第12話 罪と罰と赦し
日曜日の朝八時。僕はぴしっとアイロンのかかった制服の上下にネクタイ姿で二三のマンションを訪れた。手には黒いマントの入った紙袋。紙袋には今日の講評のポイントをまとめたノートも入っている。後はポケットにはハンカチと財布とスマホが入っているだけだ。インターフォンの423を押す。無言で自動ドアが開く。上がって来いということらしい。エレベーターに乗り込み髪型をチェック。指先でちょいちょいと形を整えて箱を降りる。二三の姿は無し。ドアノブを引くとドアが開いた。
「お早う」
部屋の奥から「上がって」と声がする。「こっち」と呼ばれた方へ行くと洗面台の鏡の前で制服姿の二三が悩ましい顔で鏡を覗き込んでいる。手には数本の眼帯。
「んん― どれがいいと思う?眼帯―」
二三は困り顔で僕を見る。手には黒、肌色、白、赤、白ピンクのストライプ、赤に白水玉の眼帯が握られている。今日の眼帯を決められないでいるらしい。
「うーん、学校行事ではないけど一応委員活動だし。黒、白、肌色の三択かな」
「うんうん、どれ?」
上目遣いの目が盛んに瞬きしている。かなり緊張しているらしい。
「うーん、黒で行こう。迷ったときは基本に戻るのが一番」
「うんうん― そ、そうだね」
黒の眼帯を嵌めようとする二三。
「黒は中学校に着いてから付ければいいよ。電車の中は肌色で行こう」
「うんうん、そだね」
二三は顔が鏡にくっつそうな勢いで自分の顔を凝視しながら眼帯を付けようとする。
「あた、あたっ、あたしっ― あたしって―」
二三が小さく震えながらロボットのようなぎこちなさで眼帯を取り落とす。僕は慌てて二三の眼をそっと手で塞ぐ。
「二三、深呼吸、ゆっくり息を吸って、吐いて」
僕の手で目隠しされたまま、二三がすぅはぁすぅはぁと深呼吸する。手を引いて鏡の前から離れる。二三は僕の手を握ったまま眼を瞑ってしばらく呼吸を整えていたが、やがてそっと眼を開く。
「ありがと。もう平気。だ、大丈夫」
二三は肌色の眼帯を右目に嵌めてホッと息を漏らす。
「もう行こう。待ってると余計緊張しちゃう」
「うん。花村先生も他の生徒が来ないうちに学校に着いてた方がいいよって言ってたし」
二三はリビングから大きな濃紺のトートバッグを持ってきて肩にかけた。
「随分大荷物だね」
「うん。お、お茶セット、入ってるから」
トートバッグから銀色の魔法瓶の頭が二つ覗いている。
「あったかいカフェオレを飲んでると、ちょっと落ち着けるから」
二三なりの緊張緩和策らしい。僕たちは部屋を出て駅に向かう。駅に着くと一分と待たずに電車がやってくる。日曜とはいえまだ早いせいか電車はチラホラ席が空いている。電車の苦手な二三は座ろうとせずドア脇の手すりに背を預ける。二三の緊張を解そうと話しかける。
「朝ごはん、ちゃんと食べた?」
「うん」
「何を食べたの?」
「ミルクとクッキー」
「随分上品な朝ごはんだね」
「何か食欲なくて。トーマは?」
「食パンホットドック」
「どんなの、それ?」
「ポールウインナーをフライパンで炒めて二つ折りにしたトーストに挟むんだ。カレー粉で炒めたキャベツと一緒にね。ケチャップとマスタードかけて食べる」
「何か美味しそう。今度作って」
「実はいつも母さんに作ってもらってて。簡単だからできると思うけど」
電車が駅に着く。降りたのは僕たち含めて数人。乗り込んでいく人の方がずっと多い。僕と二三は改札を出て学校に向かっていつもの道をゆっくり歩く。西宝東中は東高のすぐ隣にある。
中学校の正門が見えてくる。黒いスーツ姿の花村先生の姿が見えた。向うも僕たちを認識したらしく両手を突き出すようにして手を振ってくる。花村先生、少し子供っぽい。
「お疲れぇ、早くからご苦労様。こっちこっち」
手招きされるままについていくと校舎一階の校長室に通される。
「校長室使わせてもらえることになってるの。時間までここで待機ね。部活はやってるけど職員室には私の友達の先生が一人いるだけだからリラックスして。あ、そだ、椿の教室、ちょっと見とく?」
「僕は初めてだから見ときたいけど、二三どうする」
「ん― 見る」
一組桜から、二組梅、三組菫は一階、四組藤と五組椿は二階だ。僕と花村先生は二三について二階へ上がる。階段を上がって廊下を右に折れると二年の教室。左側が一年四組と五組。曲がってすぐの教室が藤。椿はその隣だ。廊下の一番奥の教室は空き教室になっているらしい。
二三は引戸のガラス窓からそっと中を覗く。そろそろと戸を開ける。僕らがついて来ているかチラと振り返って確かめる。背を僕に預けるようにしながらおずおずと教室に踏み入る。
「椿― 懐かしい。ふふ、可笑しいね」
「何が?」
「だってあたし、この教室ほとんど来たことないのに。なのにすごく懐かしい」
