第8話 【最終話 天国の暗黒地帯】
背筋にゾクっとした悪寒が走る。
心臓が凍りつきそうだ。
「私が……B・B・B|(ブラックボックスベイビー)?」
「そうだ。生まれた時は額に『000』と書かれていたはずだ」
「私は捨て子じゃなかったの?」
「違う。正確には、殺処分されるお前を、哀れに思った研究員が、こっそり孤児院に隠したんだ。だからお前に親はいなかったんだ」
「そんな話信じられない……!」
「お前は黒柳会の構成員を四人殺したな? ただの女子高生が大の男を四人も殺せるか? 日本刀で首を切り落としたりできるわけないだろ」
「いいえ。女でも筋力を鍛えれば男と同じように強くなれる。サヤカが読んでいた本にそう書いてあった」
「ちょっとやそっとの努力じゃ無理だ。お前の筋繊維に眠っているミラーニューロンが男の力をコピーしたんだ」
「でも……!」
「お前はモノマネ細胞の塊。お前も周囲の人間の感情をコピーすることが多くあったはずだ。ヤクザと対峙した時は非道になり、
赤ん坊を抱くときは、無垢で優しくなる。なかなか赤ん坊を殺せなかったろ?
そして、勉強好きな友人に触発されて勉強をしたりもしただろう」
思い返せば、私が他人の感情をコピーしていた場面はいくつもあった。
あれは、初めて赤ん坊を抱いた日。
【私は背中で笑っている赤ん坊を見て、なんだかほっこりした気分になった。
あれだけ哀れに思っていた捨て子を私が助けることになるなんて】
あの時、知らず知らずに私は赤ん坊の感情をコピーしていたんだ。
あの時もそうだった。
【不幸な子供を殺すことが優しさだと思っていた。
だけどもしかしたら違う方法もあったのかもしれない。
気づいたら赤ん坊の笑顔を見て、私は笑顔になっていた。
まるで私が赤ん坊の笑みをコピーしたかのようだ。】
足からは感覚が抜け落ち、心臓は凍りそうだ。
「でも表情のコピーなんて普通の人だって……」
私は真実を受け入れたくなくて、なんとか自分を正当化しようとする。
「そうだな普通の人も、ミラーニューロンを持っているからな。
自分のことを好きになってくれた人を好きになるし、
嫌われたら、そいつを嫌いになる。
だがこれはどうだ?
腕相撲では毎回引き分ける。
じゃんけんは永遠にあいこ。
これはどう考えても普通じゃないだろ。
違うと思うなら試すか? じゃんけん……」
「「ぽん!」」
お互いグーであいこだ。
「ほれ。もう一回。じゃんけん……ぽん!」
お互いチョキでまたあいこだ。
「二連続だ。偶然かな? もう一回だ。じゃんけん……ぽん!」
今度はお互いパーであいこだ。その後何度やっても私は負けもせず、勝ちもしなかった。
「そんな……」
「もういいだろう。お前がどう思おうと、お前はB・B・B|(ブラックボックスベイビー)の試作品だ」
「私は誰をコピーしたの?」
「お前を作った博士だ。もう死んだよ」
「その人はなんで私を作ったの?」
「自分の人生をやり直したかったそうだ」
「そんな……身勝手な……どいつもこいつも自分のことしか考えていない!」
私は赤ん坊を抱きしめて、
「なら私だって、この子を使って自分の人生をやり直してもいいのよね? そうだ! そうすればいいんだ! 私だって自分勝手に生きる権利があるはず!
これは私がやり直すチャンスなん……」
男は私の言葉を遮り、
「お前を作った人間と同じになるのか?」
「……え?」
その言葉で私は我に帰った。
「その赤ん坊はお前の人生の二周目じゃない。そのことはわかっているだろ? お前は冷徹な人間にはなれない」
「あなたに私の何がわかるのよ……?」
「わかるさ、ずっとお前のことを追っていたんだから。
お前は赤ちゃん工場やヤクザの経営する違法風俗店をいくつも壊滅させてきた。
そこでは決まってバラバラになった死体の山だけが残り、赤ん坊は消えていた。
なあその赤ん坊は一体どこへ消えたんだ?」
「……赤ん坊は私が誘拐して……その後みんな殺した」
「それは変だな? なんでわざわざ一度誘拐する? 俺が思うにお前の目的は別にあったんだ。…………本当は殺してなんかないんだろ? お前は殺すんじゃなく、赤ん坊を助けていたんだ。
共感性が高く、人の痛みがよくわかるお前は、誰よりも優しい子だよ」
私はサヤカとの会話を思い出した。
サヤカは、
【ちぃちゃん、また孤児院の前に子供が捨てられていたって? 知っている?】
私は、
【うん。だってその子、私が門のところにいるの見つけたもん】
【えぇ? また?】
「赤ん坊たちをこっそり持ち帰り、『門の前で拾った』と孤児院の管理人に言ったんだろ?
