Episode3 06
「ん? どうした?」
そのルリの顔はとくに陰があるようにも見えない。ルリを暗く感じたのもジ・ワンの件と一緒で自分の主観だけのものだったのだろうか。当の自分が不安に見えないのに、不安がないかと聞くのも変だ。
「あ、いや……その……」
ほかに話すこともなかったので、口ごもる。でも、何か間を埋めないとおかしい。
そういえば、気になっていたことがあった。
「どうして目的地が観覧車だと思ったんだ?」
スクウェアードも好意的な反応ではなかったものの、ルリを認めるような態度をとっていた。そもそも、スクウェアード自身が一緒についてきているのだ。
「あぁ、ごめん。説明してなかった。このゲームの最初の問題の答え、『鉄』だったろ?」
「鉄? あっ、さっきの一問目か」
「その次の答えが決定係数で、その次がis。そのあとの答えも含めて、並べ替える」
「並べ替える?」
よくわからなくて、コウはオウム返しで尋ねてしまう。
「ちなみに鉄はFeで考えるんだ。これを並べていくと……」
まだ、コウの頭はついてこられていない。ただ、ルリが勘ではなくて、一つの定まったロジックで物事を考えていることだけはわかった。
「――《Ferris wheel》……観覧車ってなるんだ」
「ふぇりすうぃーる……」
また、オウム返しになった。
コウはばつの悪い思いをする。そんな単語、これまで習った記憶はない。それでも、これぐらいは常識なのだろうか? 兄や父親は当然知っているんだろうか? いや、高校二年で習う範囲の単語じゃない……はず。
「な、もしかして海外経験があったりするのか?」
ルリが英会話学校に通ったりしているイメージはないし、英語専門の検定を受けてるイメージはもっとないから、消去法で海外に住んでいたのかと尋ねた。さっきもやけに発音がよかったし。
だが、ルリは少し困ったような表情に変わる。
「あー、うん。小学校卒業くらいからかな……? そこから海外にいて、事故? ……にあって。それで……」
事故だって? まずい質問をしてしまったか。そういえば、ルリの顔色も悪くなったように見える。VR内で顔色が本当に悪くなってるわけではないのだが、自分の脳がそう解釈している。
「思い出したくないこと聞いちゃってたら、悪い……」
「いや、思い出したくないってわけじゃないんだ。どっちかっていうと、思い出せないってほうが真相で……。ただ、海外にいたのはホント! 昔は結構勉強が好きでさ、勉強ばっかしてたんだよ。今はスポーツをやりたくて、そこまでやってないけどさ」
あっけらかんとした表情に直ったルリ。コウは「思い出せない」という表現が気になったが、追及するわけにもいかず、話を横にそらすことに決めた。
「運動神経、本当すごいもんな、運動部を複数掛け持ちして、あの成績だし」
「あれはたまたまだと思う。集団競技も含まれてるし、十分成績を狙える感じのところにアタシが入っちゃっただけだよ――あっ、着いた、着いた」
ルリが足を止めて、視線を上げた。コウも釣られて見上げると、目的地の観覧車の真下に着いていた。
聞きたいことはまだあったが、もう会話は打ち切られてしまった。後ろに続いていた面々もルリの元に集まってくる。
輪からやや外れる位置にはスクウェアードもいた。会話に混ざらず静かについてくる姿はどこか死神めいている。もっとも、ルリはそういった負の感情を抱いていないのか、自分からスクウェアードのほうへ近づいていった。
「どうだった? そっちの答えとアタシの答え、ちゃんと合ってた?」
「まっ、そうだね。着ぐるみの集団が答えてたのを聞いてれば、誰でもわかるようなことだけど」
「はは。合ってたならよかったよ」
相変わらずスクウェアードは悪態をつくがルリは気にせず応対している。
バレッタは気に食わないのか不満の表情をはっきり浮かべているが、言葉で噛みつくのは空気を壊すからか、やめているらしい。
コミュニケーションの阻害になるほどまでなら論外だが、VRで無愛想なキャラを演じるのも自由の範疇だ。演じることの大切さはコスプレ好きのバレッタもよく知っている。
「というわけで、さっきのワールドの答えを並び替えてできた《Ferris wheel》――観覧車がここの答えだということでいいんじゃないかなと思う。もっとも、スタート地点に立っただけだけどさ」
バレッタもクータも感心した表情をしている。誰もどうしてここを目指したかわかっていなかったらしい。
「やっぱり、ルリ様はすごいです! なんとか足手まといにならないように進みたいところですが……それはともかくとして、初回からこんなところまで来られるなんて画期的なことですよ! これはコンプリートも夢じゃないです!」
クータの言葉は何割かルリへの崇拝もあるだろうが、快挙というのは事実だろうとコウも思う。ルリなしであれば、自分たちは不完全燃焼のまま、最初のワールドでドロップしていた。
「ありがと。アタシは助っ人じゃなくて、あくまでもメンバーなんだから、全力も尽くすさ。じゃ、次に行きますか!」
「「おう!」」
ルリの音頭にバレッタやあまゆーが声を上げる。コウはちょっと反応が遅れてしまった。
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