「校長が骨を折ってくれたの。こっちの校長と交渉して、特別に今日この教室を使わせてもらえることになったのよ」
二三は脱力したように教室の様子を眺めている。一瞬二三が取り乱すかもと思ったが大丈夫なようだ。
「二三の席、どこだったの?」
二三は黙って窓際の一番前の席を指さす。
「名簿が五十音順だったし、それにあたしの眼の事は小学校の頃から知る人ぞ知るって感じだったから。中学に引継ぎがあったのかも」
自席で身を硬くして耐えている小さな二三の姿が頭に浮かぶ。僕は花村先生に見られないようにそっと二三の肩を叩く。
「大丈夫。ありがと」
二三が小声で答える。花村先生が眼鏡をちょいとずり上げながら軽く咳払いする。
「生徒たちには当時の自分の席に座ってもらうのよね?で、私と西宝署の二人は教室の後ろ。あなたたち二人が教壇に立つ。最初に先生が一言話そうか?今日の会の趣旨とか、注意点とか」
僕と二三は顔を見合わせる。
「いえ、あたしたちがやりますから」
花村先生は笑顔で頷く。
「そう。手助けが必要なら合図してね。いつでも三代目を頼って頂戴」
僕たちは教室を出て校長室に戻った。
「じゃ、あたしは門のところでみんなを待つから。揃ったらスマホに連絡入れるからゆっくりしてて。あ、磯山さんと牧岡さんが早めに来たら校長室で一緒に待ってもらうけどいい?」
「はい」
「じゃ、よろしく」
花村先生はパタパタとスリッパを鳴らして廊下を駆けていく。
「こんなに足音響くんだ。廊下を走るなって言いたくなる気持ちも分かるな」
二三は「ふぅ」と息を吐いて応接ソファに腰を下ろす。
「もうちょっと。もうちょっとだ」
自分に言い聞かせるように呟く。
「うん。もうちょっとだね。少しだけ、最後の打合せをする?」
「うん。その前にお茶飲んでいい?」
二三はトートバッグから細身の魔法瓶を二本と紙コップを二つ取り出す。カップの一つに小さな魔法瓶の中身を注ぐ。温かいミルクだ。次いでもう一つの大きめの魔法瓶からコーヒーを注ぐ。僕の前にブラックコーヒーのコップを置く。スティックタイプの砂糖も添えてくれる。
「ミルク、入れる?」
「うん。ちょっと大目に入れて」
二三は僕のコップにもミルクを注いでくれる。砂糖を半分だけ入れてマドラーで掻き混ぜる。一口飲む。
「美味っ」
いつにも増してミルクコーヒーが美味しく感じる。コーヒーがこんなに美味しいって、やっぱり緊張してるのかも。時計を見る。八時四十分。報告会開始まであと一時間二十分。
「食べ物しりとりでもする?」
僕たちは誰もいない静かな学校の校長室でコーヒーを飲みながらクスクスと笑いあった。
食べ物しりとりは二三の繰り出す「る」攻撃であっけなく僕の三連敗に終わった。二三も大分緊張が解れたようだ。
開始まで三十分を切った頃、最初の足音が聞こえた。小さな話し声も聞こえてくる。
「早く終わらせてくれないかな」
「四十崎もちょっとこだわり過ぎだよね」
二三の顔から落ち着きと笑顔がすうっとひいていく。
「イヤフォン、持ってきてる?」
「うん」
「音楽でも聞いてて。時間が来たら知らせるから」
二三はちょっと無理して笑ってイヤフォンを両耳に詰め込む。目を閉じて音楽に集中する。そこからは間を置かずに足音と話し声が廊下の向うから聞こえだした。独りの足音はほとんどない。中には華やいだ嬌声を上げるもの、高校生と思えない野太い声を響かせるものもいる。音楽で雑音を消していても気配が伝わるのか、その度に二三はビクッと身体を強張らせた。僕は空っぽになった二三の紙コップにミルクを注ぎ足し、コーヒーを加えてオーレを作ってあげる。
「ありがと」
二三は紙コップを両手で持って唇にあてがい、口元を隠したままチビチビとオーレを飲み始める。二三の警戒のポーズだ。もうここまできたら腹を決めるしかない。僕はノートを開いてもう一度今日の報告会のポイントをおさらいする。
十時七分前。スマホが鳴る。花村先生からのメッセージだ。
『もうみんな揃ったよ。元椿の生徒二三名。警察関係者二名、顧問一名。計二五名、一年五組椿組教室にて待機中。いつでもいいよ』
「二三」
僕の唇を読んだのか、二三はスッと背を伸ばしてイヤフォンを外した。
「もう時間?」
「うん。行こっか。終わったら久しぶりにCaveに行かない?リラックスしてタマゴサンド食べたい」
「うん。じゃぁ」
二三はトートバッグから黒い羅紗の法衣のようなマントを取り出すと僕をジッと見据えて笑った。
「戦闘準備だよ、トーマ」
「了解、二三」
僕もマントを頭から被る。校長室を出る。どこからか荘厳なパイプオルガンの音が聞こえるような気がした。
ガラリ―
