第11話 告白
翌日、朝から学校に登校し授業終わりのHRまで頑張って自席に座ってた二三は、教室を出ると、まるでずっと息を止めていたかのように深々と息を吐き出した。一日丸々授業に出たのは久しぶりなのでかなり疲れた様子だ。二三は僕の肘辺りをちょいちょいと突きながら周りを気にしてか小声で呟く。
「早く職員室に寄って帰りたい」
元西宝中一年椿組の生徒への招待状は朝授業前に花村先生に渡してある。花村先生は朝の授業前は何かと忙しいので放課後に簡単に打合せをすることになっていたのだ。僕たちは早足に職員室に向かう。廊下で津久井君と擦れ違ったので、
「やぁ」
と手を挙げて挨拶する。津久井君も手を上げて挨拶を返してくれる。
「―?」
津久井君の態度、表情、足取りに何かピンとくるものがあった。二三にちょっと待っててと告げて津久井君の後を追う。
「津久井君」
津久井君はビクッと肩を揺らして振り返る。
「えっ、何?」
視線は僕の顔ではなく、僕のお腹辺りを彷徨っている。あぁ、そうだったのかと腑に落ちるものがあった。
「津久井君、誰に頼まれたの?」
「えっ⁉」
津久井君の目が激しく左右に振れる。
「僕と二三のこと、色々調べて誰かに報せてたよね?」
見え透いたハッタリだけど慌てている相手には効果がある。
「いや、それは―」
津久井君は僕ではなく、僕の背後にいる二三の方を気にしている。間違いない。僕は津久井君を安心させるように笑って見せる。
「大丈夫。何とも思ってないよ。津久井君にも立場があるだろうし。立場が逆だったら僕も同じことしたよ」
津久井君は僕の態度が穏やかなのでホッとしたようだった。こういう時、人は本音を漏らしやすい。
「誰?円城君?星ヶ丘さん?」
「うん― まぁ―」
津久井君は曖昧に言って頷く。
「そっか。二人には黙ってるから」
「ごめん」
僕は急ぎ足に立ち去ろうとする津久井君に声をかける。
「ほんとに気にしなくていいよ。どうせもうすぐこの件終わるし。当時の西宝中一年椿組の生徒を集めて調査報告会を開くんだ」
「報告会?」
「うん。このこと、僕は津久井君に言ってないことにするから。津久井君が調べた情報として話しておいてくれる?」
「わ、分かった」
津久井君は競歩の練習のような早足で去っていく。あぁ、友人を一人無くしたかなと思いながら二三のところに戻る。
「何?」
二三が伏し目がちに尋ねる。
「うん、彼僕たちの情報を円城君と星ヶ丘さんに教えてたみたいだ。他にも何人か同じことしてた生徒がいるんだろうけど」
二三は「そう」と答えて歩き出す。しばらくして、
「ごめん。あたしのせいで彼と気まずくなっちゃったね」
「別に。元からそんなに仲良くないし」
僕たちは職員室のドアを開け「失礼します」と一礼して中に入る。中にいた教師たちがチラチラとこちらを窺う気配。教師にとっても探偵係は気になる存在であるらしい。
「ご苦労様ぁ― 立ち話も何だし相談室行こっか」
花村先生は暢気に笑いながら「いやいや、あんたたち最近注目の的になっちゃったね」と僕の背をはたく。階段をえっちらおっちら四階まで登る。
「ひゃぁ、疲れたぁ。ちょっと休ませて」
花村先生は「私立高校だと職員用エレベーターがあるらしいよ」と下敷きで胸元に風を送りながら息も絶え絶えに言う。
「ふぅ、三十路に階段はこたえるわ。通知文、見せて?」
二三がリュックからクリアファイルに入った招待状を取り出し花村先生に手渡す。ざっと目を通した花村先生は、
「うん、いいんじゃない?これで―って、あんたたちせめて私に見せてから封しなさいよね、もう」
僕と二三は「すみません」と謝る。確かに先生の言う通りだ。花村先生は下敷きを動かす手を休めて僕らを見た。
「ねぇ、あなたたち牧岡さんたちに調査報告会のこと話した?」
「いえ」
僕と二三は顔を見合わせる。
「磯山警部と一緒に参加させてくださいって。探偵係の二人から聞いたんですかって尋ねたけど笑って誤魔化されちゃった」
僕らは話していないと先生に告げる。
「ふぅん。あたしも校長にしか話してないんだけど。中学の教室を使わせてもらう件は校長から向うの校長に頼んでもらったから、向うから漏れたのかな?何しろあたしたち探偵係は注目の的だから。校長や桜のトップが一目置いてるもんだから、みんなすごく気になってるみたい」
