Episode1 03

 次の休み時間、すぐにコウは春日部に声をかけた。ゆっくりしていると、また友達のところに移動してしまうおそれがあったからだ。


「春日部、これ、本当に解けたのか?」

「解けたっていうか、知ってる問題だったから」


 誇るでもなく、春日部は言った。

 知ってるというだけでも十分にすごい。


「いやいやいや! ルリ様、とんでもないですよ! マジモンの天才じゃないですか! すごすぎますですよ! すごすぎです!」


 コウのところに来た空太もテンションを上げている。

 それこそが正常な反応なのだ、とコウは思う。


 空太が春日部を信奉してなくても同じ反応になっただろう。

 本当にできたのか訊く前に、すごいと褒めたほうが印象はよかったかなと、コウは考えてしまう。


「天才とは言わないだろ。知ってるか知ってないかの違いだし」


 春日部は終始平然としていた。格好をつけているのではなく、ほんとにどうとも思ってないようだ。


 だが、スポーツでも天賦の才を発揮している女子が、勉強でもここまでわかりやすく格の違いを見せつけることなんてあるんだろうか?


「ところでさ、なんか先に進む鍵をもらったみたいだけど、これ、どうするの?」


「ふああああっ! そうでした! ルリ様のおかげで《AVENA》の参加権である鍵がこの手にっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 本当に空太が拝みだしたので、コウが止めた。異様すぎる。


「せっかく鍵が手に入ったんだし、俺はやりたいけど……」

 コウの表情がじわじわと歪んだ。


「俺は解ける気がしない。それこそ、鍵すらもらえなかったんだし、その先が解けるほうが不思議だ……」


 常識的に考えればこの先はもっと難易度が高くなる。門前払いを食らっていた自分と空太で解けるわけがない。

 と、ちょいちょいと空太がコウの腕をつついた。




「コウ氏、ルリ様を誘いましょう」


「えっ?」と思わず答えてしまったが、それは現実的な選択だった。鍵を手に入れた人間がいるのだ。その人間がもっとも頼りになる。


「そうそう! ルリはマジモンだからねー! そりゃ、千人力でしょー!」


 ソプラノのよく通る声が飛んできた。制服にオプションでキラキラした飾りをつけた女子がやってくる。


 同じクラスの見晴高美だ。クラスではだいたいバレッタで通っている。名前の間二文字が「晴高」で、これが「ハレタカ」、バレッタと変わっていったらしい。


 確か合唱部で、テレビのカラオケ大会の予選に出たことがあるとか、女子のグループが話しているのを聞いたことがある。その予選もゴスロリみたいな衣装で出たらしい。言動はギャルっぽいが、本人の趣味はそっち系だとか。


