Episode3 05

 C=スクウェアードが顔を上げた。



 コウたちのグループを順番に見渡しているようだ。

 そしてルリに視線を止めると、観察するように眺めている。


 コウは不快感とわずかな誇らしさを同時に感じた。もしかすると、作品としてアバターに興味を持ってくれているのかもしれない。


「あたしの顔になんかついてる?」

 ルリが聞くと、

「別に」

 そう答えてスクウェアードは顔をそらす。フードが一緒に横に動いた。フードのわずかな動きまでよく表現されている。相当高質なアバターを使っているようだ。


「おっと、本格的に2ndステージが開始するようですよ」

 クータの言葉にコウもゲームのほうに引き戻される。


 高速移動は終わっていた。ゲートの外側にはどことなくレトロな、それでいて既視感の強い遊園地が広がっていた。


 何語かわからない文字以外を抜いたら見覚えのある回転木馬やコーヒーカップ、そこを成人男女と小さな女の子という組み合わせの顔のない家族連れが、アトラクションを体験したり歩いたりしている。


「普段だったらレトロかわいいくらいだと思いそうだけど、これは趣味がいいって感じでもないわね」

「バレッタはばっさり切るわねぇ。でもわたしも同意見かしら~」


 バレッタとあまゆーがそんなふうに評した。それはコウたち全員の意見を代表している。波紋の中に独特のデザインが表示される趣向と比べると、全体的に凡庸なのだ。


「背景はわかりませんけど、近所のアトラクション自体はなかなかしっかり作り込んでますね。ほら、アトラクションの乗り場もちゃんと開いてますよ」


 クータが小型の飛行機がぐるぐる回転するタイプのアトラクションに近づいていく。


「ほんとだ! よくできてるじゃん。これに本当に乗っちゃったらどうなるんだろう?」

 好奇心が強いバレッタが恐る恐るとしながらも乗ろうとしたので、コウが進路を塞いだ。


「乗った途端にゲームスタートになるかもしれないし、さすがにやめたほうがいい!」

「それもそっか。ごめん、ごめん。これってグループで一蓮托生だもんね」

「顔のない人が歩いてるのって、どことなく怖いな~」


 あまゆーはそんな感想をこぼしながら、アトラクションの合間を歩いていた。

 とくに問題らしきものは置かれていない。


「ああっ! これは!」

 またバレッタが何か見つけたらしく、声を上げた。


「このアトラクション、やっぱりあの人気の遊園地そっくりじゃん!」

 コウにはそっくりなのかわからないが、おそらくこのバレッタの反応は信用していいだろう。


「既視感をちょっと感じたんだけど、やっぱりモロにアレだからかな?」

 ルリもそう感想をこぼす。


「お前ら、マジのビギナーかよ」

 スクウェアードがあきれたような声を出していた。


 やっぱり友好的な態度ではない。その言動からすると、このステージにも慣れている《AVENA》の常連なのかもしれない。

 ビギナーに塩対応するベテランは珍しくないのだ。

 そのスクウェアードはポケットに手を突っ込んだまま、だるそうに歩いて、顔を上げた。

 そこには案内板が設置されている。あごで何かをコウたちに示しているようだった。


「ったく、マナー悪いわね。いったい、何なのよ。――――あれ、なんか、表示されてる」

 バレッタがまず案内板の特徴に気づいたらしい。


 コウも寄っていくと、すぐにわかった。

 遊園地はエリアごとに名前と色がちゃんとついていた。

 そして現在地に★マークがついている。


「……もしかして、目的地がどこかわかってるのか?」

 ルリがスクウェアードに物怖じせずに尋ねた。


「それぐらい、自分の頭で考えれば?」


 やっぱり失礼な反応だが、これはYESと言ってると思って間違いない。そうコウは判断した。


「う~ん……とりあえずで行くなら、どこになるんですかね……」


 クータが案内板を見上げながら唸った。何の説明もないままにフィールドに放り出されているとは考えづらいから、何かヒントが案内板にありそうなものなのだが。

 一方、ルリは案内板の各所に視線を走らせている。


「アトラクションやマップ自体にヒントはないか。だとすると、消去法で前のステージにヒントがあるとすれば……」


 ルリは言葉では確定しきった表現を使わない。だが、表情にさほどの迷いは見られなかった。


 案内板の絵を眺めたあと、ルリは周囲を見渡し、さっと指を案内板のほうに向けた。



「あそこ」



 一行が釣られてそちらを向くと、遊園地の象徴とも言える観覧車が建物の間から顔をのぞかせていた。


 どうだろうか、といった様子でルリがスクウェアードに顔を向ける。


 視線が合った瞬間にスクウェアードが「ふん!」と顔を逸らした。素直に答え合わせをしてくれるつもりはないらしい。

 ただ、先ほどまでのようなあきれたような物言いも出てこなかった。


「ありがと。じゃあ。これでいいみたいだな」


 ルリは少し表情をゆるめた。コウはまだわからないが、ルリは何らかの確信を得たらしい。

 またルリは案内板に顔を向けていたが、これは迷っているのではなく、ルート確認のためだったらしい。すぐに迷いなく、歩きだした。




「いいのかなぁ……?」

 あまゆーが不安げにバレッタに尋ねた。

「ルリで間違ってるなら、どうせ全滅だって。行こ、行こ!」

 先を歩くルリに続く一行。


 興味ありげにきょろきょろと見渡しながら歩くバレッタとあまゆーを見てコウが質問する。


「そういえばバレッタとあまゆーは、ココ……っていうか、現実のほうの遊園地によく遊びに行くのか?」

「あたしたちは毎年遊びに行くわよ! 幼馴染みで小さい頃からずっと一緒で家族ぐるみの付き合いなの。そういうコウはさっきの反応の薄さと言い見るからに、興味なさそうよね」