あの孤児院の子供たちはみんな、お前が拾ってきた孤児たちだ」
この男の言う通り、あの子たちはみんな私が連れ帰ってきた子達だ。
「でも……だったらなんだっていうの? もうみんな死んだ!」
そうだ……私の家族はもうみんな死んだ。
私が助けて、私が面倒を見て、私が名前をつけた、私の家族はもう消えた。
雨が体を蝕み、冷気は服の中にまで入り込み素肌を舐め回す。
凍りつくような怖気が、背筋を冷たく焦がしていく。
そして男は、
「まだその子が残っているだろ……!
お前が今もその子を大事そうに抱えているのは、自分の人生をやり直したいからじゃない!
その子が誰かの人生の二周目にならないように!
この社会の理不尽から守るためなんじゃないのか?
親は子供に言う、『医者になれ!』『いい大学に行け!』『いい会社に行け!』『金持ちになれ』と。それらの言葉の前には、いつもある言葉がつく。それは『私の代わりに』だ。
親はまるで子供が自分の所有物であるかのように振る舞う。
生まれてきてくれたことが、元気に生きてくれることが素晴らしいことなのに、みんなそれを忘れている。
みんな我が子が成果を上げることに期待し、子供は当然のようにその重い期待とプレッシャーに応えないといけない。それが今のこの社会だ。
子供はまるで親の操り人形で、そこにもう愛はない。
子供の人生が、他でもない親によってめちゃくちゃに踏み躙られる。
お前はそれが許せないんだ。
だから今もそうやって大事に、その子を抱えているんだろう……?」
気づけば雨は止んでいた。
心に溜まっていた毒は、洗い流されるように抜け落ちた。
この病みきった社会の中で、誰もが心を殺している。
誰かを信じることよりも、疑うことを覚えさせられ、
楽しむことより、苦痛を我慢することを美徳とされる。
幸せに生きることは、甘えだとされ、
逃げることは臆病者の証拠となっている。
辛い時に辛いと言えない社会で、
みんな泣きたい時に泣けない。
自分の感情を押し殺すことが果たしていいことなのだろうか?
これほどに努力が報われない世界で、体に鞭を打ってまで無理をする必要があるのだろうか?
疲れた時に休んで、
辛い時に、辛いと言う。
泣きたい時に泣けることや、
自分の弱い部分を受け入れることも勇気なのではないのだろうか?
この荒んだ社会の中で、果たして私まで荒む必要があるのだろうか?
もういいんじゃないか? 肩に乗った重荷を下ろしても。
私は、初めてこう思った。『もう泣いてもいいや』
止んだ雨の代わりに、透明な粒が頬を落ちていった。
いくつもいくつも溢れるように続いていった。
赤ん坊はそれを見て、私と一緒に泣いてくれた。
=====
新米の警官が男に、
「警部、この女の子が赤ん坊を離さなくて……」
「他人が信じられないんだろ。いい。いい。好きにさせてやれ」
私はパトカーの後部座席で赤ん坊を抱きしめる。
そして、私は警察に出頭した。
警察署に着くと、そこにはたくさんの警察官が待っていた。
世間を賑わせていた女子高生の連続殺人鬼が捕まったんだ。無理もない。
ヤクザ風の男は、
「さ、その子とはもうお別れだ。渡してくれるか?」
「うん…………」
私は赤ん坊を離そうとするが、赤ん坊が離れようとしない。
「こら……だめよ。もうお別れなの」
私はしがみついて離れない赤ん坊を、無理やり引き剥がした。
すると赤ん坊は、力一杯泣き始めた。
後ろ髪を引かれるとはまさにこのことだ。
「ごめんね……私はもう行かないと……」
私はここ数ヶ月の間、この子と一緒に過ごした。
長いようで短い時間だった。
私はこの赤ん坊のままじゃない。当然産んだのは私じゃないし、血も繋がっていない。
だけどこの子を育てたのは私だ。私がおしめを変えてあげて、私があやして、私が守った。
その時まるで、人生をやり直しているような気がした。
私が受け取れなかったことを、自分にしてあげている気になった。
この数ヶ月の出来事は、私にとっては大きなことだった。
私は赤ん坊の頬を撫でると、
「じゃあね……」
最初は、この子にままと呼ばれるのが嫌だった。
【ままって呼ばないで!】
【私はお前のままじゃないわ!】
だけど、今は最後にもう一度呼んでほしい。
『私のことをままって呼んで』
喉まで出かかったそのセリフを押し殺して、
「あなたの人生を生きてね」
=====
それから四年の歳月が経った。
今日は私が少年院を出る日だ。
頑丈な鉄扉を通り、もといた残酷な世界に戻ってきた。
背後にいる警備員は、