「バレッタの言う通りで、ルリルリはほんっとーにすごいんだから~。テストの時にも勉強教えてくれるものね~」

 その見晴の横から、いきなり春日部に抱きついたのは甘崎幸菜だ。


 すらったとした見た目の見晴と比べると、甘崎は太ってはいないけれど、全体的に体のラインがもちもちして、どことなく、おっとりした小動物っぽさがある。


「こっ……こ、これは食の魔女じゃないですか」と、空太はぽかんとした顔で、春日部に抱きついている甘崎を見ていた。


「なんだ、食の魔女って?」というコウの質問には、空太の代わりに見晴が答えた。


「そのままの意味よ。あまゆーって、料理上手で有名なの。たとえば、おかずになるパンケーキとかね」

「なんだ、それ。パンケーキに野菜でも入ってるのか?」

「そんなものは入ってないわ。チーズとかハムとか。甘さと塩辛さがちょうどよくて、いくらでも食べられるから」


 見晴が自分のことのように自慢した。


「ほら~、たい焼きや大判焼きにハムマヨネーズ味のやつとかってあるでしょ~? ああいう感じで、おいしいと思ったのよ~」

「去年の文化祭、料理研究部の料理では、甘崎さんのあのパンケーキが得票数一位でしたからね。僕もいただきました」


 なるほど、それなら食の魔女なんて二つ名がついてもおかしくない。どちらかといえば、コウが全然知らないことが問題だった。


「で、ルリルリはいったい何したのかしら~?」

 甘崎が抱きついたままの格好で春日部に尋ねる。

 それに見晴も続けた。


「あ、そういえば、それ訊いてなかったわ」

「さっき、スマホに出てた問題を解いただけだよ」

 春日部はゆっくりと甘崎を引き離しながら答えた。


 そこから先は空太が説明した。春日部以外の女子が来ると、途端にコウと変わらない堂々とした態度になる。コウには、春日部が空太の天敵みたいに映った。


「じゃあ、アタシたちも含めてみんなで行けば難易度ももっと下がるじゃない!」

 当たり前のようにバレッタこと見晴が言った。


「鍵が人数分あれば、一緒に参加できるんでしょ? じゃーさ、何人もまとめてチャレンジしたほうが楽じゃん。そうしよ、そうしよ!」

「参加するって……見晴さんはオリンポスのID持ってるの? さすがにそれぐらいはあるか……」


 コウはちょっと引き気味に答えた。単純にずかずか突っ込んでくるタイプの女子との距離感がつかめないのもある。


「IDもアバターももちろん持ってるって。あとさ、見晴って呼ぶのやめてくんない? 呼ぶ時は、絶対にバレッタで」

 コウはバレッタに睨まれて、ゆっくりうなずいた。よくわからないが本名呼びは地雷らしい。


「よくバレッタとオリンポスにお買い物行くし、わたしもIDあるのよ。あ、それとわたしも呼ぶ時はあまゆーでよろしくねぇ~」


 アバターの問題に関してはあっさりクリアされた。ついでにあだ名呼びも強制されるようだ。

 コウが考える以上にアバターは女子の間でも普及しているらしい。今時持ってないほうがレアということのようだ。


「ところで、笹倉君たちは普段はどんなふうに呼び合ってるの?」


 ぐいぐい来るなと思って、コウはあまゆーに対してもちょっと引き気味になった。

 おっとりとした見た目や言葉遣いに似合わず、結構なコミュ強に思える。

 序盤は遠距離武器の弓矢で応酬みたいな戦術じゃなくて、一気に白兵戦で刀や槍を振り回す戦い方だ。


「ぼ、僕はコウ氏って呼んでます」


 空太の発言で、あっさりコウはそう呼ばれることに決められた。慣れた相手以外には通常よりも緊張した様子を見せる癖に、癖のある呼び方を今だけ変えるといった様子はなく空太はいつだって通常運転だ。


「高草君は~、ええと……名前、空太(くうた)だったっけ?」

 あまゆーが思い出しながら言った。


「あ、あ、そっそれで『そらた』と呼ぶんです、よ」と空太が返す。

「じゃっ、クータでいいじゃん。そのほうが呼びやすいしさー」

 バレッタが有無を言わさぬノリで言った。コウの十倍は押しが強い。


「ク、クータですか、響きによっては性別もわかりづらいですし、わ、悪くないですね…!」

 本人も納得しているらしい。ゲームの参加を認めると言う前に、外堀が何重にも埋まっていた。今になって参加するなとは絶対に言えないだろう。


「じゃあ、あたしもルリで」

 どことなくクールに春日部も言った。


「あ、ああ……わかったよ」

 コウもそれを了承する。

 でもそこですぐにルリとは呼べなかった。


 もうバレッタもあまゆーも、それからクータも『鍵』を入手するべく、スマホをいじっている。完全に五人での参加が決まった。

 もっとも、五人一緒に参加するなら、鍵がまだ四つもいる。

 先ほどはルリがあっさりと鍵を手にしたが、いくらなんでも四つも入手するには骨が折れるのでは――


「あっ、ラッキー! 解けた!」

 バレッタの言葉に、コウとクータは変な声を上げた。


「ほら、エンタメ問題だったのよ。韓流アイドルグループの問題。メジャーマイナーぐらいのところから出題してたけど、四択なら答えられるわ!」



 まさにラッキーだ。



 四択なら一切知らなくても二十五パーセントで正解できる。さっきまでのコウとは明らかに違う。


 結局、クータとあまゆーにまでラッキーは及ばず、問題文の意味すらわからない問題で太刀打ちできず、ルリに泣きついた。そしてきっちりルリは思考時間も必要とせずに正解を出した。


 結果、助言役に徹していたルリ以外、全員の『鍵』が手に入った。




「ねえ、ルリはやんないの~?」


 あまゆーが当然の質問する。

 コウもルリが一歩下がったポジションにいる気がした。


 少なくとも、ほかの人間に関わることはあっても、自分からほかの誰かを引っ張っていくわけじゃない。


 あれ、案外、自分と近いのか?


 いや、それは偶然そう見えているだけなのか?


 自分が気弱な人間を見て、安心しようとしているのに気づいて、コウは余計な気持ちを押しやった。

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