花村先生、どこか自慢気だ。僕は津久井君の名は出さずに「色々探りを入れてくる生徒がいます」と伝える。
「あぁ、津久井君のこと?彼は気にしないでいいわよ?害のない使いっ走りだから。この間二人に絡んできた連中、ああいうのが他にもいるかもしれない。ああいう連中を焚きつけて二人にプレッシャーかけようっていう生徒が」
「はい。日曜まで大人しくしています」
「うん、それがいいよ。それより二人ともさ、彼氏彼女ができたからって浮かれてんじゃないわよ?学生の本分は勉強。成績が悪かったら保護者に言いつけて付き合わせないようにするから」
花村先生は若干恨みがましい目で僕たちを見ながらちょっと子どもっぽく唇を突き出す。僕たち付き合ってるわけじゃありませんとか、そんな関係じゃないですとか、言い訳するのも面倒なので「気を付けます」と答えておく。
「じゃ、あなたたちは帰った帰った。先生はもう少しここで今後の作戦について考えを巡らせていくから」
僕たちは「失礼します」と言って相談室を出る。ドアの隙間から「こう暑いと封蝋溶けたりしないかしらね」と花村先生の独り言が聞こえた。
『二三、今大丈夫?』
『大丈夫だ。何しろキッチンで煮炊きをしているか風呂に入っている時くらいだからな。私の手が塞がっているのは』
『来週の日曜まではあまりすることないよね?』
『確かに。新しい事件が無ければな』
『明日、ミスタードーナツかスイーツバイキングに行ってみない?』
『部活やお勉強で忙しいのではないのか?優等生のトーマを安易で享楽的生活に引きずり込むような気がして良心がチクチクと痛む。私と違ってトーマの前には明るい未来が開けている人だからな』
『なんか今日は突っかかるね。何?』
『何でもない。もうすぐこの探偵ごっこも終わる。トーマは友人と高校生活を楽しみ、私は家で猫と一緒にハイジを観る。そういうことだ』
僕は二三のメッセージをしばらく眺めてから、おもむろにメッセージを送る。
『ミスタードーナツにしよう。その後二三の部屋でハイジの続きを観る。晩御飯も一緒に作って食べる。OK?』
沈黙。僕は返事を待たずにメッセージを送る。
『ミスタードーナツの帰りに駅前の西宝マートで夕ご飯の食材を買う。OK?』
再び沈黙。一分、二分、三分を過ぎた頃スマホが震える。
『そら豆ごはんにする?グズグズしていると旬を逃してしまうから』
『いいね、じゃ明日一二時にマンション前で待ち合わせでいい?』
『わかった』
『おやすみ二三』
『おやすみトーマ』
『二三、部屋の隅に玉葱の入った袋を吊るすと安眠できるらしいよ』
『知っている。私だって魔女の端くれだから。玉葱の買い置きがないから温めたミルクを飲むことにする』
『いいね。僕はYouTubeを観ながら寝るよ』
『中毒に気を付けて。端末を手放せなくなる』
『わかった。おやすみ二三』
『おやすみトーマ』
土曜日。二人で駅前にあるミスタードーナツに行く。二三は僕にくっついておずおずと店内に入るとあまり顔を動かさずに店内を観察する。今日の眼帯は白。白いワニのマークとのテニスキャップを目深に被り、帽子の後ろから長い髪をポニーテールにして垂らしている。服装はシンプルなグレーのワンピース。背には小振りな黒いリュック。テイクアウトして近くの公園で食べることにする。
二三は塩バターマフィンとイチゴポンデリング、ドリンクはアイスハニーラテ、僕は王道のココナッツチョコレートとフレンチクルーラー、チョコシェイク。紙袋を持って店の外に出ると二三が口を開く。
「知ってたけどドーナツ屋さんでラーメン売ってる図ってちょっと不思議。まじまじと見ちゃった」
「うん。普通に美味しいらしいよ。食べたことないけど」
公園のベンチに腰かけてドーナツを齧る。
「塩バターマフィン、美味しい?」
「うん。人が食べてるの見ると美味しそうに見える人?」
「冒険しない人かな。一度これが美味しいと思うとそればっかり頼んじゃうんだ」
二三に塩バターマフィンを一口齧らせてもらう。お返しにチョコシェイクを一口。僕らは探偵係らしく公園内の人間観察をしながらドーナツを食べた。
