第116話 みんなで

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急げ。


肺が少し痛い。ひりひりし始めた。でも走ることは止められない。

今追いかけている魔物一匹でも見逃してしまうと、街の皆が、ソラが、危ないから。


焦るな。いや、焦ろ。でも、パニックになるわけじゃない。緊張感を持てということだ。


頭をフル回転させる。やるべきこと。たくさんだ。問題が山積み。何から手を付ける?


まずはこいつらだ。そうだ。この魔物たちを何とかしないと。そのあとは?ソラたちを外へ逃がす。ハルカは?今赤髪の男と戦っているのだろうか。勝てるのか?心配だ。あいつは変な魔術を使うから。でも傭兵たちもいる。数で押せるか?もうそこは信じるしかない。


だからおれは、まず目の前のこいつらを叩く。幸い、魔物を追っているのはおれだけじゃない。数人の傭兵も来てくれている。見たことはあるけど、話したことは無い。まあ、パーティを組んでしまえば、話す人間は限られてしまうから、傭兵はだいたい皆そんなものだろう。


「おい兄ちゃん!」後ろで男の声が聴こえた。どうやらおれを呼んだようだったので、ちらりと後ろを振り返った。すると、丸刈りの男がにっと笑った。


「おう、あんただよあんた!兄ちゃん、なんか事情を知ってそうだが、こりゃあいったいどういう状況なんだ?」


顔は傷だらけで強面だったが、どこか愛嬌のある人物だった。おれは走りながら応える。


「いや、おれもちゃんと理解しているってわけじゃありません。ただ、簡単に言うと、喋ったことを現実にできる魔術か何かを使う男が、魔物を引き連れて一人の女の子を誘拐しようとしている、ってところです」


もちろん、ソラが追われているということは言わない方がいいと思って伏せてはいるが、実際嘘はついていない。おれだって、なんであんなやつがソラを誘拐しようとしているのか根本の目的は不明だ。今追いかけている魔物だって、正体が分からない。どうやって分裂したのか。魔物って分裂できたんだ、と驚いているぐらいだ。


丸刈りの男はへっへっへ、と声を出した。


「なんだよ、十分わかってるじゃねえか。要するに、あの赤い髪の男と、魔物を倒して、女の子を守りゃあいい話だろ?なんであの男が女の子を連れ去ろうとしてるか別としてさ」


「でもそれっていうほど簡単じゃあ…」

「いいや、簡単だね」


丸刈りの男はおれの言葉を否定すると、親指で後ろの方を指した。


「まずあの赤髪の男。何者かは知らんが、破壊の<神官プリースト>ジンドウ相手だと分が悪いだろ。いくら強かったとしてもな。勝てないにしても、とりあえずジンドウに任せときゃ、何とかなる。しぶといからなぁ、うちの支部長さんは」


おれもその名前は聞いたことがあったが、本当に大丈夫なのだろうか。記憶が無いから正直不安だ。そもそも、この件を支部長さんに任せている時点で申し訳ない気持ちが胸を突くが、おれたちで解決できる範疇を超えているので、頼むしかない。


「それにこの魔物ども。あいつらはかなり規則的な動きを見せている。よく見ろ、さっきからまだ逃げ遅れた人たちとすれ違ってるが、魔物はその人たちに襲う気配がない。でも、俺たち傭兵には襲ってきた。何故だか分かるか?」


「襲う人を区別している、ってことか?」おれが悩んでいると、他の若い男が答えた。この男は、剣を腰に装備しているから、おれと同じ<剣士フェンサー>だろうか。


「そうだ!」丸刈りの男はぱちん、と指を鳴らす。


「たぶんだが、この魔物は赤髪の男の指示を忠実に遂行している。それも機械的にな。まず第一に最優先事項として、あの魔物たちは敵意を向けている者に対して襲う。街のやつらは魔物を見りゃあ逃げちまうから、襲われねえんだろうな。だから、街の人間が襲われることはほぼないだろ。んで、今こいつらは、敵意を向けられている人間が居ないから、第二の遂行事項として、目的の女を探している。そういう風にプログラムされてるんだろう」


