥ずかしいな……」
ルリは顔をかく。アバターの表情にも朱が差した。
「ちょっと! 僕だって見てましたよ! この両の目でしかと、かわいいルリ様の姿を!」
クータが嫉妬したように割り込んできた。
コウもクータの反応を見てから、お前の態度は全部わかってるみたいなムーブでキモかったかな……と少し反省した。
「それとルリ様もコウ氏も結論が出たようですね」
コウもルリもうなずいた。
「飛ぼう」とルリが言った。
「気に入っていただけたようで何よりでス。さァさァどうぞ!」
男は相変わらず楽しそうだ。スクウェアードは黙ったままだが、そもそも同じチームでもないのだし、意見を確かめる義務もない。何らかの結論が出ているのだろう。
それにコウ自身、一緒に来いよと言えるような気持ちにはなれなかった。
ゴンドラの扉の前に立ち、下界を見下ろす。
生唾を呑んだ。落下する夢を見た時もこんな感覚があったと思う。
はっきり言って怖い。こんなところについてこいとは言えない。今からでも自分だけ撤回したいぐらいなのだ。
「高所は苦手じゃないけど、これはクるなぁ……」
ぼやいたコウの両腕が同時に何かが触れた。
コウの両側に、クータとルリが身を寄せて、しがみついていた。とくにルリははっきりと腕を掴んでいるような格好だった。
「おいおい……まさか一緒に飛び降りるのか? 一人ずつじゃないのか?!」
コウの質問には二人とも答えない。どちらも地面の側を見下ろしていた。
誰だって怖いのだ。自分だけじゃない。喋れなくなるのも当然だ。
「せ……せーのですよ! せーので!」
「わかった、せーのね? じゃあ……」
「待て待て待て! 俺の確認を得ずに飛び降りるタイミングを決めるなって!」
だが、遅かった。クータとルリが「せーの」と声を合わせた。
あとは飛び降りるだけだ。
コウの両肩が一気に引っ張られた。
二人がゴンドラの外側に出ていた――と思った時には、コウの体も引きずられていた。
「せーのじゃねぇっ!」
コウも勢いよく、空へと舞っていった。
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