第114話 真名使い

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「…いや、」私は一瞬立ち止まった。


「ユウト!あんただけでも先にソラのところに向かいなさい!私は、少し気になることがあるから!あとで追うわ!」

私は踵を返して、大通りの中央で戦っている赤髪の男とジンドウに目を向ける。


「わ、わかった!ハルカも、気を付けて!」

ユウトの微妙に戸惑った声音と、駆けていく足音が後ろで聞こえた。それがどんどん離れていく。


私は、ふうっと肺に詰まっていた息を吐いた。


そうすることで、混乱した頭を整理させる。自分の心臓の鼓動を強く感じる。心臓の音に集中することで、いくらか雑音を遠ざけることができた。


落ち着け。

そうだ。今私たちが二人で皆のいる場所に戻ったとしても、あまり意味が無い。私は私のできることをする。


隠密ステルス”。

すっと入っていく。静かに、素早く。


隠密ステルス”を発動させた瞬間、視野も広くなる。そう、私はどこにでもいて、どこにもいない。それを意識する。


欲しいのは情報だ。なぜこうなったのか、こうなってしまった理由。原因。それさえ分かれば、これからどう動けばいいか選択肢を絞ることができるはず。


まずは今の戦況を見極めろ。


狼型の魔物と戦っている傭兵たち。何人かのグループで魔物と戦っている。

魔物の一匹一匹が、思いのほか手強そうだ。獣だから、かなり俊敏だ。中々傭兵たちの攻撃が当たらない。


そして、尻尾。これが厄介だ。鋭い太刀のような尻尾を上手く使って、傭兵を襲っている。こんな魔物初めて見た。まるで、本当に武器を使っているみたいだ。


しかしそれでも、彼らは腐っても傭兵。場慣れした者も多い。魔物を抑え込むのは時間の問題だろう。


早速、魔物の一匹を傭兵の一人が斬り伏せた。斬られた魔物は不気味なことに、血を流すことなく纏っていた闇を霧散させながら消えてしまった。


この魔物が何なのか。疑問は残るがそれはまた後だ。魔物の方は今いる傭兵に任せて問題ない。残る疑問はただ一つ。


大通りの中央でジンドウと戦っている、赤髪の男。

この男から、情報を掴み取る。


それにしても、こいつ、いったい何者だ?


あの最強の傭兵の一人でもあるジンドウと、タイマンでやり合っているなんて。


この傭兵稼業をしていれば、ジンドウを知らない者はいない。

破壊の<神官プリースト>、ジンドウ。彼は裏でそう呼ばれている。


神官プリースト>は本来、後衛でサポートに徹する<職業ジョブ>だ。創造神アリシアの“祝詞ブレーシング”を駆使して、パーティに様々なバフを付与する。しかし、ジンドウはそれに当てはまらない。もちろん、彼も“祝詞ブレーシング”は扱える。けれど、それを自らに使用し、最前線で戦うのが彼の戦闘スタイルだ。


祝詞ブレーシング”で強化されたジンドウの戦闘力は凄まじい。有名な話なのは、このアルドラの街の支部長として彼が就任した時、街の防壁の強度を確かめたいと言って、壁を素手で、思い切り殴ったそうだ。すると、厚さ二メートルは下らない防壁に、ヒビを入れたのだという。


はっきり言って、人間業じゃない。とんだ化物だ。それが本当かどうかは知らないが、それほど強いということは確かだ。


だけれど、そんなジンドウと、この赤髪の男は良い勝負をしている。


というか、ジンドウの攻撃がほとんど当たっていない。ぎりぎりのところで躱し続けて、隙を見て反撃している。ジンドウの攻撃が当たりそうなときは、器用に剣で軌道を逸らし、凌いでいる。


ジンドウも必死だ。手加減はしていないだろう。でも、中々決定打にならない。

対照的に、赤髪の男は少し余裕そうだ。余裕?嘘だろう?頬を引き攣らせて、嗤っている。ジンドウの攻撃力、スピードは並みではないはずだ。なのに、あんな表情ができるなんて。


ただ、言葉を口にできるほどではなさそうだ。たぶん、ジンドウも赤髪の男に喋る隙を与えないように絶え間なく攻撃し続けている。


それならば。

私は、右手にダガーを握った。


ゆっくりと彼らに近づいていく。気付かれないように。まあ、周りは傭兵と魔物で入り乱れていて、下手をしなければ気付かれない。ただ、傭兵や魔物にぶつからないようにしなければ。“隠密ステルス”が剥がれてしまうから。


二人はもう目と鼻の先だ。でも慌てない。あまり変に近づき過ぎると、ジンドウの攻撃を食らってしまう。


攻撃と攻撃の隙間。気の抜ける瞬間。それをじっと待つ。


それは突然訪れた。

息つく暇も無く続けられたジンドウの攻撃の流れが、一瞬止まる。赤髪の男がジンドウの棍棒をはねのけたのだ。


赤髪の男も、それを狙っていたのだろう。ジンドウの攻撃に緩みが出るタイミングを。仕方がない、ずっと攻撃し続けていれば、いつかは集中の糸が切れてしまう。それまでに決定打を決めきれなかったジンドウは苦しそうな顔をしている。


赤髪の男が、今度はこちらの番だと言わんばかりに、にやりと白い歯を見せた。


今だ。


そう、確信は油断。油断こそ、最高のタイミング。赤髪の男としても、良い反撃のタイミングだったのだろうが、それはこちらも同じだ。


赤髪の男の視野の外側、右わき腹を目掛けて私は飛び出す。

不意打ちバックスタブ”。


「…おおっとぉ!?」

「…っ!?!?」

完璧だった。完璧なタイミングだったはずなのに。


私のダガーは、仰け反った赤髪の男の横を通り過ぎて、空を切った。


男はすぐさま飛び退き、私とジンドウと距離を開ける。

「今のは危なかったなぁ。俺の“真実の眼”じゃなきゃあ、見逃しちまってたぜ」


そう言って赤髪の男は、ひっひっひ、と気色の悪い笑みを浮かべた。


私は、男に向かって、武器を構える。

くそっ。さっきの一撃で、動けなくして、情報を聞き出そうと思ったのに。躱された。


にしても、“真実の眼”?なんだそれは。それが避けることができた理由なのか。


「貴様、何者だ?」

ジンドウは真顔だ。あれだけ攻撃をし続けて、汗一つかいていないところを見るとそれはそれで化物じみているが、瞳は動揺の色を隠せていない。


赤髪の男は肩を震わせて嗤った。


「いいぜ!良い顔してるじゃねえか!そうだなぁ、冥土の土産に教えてやんよ」

そして、男は天高く空を仰いで、大声で叫んだ。


「俺は、ガーネット!!“真実”を司る“真名使い”、ガーネット様だ!!」

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