おれは目を見張った。確かに、その通りだ。今までの魔物の行動からすると、そういう推測が立てられそうだ。この丸刈りの男、見た目に反してかなりの観察眼を持っているようだ。


「ってことは、俺たちは必死にこの魔物を追いかける必要は無いんだ。第一優先事項を遂行させりゃあなっ!!」

そう言うと丸刈り男は、背中に背負っていた手斧をサッと取り出し、魔物に向けて投げ放った。それはくるくると回転しながら、一匹の魔物にヒットした。

手斧が突き刺さった魔物は、音もなくふわりと塵と化して、消えてしまった。すると、他の魔物たちが、動きを止めおれたちの方へ目線を向けると、鋭利な牙をぎらつかせ、こちらに駆けてきた。


「本当にこっちに来やがったぞ!?」若い<剣士フェンサー>が剣を引き抜いて応戦の姿勢を見せる。


「ああ。やるぞてめぇら!」丸刈りの男はそう言うと、もう一本の手斧を引き抜いた。

彼の掛け声で、他の傭兵たちも武器を構える。


「そんで兄ちゃん!!」丸刈りの男は、視線を向けておれを呼んだ。

「あんた、目的の女ってやつを知ってるんだろ?」


おれは思わず目を見開いてしまった。あ、と思う。そういう反応をした時点で、もう隠せない。いや、隠す必要は無いんだけど。なんか、バレてしまったという感覚からどきっとしてしまった。


「…何でそれが分かったんですか?」おれも剣を引き抜きながら答える。丸刈りの男は片目を瞑ってにっとはにかむ。


「赤髪のやつは“目的の女”としか言ってねぇのに、兄ちゃんは“女の子”と断言した。そう言えるのは目的の女が、若い女の子だと知らないと言えねぇ言葉だろ?」


なるほど、とおれは納得する。おれは目的の女がソラだと知っていたから、無意識に女の子と言ってしまったんだろう。何より、そんなところに注目した丸刈りの男の推理力に舌を巻かざるを得ない。


「だったら、兄ちゃんは彼女のとこに行ってやれ!こんなやつら、俺たちだけで十分だからな」

「で、でも…!」


「兄ちゃん、言っただろ、っと!」丸刈り男は襲ってきた魔物を相手にしながら話し続ける。


「これは、この事態は簡単なんだってな。俺たち傭兵にとっちゃ、こんな出来事は日常茶飯事だ。今回その場所が街になったってだけでな。だから、そう慌てるな。一人で抱え込むな。事態を複雑にしてるのは自分自身だ。もっとシンプルに考えろ。一人じゃ無理なら人を頼れ。そうして、自分ができることだけに集中しろ。分かったか?」


心が、すっとした気がした。


おれは馬鹿だ。自分の許容量は分かっているのに。おれ自身が持ち込んだ問題だから、それを全部抱え込もうとして。自滅しかけていた。そうだ。おれには仲間がいて、こんなに助けてくれる傭兵もいる。結局、人を信じきれていなかったんだ。自分がやらなきゃ駄目だと、思い込んでいた。


「…ありがとう、ございます」おれは丸刈り男を見返した。

「おれ、彼女のところに行ってきます!すみませんが、ここを頼みます!」


丸刈り男はへへっと軽く笑った。

「おう、言われなくてもそのつもりだぜ。たぶん、街のやつらは東門の方から外へ逃げてるはずだ。女の子も避難してんならそっちにいるだろ。早く行ってやれ!」


「はい!」おれは返事をして踵を返すと、東門へと続く通路に目を向ける。


心なしか、脚が軽くなった気がする。

丸刈りの男に、あとでお礼を言わなきゃな、と思う。それに、ハルカたちにも。おれだけじゃできないことを皆がやってくれている。


なんでこうなったかも、しっかり話そう。おれが記憶喪失なのも。ショウの指示で動いていたことも。もう、嘘を付いたり、騙したりするのはやめだ。


だから、ソラ。

あとは、君だけなんだ。


おれは東門のある防壁を睨みながら駆ける。

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