僕が教室の引き戸を開けた時、ほどよくざわついていた教室内の空気がピンと張り詰めるのが分かった。この冷えた空気感。嫌でも身が引き締まる。僕は一礼して教室の中に入る。二三が後から続いた。全員の視線が僕と二三に集まる。熱い視線。冷たい視線。棘の立った視線。色んな感情の籠った視線が突き刺さってくる。二三が横で身体を硬くするのが分かった。二三はこの手の負の感情に晒されるのに滅法弱い。僕はみんなに向かって一礼するとスッと息を吸った。
「お早うございます」
僕と二三が教壇から一礼する。花村先生と牧岡さんだけが明るく「お早うございます」と返してくれる。磯山さんは口の先で「ウス」と言っただけ。席に着いた元西宝東中一年椿組の生徒たちは冷めた顔で僕を見つめたまま。黒い眼帯に隠されているものの、かなり尾ひれのついた二三の邪眼にまつわる噂話をたっぷり聞いてきた生徒たちは、極力二三の方を直視したくないのかもしれない。
「日曜日にわざわざ集まっていただいて申し訳ありません。今日は―」
みんな無表情。透明な仮面で自分の感情を隠しながら僕の方に顔を向けている。
「今日の報告会は、中学一年生の頃からみんなの心に刺さったままになっているあの事件、小山内詩穂さんの事件についてです」
教室はシン―と静まり返り、閉めた窓越しに聞こえてくる部活の声がぼんやりと響く。眼は口ほどに物を言うというが、その意味が良く分かる。生徒たちは固く口を閉ざしているが、その眼には隠しきれない感情が漏れ出てる。
『馬鹿馬鹿しい茶番』
『早く終わって』
『何時までこだわってんだ』
『もしかしてこの中に殺人犯がいるの?』
『友達殺されて怒ってるのか』
『あたしたちに呪いをかける気?』
言葉にしなくてもこの手のネガティブな感情は相手の心の奥にまで届いてくる。二三は俯いて表情を硬くしている。今にもマントのフードをすっぽりと被って顔を隠してしまいそうな様子だ。教室の後ろで花村先生が「がんばって」と口だけ動かし、小さく拳を握って見せる。
「僕たち探偵係は犯人捜しをするつもりはありません。そもそも小山内さんが亡くなったのは警察の捜査でも自殺であったことがはっきりしています。悲しい事件ではありますが、特定の、直接的な犯人なんかいないんです」
僕はふんわりした大きめのマントの下で二三の手を握る。二三は一瞬ビクッと肩を揺らしたがそのまま僕の手を握り返してくる。
「今日の会の目的は特定の誰かを責めたりすることではありません。みんなの心に刺さった棘を抜くことです。我々探偵係は皆さんの心のどこに棘が刺さっているのか、それを探すお手伝いをします」
生徒たちの何人かにある種の表情が走った。怖れ。忌避。この反応は十分に予想されたものだった。
「念のために言っておきますが、探偵係は皆さんに呪いをかけたりしません。皆さんは知っているでしょう?四十崎さんの眼のことを。彼女の眼は人を呪ったり、人に害を与えたりしません」
僕はみんなを安心させるようにゆっくりみんなの顔を見回した。
「彼女の眼はみなさんの心に直接届いてくるんです。普段自分でも触れないような深いところまでね。自分で自分の心の中にあったもの、押し隠していたものに自分で驚いてしまうんです。それが皆さんが呪いと呼んでいるものの正体です。思いもよらなかった自分自身の姿、自分自身の感情に気付き軽いパニックに陥ってしまうんです」
花村先生はうんうんと頷きながら眼鏡をチョイとずらしてハンカチで目元を軽く押さえる。なんだか早くも感動しているらしい。横で牧岡さんが食い入るような眼でこちらを見つめている。刑事の眼というより、もっと激しい、感情的な目付きだ。磯山さんの方はちょっと興味が出てきたといった感じだ。
「僕たち探偵係は小山内さんの事件について色々と調べてみました。初めのうちは誰が小山内さんを死に追いやったのか、誰が原因を作ったのかということばかりに気が行っていましたが、調べるうちに段々と分かってきました」
二三の手から鼓動が伝わってくる。あるいはこれは僕の鼓動?すごくドキドキしているのに頭は冷静に澄んでいる。
「誰か一人が、特定の人だけに責任があるんじゃないって」
僕は二三の方をチラリと見る。
「四十崎さんもこれまで悩んできました。ひょっとしたら自分の存在や行動、態度のせいで小山内さんを追い込んでしまったのではないか。自分にも彼女の死の責任の一端があるのではないかと」
僕は言葉を切って、順々に生徒たちの顔を見る。見つめ返してくる者、眼を逸らす者、焦点をずらしてぼんやり虚空を見つめる者。
「皆さんも同じではないでしょうか。小山内さんの話題が出るたびに心の中で舌打ちをして早く終わればいいのにと考えたり、眼も耳も心も閉ざして聞こえないことにしたり。心の底にある小さな傷や、押し隠した感情に触れないように、眼を逸らし続けてきたのではないでしょうか」
僕は教室の後ろの牧岡さんと磯山さんに向かって軽く一礼する。僕たちが教室に入る前に花村先生から二人の紹介は済んでいるはずだ。