「あ、今の人、東の生徒だよ。二年生」
「やっぱり?目の端っこでこっちを見てた。遊びに行くのかな」
「多分塾。お父さん隣の市でお医者さんやってるって」
「医大縛りか。キツイなぁ」
「勤務医らしいよ。病院継ぐとかじゃなくてお父さんに憧れてるんじゃないかな」
最近の公園はゴミ箱がないので僕たちは紙袋をそのまま持って帰ることにする。駅前のスーパーマーケットに寄る。カートに籠を乗せて僕が押す。二三はまず野菜コーナーでそら豆を一パック買い物かごに入れる。それからやや小ぶりな真っ赤なトマト。続いて木綿豆腐を一丁。鮮魚コーナーで「鰆の西京焼とカレイのフライ、どっちがいい?」と聞かれたので、直感で「カレイ」と答える。二三はカレイの切り身のパックを籠に入れる。今度は精肉コーナーで「鶏ささ身好き?」と尋ねられる。「ささ身フライが好き。タルタルソースで食べたい」と答える。二三は笑って「フライが被っちゃうな」と僕を見る。「被っていい。ささ身フライ食べたい」と即答する。二三は鶏ささ身のパックを籠に入れる。二三が「食後にプリン食べる?」と聞いたので「食べる」と答える。二三は焼プリン、僕はふわとろクリームプリン。ドーナツだけだとすぐお腹がすくのでカップ麺を買う。
お買い物バッグをぶら下げて二三のマンションへ。食材を冷蔵庫に片付けてから、お湯を貰ってカップ麺を作る。少し行儀悪くズルズルと麺を啜っていると興味津々といった感じで二三が見つめてくる。
「コク旨焼醤油ラーメンか。どんな味なの?」
口をモグモグさせながらカップと箸を差し出すと「うわっ、すごい油!」とか言いながらスープを一口、麺をひと啜りして「男子高校生の大好きそうな味だぁ」とどこか感慨深げ。その後、二人してそら豆の鞘を割り薄皮を取る。二三は包丁の先を使って鶏ささ身の筋を取りながら「カレイもささ身もフライでいいの?」と尋ねる。「いい。そら豆ごはんはあっさりしてるから」と良く分からない言い訳を振りかざす僕。ご飯の下準備だけ済ませておいて僕と二三は「アルプスの少女ハイジ」を見始める。二話見終わったところで二三のスマホが鳴る。零一さんかららしい。十五分ほどして零一さんと四五ちゃんがやってくる。Caveからここに来たらしい。
「こないだはリスト、ありがとうございました」
「なーに、簡単だったよ。もっとも手に入れたのは俺じゃないけど。あ、これ、請求書ね」
四つ折りの細長いパンフレットを渡される。見ると先月開店した人気シーフードレストランのものだ。
「その店、ランチは予約受けてなくてさ。並ばなきゃいけないんだ。まぁ宣伝も兼ねて長い列ができるようにしてるんだろうけどな」
リストを手に入れてもらう代わりに人気レストランの順番待ちをする約束だった。
「再来週の日曜でいいか?整理券待ちの列に並ぶの」
「はい。大丈夫です」
ランチ営業は十一時半からだが、一度に店内に入れるのは二十組。ランチは日に四十組限定だ。最初に二十組に入るためには八時前には店の前に並んで整理券を貰う必要があるらしい。ちなみに整理券は一人一枚。
「じゃ頼んだ。二三も大丈夫か?」
「うん」
「よし。まぁ二三は兄妹割引ってことで献血は勘弁してやるから。トーマ君はそのうちどっかで献血しといて」
二三が心底ホッとした様子で「助かったぁ」と言いながら両手で自分の二の腕辺りをこする。「注射針よ!消えよ!」とか呪文でも唱えてるのだろう。四五ちゃんがニヤニヤ笑いを浮かべながら「良かったね、フミ姉」と茶化す。二三がコーヒーを淹れて、零一さんが持ってきたバームクーヘンを食べる。
「トーマ君がここ何日かCaveに顔見せないんでばあちゃん心配してたよ」
「そうだよ。おばあちゃん、あの二人仲良くやってるかしらねっ―て、日に一度は必ず言うもん」
四五ちゃんは明らかに僕と二三の反応を見て楽しんでいるようだった。零一さんがコーヒーカップ片手にカッコよく髪をかき上げながら四五ちゃんを嗜める。
「ほらほら、そういうこと言うと意識しちゃうだろ?あ、二人とも俺たちの事は無視して、普段通りに振る舞ってくれていいんだからな?」
