Episode1 04
「あたしはVRやったことないからさ。『鍵』取った続きはVRなんだろ? じゃあ、できないじゃん」
あっさりとルリは事情を話した。
言われてみればそうだ。
「ル……ルリ様抜きで何問も解いていくのは無理ですね……。『鍵』だって僕たちは自力で手にできなかったわけで……」
クータが暗澹とした声で嘆息する。
ルリ以外は参加できるとはいえ、このままじゃ記念受験にしかならないのは目に見えていた。
「だよねー。ねえ、ルリも行こうよ。機材を準備してさ」
バレッタもどうせならとルリを誘う。
「機材って言っても、持ってないんだよな。こういうのって、かなり高そうだけど、お試しチャレンジのために何万も出せないし……。バレッタもあまゆーも予備とか持ってないよな?」
「予備か~。ええと~、それは……」
「はっきり言って、ない!」
あまゆーの分まで、バレッタがまとめて否定した。
VR用の機材――HMD(Head Mounted Display)はこの数年で大幅に安くなっているし、VR対応のゲームもどんどん増えている。
ゲーム好きの奴なら予備を持っていてもおかしくない。だが、さほどゲームに関心がない女子高生がいくつも持ってるものでもなかった。
ただ――コウは何台もHMDを所有している。
その程度には、ゲームに時間を割いていた。
より快適なものを求めて最新版が出れば、さっと手を出すということも何度かあった。メンバー全員の五人分のHMDだって用意できる。
けどそれって、確実にキモいよな……。
一台、家にある。
それなら普通のことだ。
二台ある。
それも兄弟も持ってるとかいうのも自然だ。
しかし自分の持つそれらは、高校に入ってから家に帰りづらくなって、部活のない日を埋めるように入れたバイトの賜物だった。
オタクではあるが、HMDを複数台持っている理由に苦いものが含まれている。
それ故に、口をはさみ損ねてしまった。
こんなことなら、もっと早くオタク的なことを前面に出していればよかった……。
実は結構ガチなオタクだと遅れたタイミングで自己申告をするのが気恥ずかしい。
そういう意味では、クータのほうがずっと筋が通っている。
徹底的にオタクとして生きているからだ。
「VRのゲームをやる専門のお店もありますが――」
クータは右手の親指と人差し指で円を作って、お金のサインを作る。
「ただし専門店だと、主にプロ用の機材がメインになってしまうのでコレが結構かかります。今時、一家に少なくとも一台は普通ですし、ルリ様の家でも探してみれば――」
「それは! ……ないと、思う」
クータの言葉を遮るようにルリが口をはさんだ。
やや複雑そうな表情をしながら上げた声は思いのほか響いて、驚いたクータは続きの言葉を呑み込んで、思わず一歩下がってしまった。
「あっ、別に怒ったりはしてないから……気にしないでいい」
すぐにルリはフォローを入れたが、それだけでは空気は切り替わらない。
なにかまずいところにまでクータが踏み込んだのだと、その場の全員がそう感じていた。
ルリも氷解させる責任を感じたらしく、どこか無理に笑みを浮かべて、話しだした。
「あのさ……不幸自慢みたいだから、ほんとに余計な気はつかわないでほしいんだけど、あたしって親戚の家にお世話になっててさ……。いきなりこの高校に来たのも、それと絡んでるんだ」
コウはルリがいきなり編入してきたことを思い出した。
一年の頭から居たわけじゃない。突然、コウの学年に飛び込んで、その学年の注目を一身に集めることになったのだ。
「先に断っておくけど、親戚が悪い人とかってことはないからな? ただ、新しいものが嫌って節があるというか……」
親戚のことを思い浮かべているのか考えるようなしぐさを取りながら、ルリは歯切れ悪く言葉を続けていく。
「新しいものが苦手っていうか、多分VRとか嫌いなんだよ。ニュースでVR関連の話が出てくるたびにテレビを消したりチャンネルを変えたりすたりするんだ。それを見たらなんとなく、ね」
「確かにそういう環境だと、バイトをして自力で買えばいいってだけの話じゃないな……」
コウも事情は呑み込めた。
VRの話題を見ただけでそこまで毛嫌いする理由までは想像ができなかったが、肩身の狭そうな様子は伝わった。派手な髪の色の割には気をつかわないと生きていけないというのが、コウには意外なことだ。
「そうねぇ。確かに遠慮はしちゃうわね……」
「あまゆーなら、同じ状況でも遠慮しなかったと思うけどねー。ほわほわしてるようで我(が)は強いから」
「バレッタ~、それはライン超えよ~?」
あまゆーがバレッタの頭をぐりぐりやったので、空気はほぐれた。
「その親戚の人って、居ない時間帯とかないのかしら~?」
「そうよ! いくらVR嫌いだからって、ルリがそこまで遠慮しなきゃいけない程のものじゃないと思うのよね! ルリは自分の部屋はあるんでしょ? それなら、その中だけで遊んでたら問題ないと思うの!」
励ましの気持ちからか、それともよほど一緒に遊びたいのか、はたまたその両方かわからないが、バレッタとあまゆーはプレイ環境はどうなのかと二人で交互に提案を重ねていく。