「もう皆さんお気づきでしょうが、今日の会には西宝署の刑事さんにも参加していただいています。もちろん犯人捜しのためではありません。むしろこの会が犯人捜しの場になってしまわないようにオブザーバーとして参加していただいています」
何人かの生徒が振り向くと、他の生徒もそれに倣った。牧岡さんは強い目付きのまま軽く黙礼する。磯山さんは軽く手を挙げただけ。
「念のためにこの会の趣旨とルールを再確認しておきたいと思います。この会は皆さん自身が、自分の裡にあるものを見つめ、認めることで過去に区切りをつけ、前に進んでいくためのものです。今日、この教室で話したこと、聞いたことは皆さんの胸の裡だけに留めておいてください。全ての感情はこの教室に置いていきたいと思います。会が終わったら、この教室で見たことや聞いたことを友人たちに話したり、SNSに上げたりするのもやめてください。皆の心の中にだけ留めておいてください」
僕はそう話してから、教室の後ろの花村先生に「お願いします」と声を掛けた。全員の視線が花村先生に集中する中、さすがは教師、花村先生は顔色一つ変えずに布で覆われた荷物を教室の前の方へ運ぶ。下にキャスターがついた荷物を机と机の間を転がして教室の一番前へ。窓際の一番前の席。二三が座っていた机の前まで運ぶと布を取り去る。大きな姿見が現れた。先生は鏡の角度を調節して「これでいい?」と尋ねる。二三が俯いたままコクリと頷いた。僕は花村先生が後ろに戻るのを待ってから口を開く。
「先程も言いましたが四十崎さんの眼には皆さんの心の奥に直接訴えかけてくる力があります。そして不思議なことにこの力は彼女自身にも作用します」
僕は姿見を指さしながら呼びかける。
「これは茶番ではありません。彼女自身中学一年生のあの事件以来、ずっと悩んできたのです」
生徒たちは身じろぎもせずじっと聞いている。牧岡さんはもちろん、磯山さんも真剣な目でこちらを見つめている。
「この教室で聞いた話はこの教室に置いていくという約束を忘れないでください。少しだけ四十崎さんの個人的な話をします。四十崎さんは生まれつき彼女に備わったちょっと変わった眼のおかげで昔から、物心ついたころから嫌な思いや辛い思いを繰り返してきました。彼女の銀色の右目に見つめられるとドキドキしたり、頭がボウッとなったりする人がいるからです。中には彼女に見つめられた後、怪我をしたりする人がいます。でもこれは呪いなんかじゃありません。彼女の眼は自分でも忘れてしまったり、忘れたふりをして見ないようにしている罪や後悔の念、心の奥底に押し込んでいる後ろめたい思いを心の表面に、見えるところに出してしまうのです。そのため見られた人は、罪を犯したショックや自戒の念、良心の呵責に耐えられずに体調を崩してしまったり、わざと怪我をして無意識のうちに自分を罰しようとしてしまうんです。自分で自分の頬を叩いているようなものです。決して呪いなんかではありません」
静寂に包まれた教室。遠くから響いてくる野球部の下級生の声出し。パスを要求するサッカー部員の声。
「四十崎さんの許可を得て彼女の悩みを話したいと思います。彼女は小山内さんが亡くなってからずっと悩んできました。まず西宝東中学校一年五組、椿組の中で唯一自分に優しくしてくれた小山内さんを助けてあげられなかったこと。小山内さんが苦しんでいるときに彼女の側にいて悩みを聞いてあげられなかったこと。彼女を手助けできなかったという後悔。そしてもう一つ」
二三の手を握る左手に思わず力がこもる。
「自分の眼がきっかけになったのではないかという疑念。小山内さんが心に大きな罪を抱えており、自分の眼がその罪の大きさを彼女に突き付けたのではないか。罪びとである自分を罰するために彼女は死を選んでしまったのではないかという疑念です」
僕は姿見を示してから二三をほうを見る。二三は眼を閉じ、俯いたまま聞いている。
「四十崎さんの視線は四十崎さん本人の心にも問いかけます。お前の罪を直視せよ、眼を背けずに自分のやったことをちゃんと見つめろと」
僕は言葉がみんなの頭に沁み込んでいくまで待った。
「これは過去の事件への決別と皆さんの新しいスタートのための集まりです。もう一度言います。全部、この教室に置いていきましょう」
二三はその言葉を待っていたかのように眼を閉じたままそっと眼帯を外した。僕は二三の背後に回ってそっと二三を羽交い絞めにするように抱きすくめると、彼女の右目をそっと手で覆う。二三の耳元でそっと囁く。
「準備できたよ」
「うん」
二三の右眼を覆った手がじんわりと温かくなってくる。体温のせいだけではない。何かが二三の右目から溢れ出してきている。あれ?僕はこういうの感じないはずなのでは?