そう言う零一さんも相当楽しそうなニヤニヤ笑いを浮かべている。兄妹だけあって四五ちゃんの笑い方とそっくりだ。薄暮れ時になって零一さんが腕時計を覗く。今時珍しく零一さんは腕時計嵌める派らしい。ごついスイス製のクロノグラフ。
「そろそろ帰るわ。お邪魔様」
「フミ姉、今日は晩御飯淋しくないね。よかったじゃん、一人で目玉ライスやパズーのトースト食べなくて済んで」
二三は困り顔になってまた二の腕を擦ると「もうヨウちゃん」と怒って見せる。零一さんが「ハハハ」と笑いながら掌を差し出す。二三は若干怒りがながらも零一さんとハイタッチする。零一さんは僕にも手を差し出したので僕もハイタッチする。四五ちゃんが悪戯っぽく笑いながら手を出すが二三は「もうっ」と言って無視した。四五ちゃんも僕に手を差し出す。ハイタッチした後で四五ちゃんは不思議そうに自分の掌を眺める。
「やっぱり何にも感じないなぁ。いいなぁ、トーマ君て」
「さぁ、行くぞ。じゃ再来週の日曜な?忘れるなよ?」
「零兄、彼女をその店に連れて行ってあげたいんだよね?」
「こら、勝手に覗くな」
「勝手に見えちゃうんだよ」
玄関先で賑やかに言い争いながら零一さんと四五ちゃんが帰っていった。パタンとドアが閉じて静けさが戻る。
二三は台所に立って夕飯の支度に取り掛かる。ご飯とそら豆を仕込んだ土鍋をガスレンジにかける。味噌汁の鍋に水を張りスライスした玉葱を入れる。玉葱に火が通ったら一旦火から外して揚げ物用の鍋と交代。ささ身に薄力粉をまぶしとき卵にくぐらせると手作りパン粉をまとわせる。油に投入。ジュワッと小気味いい音がして細かい気泡がささ身を包む。ささ身を揚げ終わると今度はカレイだ。カレイに軽く塩コショウして、片栗粉をまぶすと油に投入。
「な、なんか横で見てられると緊張しちゃうな」
「あ、邪魔だった?YouTubeで飯テロ動画観てる気になってた」
「た、退屈じゃなければ― いいけど」
カレイが揚がった。土鍋から噴き出す蒸気も薄くなってきた。二三は油の入った鍋をガスレンジから下ろし、味噌汁鍋を火にかける。顆粒だしをひと匙入れた。木匙に味噌をすくい取って鍋の中に溶いていく。トマトの皮をペロンと剥いてしまうと割って種を取る。取った種は捨てずにそのままパクリ。適当な大きさに切ったトマトを味噌汁に入れる。
「トマトの味噌汁か。初めてだな」
「揚げ物ダブルだから。あっさりのほうがいいかなって」
用意してあった茹で卵を細かく刻んでマヨネーズを絡める。レモンをひと絞りして刻みパセリを混ぜる。「ささ身に乗っけちゃっていい?」と二三が聞くので「いいよ」と答える。炊き上がったそら豆ご飯を茶碗によそう。お皿に乗ったささ身フライとカレイの唐揚げ。トマトと玉葱の味噌汁。トマトとレタスに豆苗を散らしたサラダ。テーブルに並べて向かい合わせに座ると「いただきます」を言って箸を取る。まずトマトの味噌汁から。
「わっ、うまーい、これ」
「えっ、お、大げさだよ」
二三は困ったように俯くが声は嬉しそうだ。そら豆ご飯を一口。うんうんと頷きながらカレイの唐揚げを頬張る。綺麗に揚がって骨まで食べられる。
「わぁ、サクサク」
本当に旨い。二三の料理の腕は大したものだ。本心から「お店やれるんじゃない?」と言うと二三は頬をそれと分かるくらい赤くして「も、もう―」と顔を伏せた。僕はご飯と味噌汁をお代わりしてカレイも骨まで綺麗に平らげた。食後の緑茶を飲みながらTVのバラエティ番組を眺める。プリンを食べ終えると九時前になっていた。
「今日はありがと。そろそろ帰ろかな」
「こ、こちらこそ。たっ― 楽しかった。ありがとう」
「いよいよ来週の日曜だね。頑張ろうね」
「う、うん」
僕たちは最近の別れの儀式となっているグータッチをかわす。二三は玄関を出てエレベーター前までついてくる。
「それじゃ」
もう一度グータッチをかわしてエレベーターの「閉」ボタンを押す。扉が閉まってエレベーターが動き出す。僕は何だかもう一度扉を開けて二三に声を掛けたい衝動に襲われたがなんとか我慢した。
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