Episode4 01
観覧車のゴンドラが一つずつ、ゆっくりと乗り場のところに降りてきて、また上昇していく。ゴンドラの外装は白に一本ずつ違う色のストライプが横に入っているシンプルなもので、子供向けというよりは、大人がデートで使うような雰囲気がある。
「さて、これから行こうって思ったばっかりなんだけど――どうする?」
ルリが後ろの面々の顔を見ていった。
うかつに分散してゴンドラに乗れば、またクイズなどでチームが切り離されるおそれがあった。一連のクエストが挑戦者の数を減らすものである以上、そうなっても何もおかしくはなかった。
「見たところ、通常の定員は……四人ってところだよな」
コウは改めてゴンドラを観察する。ちょうど、青いストライプのゴンドラが降りてきたところだった。ロープウェーのゴンドラじゃないのだから、一般的なサイズだ。
スクウェアードも頭数に入れると六人。定員オーバーだ。
「そいつには単独行動してもらうとしても、五人か。一人、あぶれちゃうよね」
バレッタが少しトゲのある言い方をする。バレッタからすれば、先に態度が悪かったのはスクウェアードなのだから自分は正当だということだろう。
「くじ引きで二つの班に分ける~? この先、何があるかはどうせわからないんだし、わたしはそれでいいかな~って」
あまゆーがもう少し穏健な案を提示した。
「う~ん、クイズが来るって考えれば、ルリと同行する人間は多いほうがいいじゃん。でも、4・2で分けると……」
バレッタがまたスクウェアードを一瞥する。
「アタシとこの子供って編成になる危険もあるのか……」
スクウェアードは面倒くさいのか、「ふん!」と鼻を軽く鳴らしただけで、直接的な抗議はしなかった。
そんな煮詰まった話の間もゴンドラは降りてきて、また上がっていく。何台かのゴンドラが空のまま、次の周に入ったところで――
「ああ、そうか」
とクータがぽんと手を叩いた。
「六人で一つのゴンドラに乗ればいいだけの話ですよ!」
コウは常識人らしく、いや、それはルール違反だろと言ったあとハッとする。
「このゴンドラが何人乗りかなんて、どこにも書いてないですよ。案内役のスタッフもいませんし。頑張ればいけちゃいそうじゃないですか!? こちらはアバターとして見れば大半が女性。しかも子供もいるわけです。重量としてはセーフですって。まあVRなんで重量なんてそもそも存在しませんし!」
「確かに。ここで分散するよりはそのほうがいいかもな。みんなもそれでいいか?」
コウの声にかぶさるように、バレッタが「賛成!」と声を上げた。
スクウェアードも無言だから文句はなく、どうせ一緒に乗ってくるのだろう。
そしていざ乗り込んでみると、内部は意外に広く、六人だからといってさほど窮屈ではなかった。
まず試してみるべきなんだよな、とコウはさっきの一幕を少し反省する。見た目の印象から四人乗りと勝手に決めつけていた。せっかくのVRの世界なのに、そういう視野の狭さを引きずってしまっていないか。
ゴンドラの扉は全員が乗り込むと自動的に閉まった。ガタンガタンと少し揺れたあと、ゆっくりと上っていく。
それと同時に、窓からの風景が切り替わった。
遊園地だったはずのものが、広々とした大地にオーロラが差すようなものに変わる。最初から観覧車の設置場所が高台という設定なのか、どこまでも人工物の一切ない風景が続いているのが見える。
バレッタ、クータ、あまゆーが次々に声を上げた。
一方、コウは息を呑んで、その光景に見入っていた。その映像表現の質の高さは本物のオーロラと大地を見ているとしか思えないものだ。自分が本当にオーロラ観察ツアーに行ったとしても、これと同じ感動を味わうだろう。
景色はまた前触れなく切り替わった。
今度は先ほどの大地よりごつごつした山並みだ。オリジナルは北米のどこかの光景なのかもしれない。コウの口が自然と開いた。自然と涙が出てきそうだ。ロッキー山脈を巡るドキュメンタリーでこんな映像を見たことがある気がする。
次に切り替わった光景は湖、そして背景を占める針葉樹林の林だ。生命の数はこれまでで一番多いのに、もっとも静謐な印象を受ける。
「すごい! すごい! ほんとに別世界に来たって感じ! これぞVRの醍醐味だよね!」
バレッタが全員の意見を集約したようにそう評した。
だが、スクウェアード以外でもその言葉に乗れないメンバーが混ざっていた。
コウが最初にそれに気づいた。
ルリだけがやけに神妙な表情で、景色を見つめている。
あまりの絶景に涙腺が刺激されることもあるだろう。でも、そういう感動の仕方とも違う気がする。
どう考えても、困惑のような感情がそこにある。
アバターの表情でもそういうことはわかるものだ。
嫌なことでも思い出したのか? 過去の事故の記憶が出てきたとか……。
いや、オーロラや針葉樹林が眺められるところで事故に遭うなんてことは普通はない。
ルリに尋ねるべきか迷って、コウは留めた。それは気遣いじゃなくて、ただのプライベートでの侵入だと思った。
代わりに全体に向けて、素朴な疑問を口にする。
「こんな規模で作ってあるのに、謎のままでやるのはなんでなんだろうな」
この映像は今の最新の映像技術が注ぎ込まれている。いや、技術だけの問題じゃない。美しいものをより美しく見せるにはどうしたらいいか、作り手はとんでもない努力を重ねている。
「自分がこんなことできるなら、もっと見てくれって、公開しちゃいそうだけど」
「匿名にして公開していて、このクオリティのワールドを作れるなら確かにジ・ワンっぽい感じもしますし、だからこそ模倣とも言われてるんですよねえ。なんとなく半端というか……」
クータが仮説を述べる。確かに閉ざされた環境でならパクリ問題は顕在化しない。
「これが、ジ・ワンね……」
ずっと口を閉ざしていたスクウェアードがつぶやいた。
「なあ、お前らに聞きたい」
スクウェアードが窓から内側に顔を向ける。
「このワールドがすごいってことは認める。構成も凝っていて感動する奴だっているだろ。でも、この規模で作っておいて、やってることは結局チープなクイズ大会なんだぞ」
チープというところでスクウェアードは語調を強めた。
「お前らはこれについて、どう思う?」
スクウェアードはスクウェアードで何かにずっと引っかかっている。コウはそう確信した。その表情でわかった。少なくともすべての真相を知っていて、コウたちを嘲っているのとは違うようだ。
だが、コウがそう尋ねられるにはまだ情報の断片が不足している。
「それってどういう意味だ?」
コウがスクウェアードに聞き返したその時――
窓の外に不気味な男が顔を見せた。
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