「もう戻ってくるなよ! 次は刑務所だからな?」
「……お世話になりました」
私はとぼとぼと一人で道を歩く。
これからどうしよう。
孤児院には、戻っても誰もいない。
私は……ひとりぼっちだ。
私に会いたがる人も、必要としてくれる人も、この世にはもういない。
その時だった。明るいクラクションが二回なった。
私がそちらを見ると、黒いバン。
バンの中から刀傷の男が降りてきた。
「よう! 元気にしてたか?」
「な、なんでここに?」
「なんでって出所したみたいだから迎えにきたんだよ。会わせたい人もいるしな」
「会わせたい人?」
顔に刀傷のある男は、後部ドアの方に周り、ガチャリと開けた。
中にいる人物に向かって、
「ほら! 何照れているんだよ? ずっと会いたいって言ってただろ?」
私はゆっくりとバンの方に近寄っていく。
「なに? 誰なの?」
だがここからだと男の巨体が邪魔で、バンの中にいる人物の姿は見えない。
「全く。どうしたんだ? 恥ずかしいのか?」
私は震える足で、前に進む。鼓動が昂り、ドクンドクンという音が脳内で反響を繰り返す。
ここからでもまだ見えない。
「ほれ、出てこいよ? 四年ぶりだろ?」
私はただ歩いているだけなのに、アドレナリンが吹き出てくる。
そして、車の中にいる人物の、小さな手だけが見えた。
目尻が熱くなってくる。
男は退いて、私はその人物と対面した。
その子は、ちょこんとバックシートに座りながら私を見る。
私のこと覚えているかな?
元気にしてたかな?
私はやっとの思いで、震える声を喉から絞り出す。
「あの……私のこと……覚えている?」
その子は、車から飛び降りると、私の胸に飛び込んできた。
「まぁま!」
(完)
【後書き】
ここまで読んでいただき本当に、本当にありがとうございます。
心の底から本当に、ほんっとうに嬉しいです!
本作品を作る際には、持てる全ての力を振り絞って、百%を出し切りました。
本を何冊も読み面白そうな箇所をノートにとって、勉強して、何度も書き直しました。
イラストも液晶ディスプレイを買って自分で書きました。
そのため本作は完全に赤字作成です。
ネット投稿で、無名作家のストーリーを五話以上読んでもらうことは本当に至難の業です。なのでこの文章が読まれているなら私の努力は少し報われたことになります。(今これを読んでくださっているあなたのおかげです!)
さて本編で書かなかった伏線解説と補足です。
主人公が、コーヒーの蓋を開けられなかったのは、そばにいるサヤカの筋力をコピーしたから。
BBBの肌が黒いのは箱の色をコピーしたから。
BBBが最初に主人公に『お前、名前と番号は?』と聞いたのは、主人公がB BBだから繋がりを感じて。(クローンみたいなものなので)
BBBは成長するにつれ次第にミラーニューロンを弱めていきます。
なので主人公には、硬化能力などはありません。
ラストで主人公が『私のことをままって呼んで』と言わなかったのは、赤ん坊が親に縛られることなく生きて欲しかったからです。
つまり、自分の願いより子供の気持ちを優先させる決意をしたと言うことですね。
以上で終わりになりますが、最後に一言。
この荒みきった社会の中で、あなたまで荒む必要はないです。
誰かの期待に応えるために努力しないでください。
あなたは誰か願いを叶えるために生まれてきたわけでも、
誰かの期待に応える必要もないです。
あなたが答えないといけないのは、自分自身への期待にだけ。
あなたはあなたを幸せにするために生きてください。
あなたの幸せを願っています。
くどいようですが、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。
では、また!
【参考文献】
[1994 日本理学療法士協会の研究の概要]
この研究では男女の筋肉の差がどれくらいあるのか調べた。
筋肉の大きさ自体は男女で大きく違い、力の差があった。
だが、筋の最大値の部位及び構成比率では、男女差はほとんど見られなかったとされている。
平たく言えば、男女は同じ筋肉を持っているということだ。つまり同じ量の筋肉を持っていさえすれば女性でも男性を屈服させられるということだ。
女子高生と黒ずんだアレ 〜本小説には、一部刺激の強いシーンがあります(R15)〜 大和田大和 @owadayamato
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