「あたしが合図したら手を離して」
「分かった」
二三が僕にだけ聞こえるボリュームで囁く。
ありがとう トーマ―
二三は一つ深呼吸すると、クラスに集まった生徒にではなく、自分自身に言い聞かせるように言った。
「己の罪を知るがいい」
二三の右手が彼女を抱きすくめた僕の手をポンと叩いた。僕は右手を離す。何かが教室内に溢れ出した。二三の身体がビクンと跳ねる。同時に教室にいた全員もピョンと跳ねるように反応した。数秒間、時が停まったようだった。僕は彼女を抱きすくめた左の手に温かいものを感じた。涙。二三が泣いていた。泣きながら二三が震えるように口を開く。
「トーマ… あたし…」
二三が何と言ったのか聞き取れなかった。二三は糸が切れたように僕の腕の中に崩れ落ちた。
ごめんなさい―
声の方を見ると、生徒の一人が涙をこぼしながら立ち上がっていた。それを合図のように、次々に告白が始まった。泣く者。笑う者。怒る者。淡々と語る者。みんなそれぞれのやり方で自分の裡にある罪や後悔を吐き出し始めた。
見ると花村先生や牧岡さん、磯山さんまでもがそれぞれ真剣な顔付で何かしゃべっていた。花村先生は化粧が総崩れになるほどおいおい泣きながら、両手を大きく振り回して目の前の誰かに向かって熱弁を振るっている。牧岡さんは怒っていた。自分の中の怒りを持て余し、悪酔いした心の中身をぶちまけようとするかのように、自分の拳に噛みつくようにしながら唸るように何か叫んでいる。磯山さんは直立不動で敬礼しながらしきりに誰かに謝っていた。
みんなそれぞれ、心の中にこっそり住まわせていた何かを顕わにしながら赦しを求めてしゃべり続けていた。僕は意外と重たい二三を抱きかかえてえっちらおっちら運ぶと、空いている席に座らせる。
「あっ… どうして… じゃなかったの…」
なにやら寝言を言う二三を机に俯せに寝かせ、一段高くなった教壇に腰かける。教室内は演劇部が一斉にリハーサルを始めたかのような混乱状態だ。誰かの告白に耳を澄ませていられるような状態ではなかった。僕は誰かがこの騒ぎを聞きつけてやってこないうちに早く嵐が収まらないかと考えながら二三の寝顔を眺めていた。
教室内の告白の嵐が収まり、空に晴れ間の覗く春雨くらいになったのは、みんなの告白が始まって十五分くらい経ってからだった。なんだかんだと心の中にわだかまっていた何かを素早く吐き出し、一早く素に戻った花村先生が生徒に声を掛けて回っている。花村先生の友達の先生は看護教諭らしく、まだボウッとしている生徒たちの様子を見ながら、机の上にナプキンを敷いて砂糖をまぶした揚げドーナツと温かいココアのコップを配ってる。僕もドーナツとココアを貰う。口上を述べただけで特別何かしたわけではないが一仕事終えた開放感のせいか甘いものがひどく美味しい。
二三はまだ机に突っ伏して眠っている。廊下からなにやら場にそぐわない明るい声が聞こえてくる。しばらくして開襟シャツにジーンズ姿の女性が教室を覗きにくる。
「佳恋、どう?出発できそう?」
「あ、チャコ、ちょっと待って」
花村先生がキョロキョロと生徒たちを見回し、
「星ヶ丘さん、大分落ち着いたね。大丈夫?帰れそう?」
「はい」
「あたしの友達が車で送るから。星ヶ丘さんと加美路さん、月形さん、海野さん、四人で帰ってくれる?星ヶ丘さん、申し訳ないけどあなたみんなが家に着くのを見届けて最後に降りて」
「はい」
星ヶ丘さん他三名はチャコさんと一緒に帰っていく。花村先生が「じゃぁチャコ、よろしく」と声を掛ける。花村先生の友人は他にもいて男性もいた。みんな生徒を家まで送り届けるドライバー役を引き受けてくれているらしい。クラスから生徒たちがはけていく。
やがて教室に残っているのは僕と眠っている二三、花村先生に牧岡さん磯山さんだけになった。
「さて、俺たちも帰るか。おーい探偵係、お前らどうする?送ってってやろうか?」
「あれ?磯山さん車で来たんですか?」
「あぁ― ちょっと遅れそうになったもんで」
花村先生が思案顔で腕組みする。
「うーん、どうかなぁ。四十崎さんの眼の力で心の箍が緩んでる状態だしなぁ。それに磯山刑事って悪いこと一杯やってそうだし」
「なんだぁ?どういうことだ?」
牧岡さんが澄まし顔で説明する。
「トーマ君の話し、聞いてなかったんですか?彼女の眼には自白―というより懺悔に近いですかね、罪を吐き出させてしまう効果があるんです。そして罪を告白した後、自責の念から自分で自分を罰してしまう者も多い。二三ちゃん、自分のその眼力のせいで友人が自殺してしまったのかもって悩んでたんじゃないですか」
「そりゃ、聞いてたけどよ」
「この後、運転中に谷底に突っ込みたくなるかもですよ?なんせあんな悪いことしてたんだし」
「…お前、聞いてたのかよ」