「確かに目の前でやらなきゃいいだろうし、それを許してくれない程過干渉な人たちではないと思うけど、そもそもあたしはHMDを持ってないんだぞ」
それかけた話題をルリが戻し、その事実を忘れていたという様子でバレッタとあまゆーは眉を下げて顔を見合わせた。
コウはとんとんと小突かれた。
クータが肘を当てていた。
「コウ氏、一台貸してあげればいいじゃないですか」
小声でクータが言う。
クータはコウがいくつもHMDを持っていることも知っている。
「貸すぅ?」
同じようにコウも小声で返す。
クータが言っているのは至極まっとうなことだ。ここで貸さないというほうが変なのはわかっている。
じゃあ、なんで言い出せないかといえば――
検討をしてる女子三人の中に口を出す男なんて、どう考えたって悪目立ちをするからだ。
それにつまらないことで恩を売ろうとしてる奴みたいに見られる気もする。
――いや、そうじゃない。
自分は人の前に一歩出ることが怖いだけなんだ。
もしこのままゲームを続ければ、VRに詳しい自分が全員を先導することになるだろう。
その役回りが自分に合わない気がして、落ち着かないのだ。
いつも主役の立ち回りをしているルリとは違う。
でも、そんな位置に立ちたいかどうかと言われれば、立ちた…………………………………………くはない。
本当に自分は優柔不断だなと思っていたら、女子同士で話している途中のルリと目が合った。
「HMDだよな。何台かあるけど、使うか?」
変に目をそらすよりは、そのほうがよっぽどマシだと思った。
「HMDって高いだろ、何台もあるなんてすごいな! ……いいのか? 借りて」
値段の高さを正しく理解し、コウがすぐに言い出さなかったことも気にしてか、すぐに飛びつく真似をしないルリに、コウはうなずいて返事をした。
すると、ルリが表情を崩す。一歩踏み出せた、そうコウは感じた。
「サンキュー、笹倉! あ、チームでやるんだったら、コウのほうがいいな。サンキュー、コウ」
「お、おう……ルリ」
その燃えるような赤い髪にはルリという響きが案外よく似合うことに、コウは気づいた。
◇
同じ日の放課後。
コウたちは誰が言うでもなく、教室に残っていた。
「それじゃ、早速残りの鍵も獲るわよ!」
バレッタが音頭を取るのと同時にスマホを取り出す。
「あ、それならせっかくだし、今のうちに連絡先も交換しておかない?」
あまゆーの言葉に一同も連絡先を交換した。
「ふうん、なんか本名っていうのも面白くないんだよねー」
バレッタはコウの顔をじろじろ見つめてから、視線をスマホに落とした。
「じゃあ、アンタはセバス」
「なんで、そうなるんだよ!」
人生で一度も呼ばれたことのない名前でコウはびっくりした。
「雰囲気よ、雰囲気。それと……」
今度はバレッタは空太に視線を送る。
「なんとなく、チャッピーってところかな」
「え、あ、おかしいですよ。だいたい、それは犬につける名前じゃないですか。ぼ、僕にだって人権はありますからね」
これには空太もはっきりクレームをつけた。
「えー、犬だとしたら割といいじゃん。でも、ジョンとかエドワードって感じじゃないしさ。あー、セバスじゃなくてエドでもいいか」
全部、日本ぽくない名前だったので、コウも変更を求めた。名前負けしそうなのだ。
バレッタにはどうにか「コウ」と「クータ」で妥協させた。ただ、「絶対にアタシのことはバレッタで呼ぶようにしてね」と念を押された。見晴も高美も本人は納得がいってないらしい。
あまゆーはあまゆー、ルリもルリということで落ち着いた。そもそも、普段の呼び方から変えるほうが不自然なので無難な落としどころだ。
「ルリはバレッタやあまゆーみたいにあだ名にはしないんだ」
ルリと呼ぶのはまだ据わりが悪かったが、だからこそ慣れのつもりでコウは呼んでみた。声に出していけば、きっとなじむ。
「コウと同じだよ。長いあだ名ばっか提案されるし恥ずかしかったから」
ルリがちらっとバレッタを一瞥した。そうか、変なあだ名に何度もされそうになった被害者なのだ。余計に単純な名前にしたいだろう。
「ちなみにどんな名前を提案された?」
「昔の少女漫画に出てくる男装の麗人みたいな名前。鬼龍院なんとか、とか」
「ジョセフィーヌみたいなのじゃなくて、もっと仰々しいやつだった……」
予想の斜め上をいく返答が来た。
「まさにわたしはジョセフィーヌって提案されたわよ~」
あまゆーが話に入ってきた。まさか、こんな名前が当たることなんてあるのか……。
コウもルリもじーっとあまゆーを見つめていた。
そこにコウは洋風のフリルの多いドレスを上から合わせてみる。アバターを着せ替えるみたいに。
「意外とわかるような……」
「あたしもそんな感じ」
似たことをやっていたとわかり、コウとルリは声を出して笑った。
自分の中で作っていたルリへの壁が一つ減った。
そう、コウは思った。
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