「興味がないっていうか……行ったことがないっていうか……テレビで見るような情報しか知らないな」


 家族ぐるみの付き合いでの思い出を持つバレッタに眩しさを感じながら、淡々とコウは事実を返した。


「ええーー! それって人生の半分は損してるわよ!」

「半分は言いすぎだろ! 機会があったかなかったかってくらいだし……」


 家族団欒で遊園地に行くような家ではないことを言う気もないために、弱弱しい反論になるコウ。そんな様子をとくに気に留めず「あとからでも行って魅力に気づくべきだわ!」とバレッタは鼻息荒く力説する。


 テーマパークオタクの様子を見せるバレッタに辟易とした眼差しを向けるコウ。

 そこでクータが思いついたかのように提案をした。


「それなら、僕らも行きます? 僕の推しの《みゅーちゃん》はマスコットキャラクターが大好きで、Postterで写真を載せてたんですよ。それが僕もほしいんですよねえ~」


 Postterはオリンポス社が運営するSNS――ソーシャルネットサービスだ。


「それなら、アタシが最高効率で回れる通の楽しみ方を伝授してあげてもいいわよ!」

 横入してくるバレッタ。

 その勢いに気圧されつつ、クータは怯えながらも答えた。


「い、いや……みゅーちゃんとお揃いのものを持つことに興味があるだけなので……」

 自分の主張を曲げないという高度な返事だ。


「そこは本当にブレないんだな……」


 コウはあきれ半分で笑いながら、クータにツッコミを入れる。

 そんなコウを見て、にこにこしながらあまゆーが言った。


「二人は仲が良さそうなのは見ててわかってたけど、改めて本当に仲がいいのねぇ~」 

「クータとか? 仲は……まぁ、良いかな……。中学からの付き合いだから、そういう意味では付き合いは学校のほかの友達よりは長いと思う」

「そんな! 僕はコウ氏とマブダチだと思ってたのに! 結構あそ――」

「――びはしてないだろ。しかもお前と俺は、VR内での趣味がそこまで合わねーじゃん」

「う、確かに……でもコウ氏と一緒にいるの楽なんですよね~。口ではこんなだけど、なんだかんだ付き合ってくれるあたりとか……」


 かわいい動きでコウを見上げるクータ。

 その姿を見て、きゃっきゃとあまゆーが笑った。


「知らずに見てたらカップルみたい」

「冗談じゃない」

 露骨に嫌な顔をして反論するコウ。


「そうですよ!《くりすぷちゃん》は彼氏作るタイプの子じゃないし、ちょっと趣味が……」

 よくわからないクータの反論を聞きながら、ふーむと周囲を見回すあまゆー。


「仮に教えるならこの場所はうってつけなんだけど……あんまりそういう空気でもないわよねぇ」

 道行く背景の人間は音も発さず、ゆるやかに歩き、無言でアトラクションに乗り込んでは出ていた。


「無人の設定の遊園地よりはリアリティがあるっちゃあるけどさー、全員黙ってるのがやっぱり不気味なんだよねー。そんな遊園地ないじゃん? そういうところもこだわってほしかったなー」

「ん~。僭越ながら僕はこれも含めてクリエイターのこだわりだと思いますよ」

 バレッタとあまゆーの会話にクータがくちばしを入れる。


「どういうこと? 寂しい遊園地を表現するのが目的ってこと?」

「当たらずとも遠からずです。背景の人の動きですけど、一定時間でループしてるんです。同じアトラクションに乗り続けてる人までいましたよ。今時リアルな人間のモデルを自由に歩かせるくらいできなくはないわけですから、わざとやってるんですよ」

「アンタ、そんな細かいところまで見てたんだ……」

 バレッタが賞讃と嫌悪のちょうど間みたいな表情で言った。

「クリエイターの思想は細部に宿るんです。細部のほうがやりたいことを入れても、全体が崩れづらいですからね」


 コウはクータが自信を持ってそう話しているのを少し羨ましげに聞いていた。好きなものを語る時に物怖じしないのは確かな強さだ。


 それと一行の会話を聞いて、コウも背景の人の異様さに一つ気づいた。


 背の高さとシルエットからして、それは成人男女に小さな女の子一人の組み合わせばかりなのだ。両親と娘いうのが普通の見立てだろう。

 別に娘一人の親子連れなんてどこの遊園地でも珍しくない。だが、それ以外の組み合わせを一切用意しないというのは妙だ。意図的に手を抜いている。何か意味するものがあるのかと勘繰ってしまう。

 こうやって不安を煽る感じは、一般的によく言われているジ・ワンの特徴の一つではあった。だが、人を不安にさせるようなものなら世の中に無数にあるし、不安というのも主観だ。根拠が何もないから、コウはジ・ワンとの関係は口には出さなかった。


 それに、前を行くルリの様子がコウは気になった。


 先導のルリは後ろの自分たちとの会話には参加しない。それは普通のことだ。たまにきょろきょろと周囲を確認している。


 ただ、歩きはじめた頃より、その表情が少し暗いものになってるように見えた。

 気がかりで早足になって追いかけると、ルリもそれがわかったらしく、コウのほうにはっきり顔を向けた。

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