磯山さんがかなり困った表情になる。
「ま、今日の話はこの教室に置いてく約束ですしね。あ、私のこと、音楽隊に推薦してくれますよね」
「いや… 楽隊には知り合いもいねぇし… まぁ、色々あたってはみるけどよ…」
「お願いします」
牧岡さんなかなか抜け目ない。そうこうするうちに二三が眼を覚ました。
「う― 喉乾いた―」
疲れて機嫌が悪そうだ。花村先生が「冷めちゃったけど」とココアのコップを差し出す。二三は礼も言わずにコップを受け取り二口三口とココアを飲む。僕の顔をジロリと見て立ち上がる。
「帰ろ、トーマ」
寝起きのようにムスッとした表情の二三。
「ちょっと待って。先生タクシー呼ぶから。牧岡さんもご一緒にどうぞ」
「え、俺一人なの?大丈夫なんだろうなぁ?」
「安全運転でお帰りください、磯山警部補」
「明日、無事に出勤してくださいね」
花村先生と牧岡さんが磯山さんに向かって丁寧に一礼する。磯山さんはちょっと情けない顔で「あぁ」と頷いた。
タクシーの中で二三はグズグズ言って僕に絡んだ。首の後ろをマッサージしろとか、こめかみのところをグリグリしろとか、扇いで風を送れとか。牧岡さんはちょっと嬉しそうに「仲いいんだね」と僕を意味ありげに見る。
タクシーが二三のマンションに着く。
「僕もここで降ります」
「うん、じゃ今日はお疲れ様。ゆっくり休んで。明日は無理して登校しなくていいわよ」
「お疲れ様。今度また楽器の練習誘ってね」
花村先生と牧岡さんを乗せたタクシーを見送ってから二三に声をかける。
「お疲れ。あれで良かったのか僕には分からないけど。また今度ゆっくり今日の反省会をしよう」
握手のために差し出した僕の手を二三は黙って取り、唇を少し尖らせ、上目遣いに僕を見る。あ、涙目だ―と思ったら、二三の頬をツッと涙が流れる。二三は黙って鼻をすすりながらモジモジと床を見つめる。
「あ、少し、一緒に居ようか?じゃ、邪魔じゃなければ」
二三がコクリと頷く。僕たちは二三の部屋に上がる。二三はまだグズッたまま上目遣いに僕を見た。
「少し横になったら?零一さん呼ぶ?」
二三は首を振って、
「いい。ちょっと休めば大丈夫」
「うん。僕の事は構わずに休んでて」
二三はまだ僕の手を取ったまま。
「か、帰らないでね。寝てる間に」
「うん、分かった」
二三はようやく安心したように寝室に消えた。二三が起きてきたのは午後四時前だった。二三がお腹が空いたというので冷蔵庫に入っていたあらびきウインナーとキャベツ、食パンで食パンホットドッグを作った。
「美味しい」
「まぁね。焼いたウインナーにケチャップとマスタードかければ不味くするほうが難しいけど」
六時過ぎに二三に「そろそろ帰るよ」と告げると、二三は「バイバイ」の苦手な幼児のように少しグズる気配を見せたが、
「今日はありがと。本当に」
と僕に向かって頭を下げる。
「こちらこそありがと。なんかすごい経験させてもらったよ」
僕たちは握手して部屋を出る。二三はエレベーターの前までついてくる。手を振る僕たちをエレベーターの扉が遮った。長い日曜日が終わった。
翌日、二三は午前中は学校を休み、午後から登校してきた。顔色はいつも通りに戻っているように見える。僕は弁当箱を片付けながら二三に「おはよう」を言う。二三も小声で「おはよう」と返すとスマホを取り出す。
『昨日はありがと』
『こちらこそ。でさ、昨日のあれ、正直言うとよく分かんないんだけど。結局どうなったの?』
『一番知りたかったことは分かった。後はそのうち分かる』
『そっか』
『何が分かったか聞かないの?』
『うーん、聞くのは悪いかなって』
『トーマには聞く権利がある。今日Caveに来れる?』
『行くよ』
『じゃぁCaveで』
『でさ、話変わるけど』
『なに?』
『お弁当持ってきなよ。一緒に食べられる時は』
しばしの沈黙。
『考えとく』
午後の授業が終わり僕と二三は待ちかねたように学校を出る。校門を出ない内にスマホが鳴る。花村先生だ。
『ちょっと、昨日の件、詳しく説明してよ』
『妙にすっきりしちゃったけど、思い出そうとしても今一つはっきり思い出せないのよ』
二三が指先を走らせる。
『先生、昨日は無事に帰れた?怪我とかはしなかった?』
『家に帰ってからさ、爪切ってる時にクシャミしちゃって。ざっくり深爪しちゃった。今日はもうチョークを持つ手が痛いのなんのって。これ、あたしへの罰なわけ?罪を犯した自覚はないんだけど』
『多分違う。先生が粗忽なだけだと思う』
『ちょっと!探偵係顧問に対して失礼な』
『後日きちんと報告します』
二三はスマホをカバンにしまった。
「先生のケガ、何かの罪の報いなの?」
「分からない。本当に偶然かもしれないし。まぁ深爪程度の罪なら誰でも知らず知らずのうちに犯してるものだけど」
駅に着く。二三に「そろそろ自転車通学はどう?」と尋ねると、二三は恥ずかしそうに「自転車持ってなくて」と言うので、今度自転車屋に行くことになる。
改札を抜けると意外な人物が僕たちを待ち構えていた。星ヶ丘小百合さんだ。僕らを見て感じのいい挨拶のマニュアル本に載っていそうな笑顔を見せる。
「昨日はお世話様。少し話したいの。いい?」
僕たちはホームの待合室に入ってベンチに座った。星ヶ丘さんはしばらく黙って自分の爪をハンカチで擦っていたが、やがて世間話でもするような口調で話し始めた。
「八木さんね、昨日家で敷居に躓いて転んだんだって。運悪く転んだところに弟君の膝小僧があってね。左目がパンダみたいに腫れあがってるらしいよ。失明することはないけど視力がガクンと落ちちゃうかもって。よかったわね四十崎さん、しばらくの間眼帯仲間ができたみたいよ」
僕たちはどう返事をしていいか分からず黙って聞いていた。
「それから加美路さん、今朝登校するとき人波に押されて駅の階段から落ちちゃったの。前歯を上下二本ずつ、根元から綺麗に無くしちゃった」
二人は罰を受けたということか。星ヶ丘さんは僕たちの反応を確かめるように言葉を切った。そしておもむろにブラウスの左袖をめくり上げる。
「それから、わたし」
左の二の腕に包帯が巻かれている。
「きのうママのジャムづくりを手伝ってたの。イチゴジャムよ。なぜだか分からないんだけど、ジャムの鍋が突然ひっくり返って私の腕にグツグツ煮えたぎったイチゴがかかったの。かなりひどい火傷でね。跡が残るかも知れないって。ツイてないわ、もうすぐ夏なのに」
星ヶ丘さんは袖を戻してボタンを留める。
「小山内さんね、小学生の時はいじめっ子だったって。加美路さんが従妹から聞いたって。嘘か本当かは知らないけど、その従妹が言うにはお節介で上から目線で、成績や容姿を物干し竿みたいな鼻にひっかけて歩いてて、自分の価値観を強引に押し付けるのが親切だと信じて疑わない嫌な奴だったって。本人にはイジメてる自覚はなかったんだろうね。あたしたち小山内さんに言ってやったの。イジめっ子がいい恰好しないでって。自分は平気な顔で人の心を切り刻んでおいて他人の事は非難するのかって。みんなにあんたが本当はどんな人かバラしてやるって。それからしばらくして彼女飛んじゃったの」
星ヶ丘さんが横に座った二三を横目に見る。
「そういうことだから。よかったわね四十崎さん。あなたの邪眼とかのせいじゃないわよ、彼女が飛んだの」
星ヶ丘さんは立ち上がりながら二三と僕を交互に視線を投げる。それほどきつくもなく優しくもない目付きだ。
「あの教室に置いてくるって約束だったけど、それだけ教えといてあげようと思って。それじゃ」
行きかける星ヶ丘さんを二三が引き留めた。茶色いスリップオンの靴を脱ぐ。左足の靴下を脱ぐ。親指に包帯が巻かれていた。
「昨日の夜、ひどく疲れてたのになぜだが出しっ放しになってたガスファンヒーターを片付けなきゃって思ったの。戸棚に運んでる途中で手が滑って親指の上に落としちゃった。爪が紫になってて、もうすぐ取れちゃうと思う。まだ病院に行ってないけど、爪だけじゃなく多分骨にひびくらいは入ってる」
二三はそっと靴下を履いてそろそろと靴に足を差し入れた。
「あたしも罰を受けた。あたしも詩穂を追い込んだ一人」
星ヶ丘さんは鼻先で「ふーん、怪我して喜んでるみたいね」と言って、二三と僕を交互に見やると僕に向かって尋ねた。
「ねぇ、清村君と四十崎さんは付き合ってるの?探偵係になる前から?」
「あの日に初めて会ったんだよ」
星ヶ丘さんはまた「ふぅん」と言ったが、今度の「ふぅん」は何だが楽しそうな「ふぅん」だった。チャイムが鳴って電車がホームに滑り込んでくる。
「四十崎さんは罰を受けたっていうより単にボンヤリしすぎなだけなんじゃない?じゃ、あたしママが迎えに来るから。このあとバイオリンのレッスンなの」
星ヶ丘さんは妙にさっぱりした顔で待合室を出ると改札を出て行った。僕は立ち上がって二三の荷物を持ってやる。
「僕らも行こう」
「うん」
「ねぇ」
「なに?」
「取れそうな爪、後で見せて」
「やだ」
僕たちは電車に乗り込んだ。運良く端の席が空いていたので端に二三を座らせて隣に座る。電車がゆっくりと動き出した。
結局、二三の親指にはひびが入っており、三週間ほどギプスをして過ごすことになった。幸い自転車を漕ぐのには問題がなく、天気の良い日は僕も二三も自転車通学を始めた。もっとも僕は部活が始まったので登下校はバラバラになってしまったのだが。康彦からはサッカー部に入ろう入ろうと盛んに誘われたが、サッカー部には桜の主要メンバーを始め、百合(人文選抜)や菖蒲(理数選抜)のメンバーがこぞって入るらしいので、なんだか窮屈そうなのでやめておいた。代わりに僕は陸上部に入った。走るだけなら簡単だし、用具もスパイクくらい。雨が降ると練習が休みになるという適度な緩さも気に入ったポイントだ。そしてなにより基本個人競技だからチームに気兼ねしないですむ。委員活動が入った時はすぐに探偵係に戻れるわけだ。
探偵係講評以降、あの日曜日のことを人前で口にする生徒はいないようだった。誰がどんな怪我をしたのか噂も出回らない。眼底骨折の八木さん、歯を数本失った加美路さん、火傷を負った星ヶ丘さん、足の親指にひびが入った二三。誰が重いとも軽いとも言えない。みんなそれぞれ小山内さんの死について責任があるということだろう。苛めた者、苛めさせた者、ただ傍観していた者、その場から逃げてしまった者。誰しもが無関係ではいられない。恐らく他にも罰を受けた生徒はいるだろうが、二三も僕もそれを探ろうとは思わなかった。まだ痛みが消えたわけではないが、みんなの心に刺さっていた棘がようやく抜けたのだ。あとは一生かけて心の痛みを癒していくだけだ。
生徒たちの二三を見る目はあまり変わらない。相変わらず遠巻きにしながら避けている。ただ星ヶ丘さんだけは態度を少し変えたようで、何かと二三に絡むようになった。害意を感じる絡み方でなく、二三と周りの距離を縮めてやろうという意図が感じられるので、二三もあまり嫌がっていないようだ。
土曜と日曜の部活終わりは二三の家かCaveで過ごすようになった。一緒に夕食を食べて、学校や塾の宿題をし(勉強に関して二三はとてもよい教師だ)、その後「アルプスの少女ハイジ」を観る。さすがに毎週末他所の家で夕食を食べる息子を不審に思ったのか、母さんが事情を尋ねてきたので正直に話した。おゆきも上手くフォローに入ってくれたので面倒なことにならずに済んだ。後で二三のおばあちゃんから母さんが手土産を持って挨拶に来てくれたと聞かされた。おばあちゃんが二三の事情を、異能のことを除いて母さんに説明したらしい。母さんはこれ以来土日に出かける理由をあれこれ聞かなくなったが、今度は事あるごとに二三を家に呼びなさいと言うようになった。二三がどんな子なのか気になって仕方がないらしい。この事を二三に伝えると明らかにうろたえた様子で、
「ダメ、ダメ、トーマの家族にまじまじと観察されて、トーマのお母さんから、二三さんもキチンと学校行かなきゃとか、その眼はどうかされたの?とか言われて― うわぁ― それはダメ!絶対無理!」
と頭を抱えた。嫁入りの挨拶じゃあるまいし。でも、そのままにしておくと悩み続けて寝込んでしまいそうだったので、母さんは上手く誤魔化しとくよと言って安心させておく。
「絶対だよ⁉絶対言っておいてよ⁉四十崎さんは病的な人見知りで、知らない人に囲まれると発作を起こすって。ショック症状で倒れてしまうからって念押ししといて!」
分かったよと言いながらふと思いついて、
「ネットやスマホのビデオ通話で話してみるのはどう?」
と聞いてみる。二三は「うーん」と少しばかり僕を睨んで考えていたが、
「練習してみる」
「練習って、やったことあるでしょ?零一さんや四五ちゃんと」
「そりゃあるわよ、馬鹿にしないでよ。愛想よく見える笑顔の練習に決まってるでしょ。今のままだったら、何あの子不愛想な子ね―とか言われるに決まってるんだから」
二三が母さんと対面できるにはまだしばらくかかりそうだ。
零一さんは相変わらず恰好良くてモテているようだ。四五ちゃんはブラバンの楽器をフルートからクラリネットに変えた。牧村さんも気にかけてくれていて先日ビデオ通話で指導してもらったと言っていた。
異能三兄弟プラスワンは、平凡な日常を楽しんでいる。
『トーマ、今いいか?』
『こちら宿題と予習復習を終えたばかりの真面目な高校生だけど、どうした?』
『探偵係の一件、まだきちんとお礼をしていないと思って』
『一件って、もう終わったみたいだね。一学年の間は委員のままでしょ?』
『きっと生徒からの相談なんてない。私たちが自主的に乗り出すような事件もな』
『そっか。ちょっと残念だな』
『一区切りついたところでお礼に何かご馳走しようかと思って。トーマが食べたがってたルパン三世に出てくるミートボールスパゲティと刑事コロンボのチリコンカン、作ってあげる』
『ホント⁉いつ⁉』
『うーん、誕生日とか』
『誕生日かぁ、僕早生まれなんだよなぁ。まだ大分先だよ』
『じゃぁ、あたしの誕生日は?六月だけど』
『いいね』
『じゃ、そういうことで。明日休む時は連絡する。おやすみトーマ』
『おやすみ二三』
椿組・探偵係 Tー88 @toshi88
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