第113話 混沌

「…は、はっはっ、ふっはははははははっ!」

大通りのど真ん中で、大声を上げて笑い出す奇妙な光景に、傭兵たちも唖然としている。


「ホワイトォ!!謀ったなぁ!?この俺を!!俺と傭兵ギルドを潰し合わせるつもりだったのかぁあ!?」


狂ったように叫ぶ男から、聞いたことのある名前が飛び出してきて、一瞬心臓が跳ねた。そして、隣にいたハルカと目が合った。


ホワイト。あいつが絡んでいたのか。


でも、腑に落ちない点が幾つかある。なぜホワイトはこの男を差し向けたのか。この男は、ホワイトに謀られたと言っているところからすると、仲間じゃない、のか?

それとも、仲間割れ?


ホワイトが何を企んでこんなことをしているのかは分からない。でも、それはこっちにとって都合が良いことのように思う。現に、赤髪の男は傭兵たちに囲まれて、逃げ場はない。


「いや、しかしホワイト自身は嘘を付いてはいなかった。だとすると、女は間違いなくここにいる…」

今度はぶつぶつと喋り始めた男はかっと目を見開かせ、ぎらつかせている。


「何か企てがあったようだが」

ジンドウは背中に担いでいた棍棒を右手に握り、すっと引き抜く。その棍棒は、何の装飾も無い質素な造りだが、重々しい雰囲気を漂わせている。


「どうやら、当てが外れたようだな。それならば、即刻、この場を離れていただきたい。民間人が怖がっているのでな。それとも、我々と戦って強制的に放り出される方がいいかね?あまりお勧めはせんが」


そう言うと、ジンドウに倣うように傭兵たちも武器を構える。赤髪の男は叫んだ余韻に浸っているようで、怒っているのか、嗤っているのか、悲しんでいるのか、不気味な表情を浮かべていた。


「ほう、俺とやり合おうってのか」

次に男は、にたりと引き攣った笑みを溢して、おれははっとした。


「だ、駄目だ!!」

意識するよりも先に、声が出ていた。皆一斉におれに視線を集めたが、そんなこと気にしている場合じゃない。


「こいつ、喋ったことを現実にできるんだ!さっきも同じように警備兵が囲んでたけど、それで皆やられたんだ!気を付けて!!」


「…何だと?」

ジンドウがおれの言葉を聞いて、睨むように赤髪の男を見た。男は、くっくっくっと笑いを堪えるように口元を抑える。


「ああそうだ。まあ厳密に言っちゃあそうじゃないんだけどな。ただまあ…」

赤髪の男は、ぐるりと一周を見渡すと、うーんと顎鬚を摩る。


「ちょっとばかし今回は人が多すぎるなぁ。さっきみたいな芸当はできないか。それに、俺の目的もある。ってことは…」

「…ふんっ!!」

「おっと!」


油断している赤髪の男にジンドウは躊躇なく棍棒を振り下ろしたが、あっさりと男が持っていた剣で止められてしまった。「…ちっ」とジンドウは舌打ちをする。


「下手な真似をされる前に戦闘不能にしたかったのだがな。腕も立つと見える」

「残念。不意打ちじゃ俺は倒せないぜ?支部長さんよぉ」


赤髪の男は余裕の表情でぎりぎりと斬り結んでいる。おれたちも助太刀したいが、人ひとりに対して、こちらの人数が多すぎる。傭兵たち全員で襲い掛かることは難しいだろう。


それに、おれたちを威嚇するように周りを警戒している黒い魔物のせいで、なかなか近づけない。


いや。


この男の狙いがソラだと分かった。ということは、おれたちだけでも逃げておくべきなんじゃ?これだけ傭兵が相手しているのなら、おれがいてもそう変わらない。ここは任せておくべきか。


こいつだけじゃない。もう居場所がバレているんだ。ホワイトたちも来ているのかもしれない。だとしたら、宿舎に居るソラたちが危ない。


おれがハルカに声を掛けようとした時だった。

ガキィン、と弾ける音がした。


ジンドウと赤髪の男の間に距離ができた。男がジンドウを剣で突き飛ばしたんだ。


「傭兵たちよ!こいつに喋る暇を与えるな!」


ジンドウが叫んだ。

同時に、周りを囲んでいた傭兵が一気に襲い掛かる。


「…遅ぇよ」しかし、その中でも男はまだ嗤っていた。


「ロイド!狩りの時間だ!“邪魔する者”は“殺せ”!!そして“目的の女”を“探しだせ”!!」

「……ッ!!」

男の目が鈍く赤く光る。刹那、後ろにいた黒い魔物が呼応するように、変化が起きた。


纏っていた黒い暗闇がふわっと広がったかと思うと、それが黒い魔物を包み、姿が見えなくなる。


次の瞬間。

何匹もの黒い魔物が一斉に暗闇から飛び出してきた。


「何ィ!?」

驚いたのはジンドウだけじゃない。その場にいた傭兵全員が、飛び出してきた魔物に目を剥き、武器を構える。


暗闇から出てきた魔物たちは、一匹の大きな狼型だったころよりも幾分か小さくなっていた。本当に動物の狼みたいだ。しかし、大きさは変わっても、纏う異質な雰囲気は変わっていない。


どうやら、魔物が沸き出てきたというよりも、大きな狼が、小型に分かれた、という感じだった。もとの暗闇の方は、魔物が出終わった後ふっと消えてしまった。


「なんだこいつらぁっ!?」

狼型の魔物は、次々と傭兵たちを襲っていく。出てきた魔物の数は数えられなかった。たぶん、数十匹といったところだろう。かなり多い。


そいつらは束になって傭兵に襲い掛かったり、何匹かは傭兵をすり抜けて、包囲網の外へ逃げていく。


「魔物を逃がすなぁああっ!!襲ってきた魔物は片っ端から切り捨てろ!逃げた魔物を追えぇええ!」


ジンドウの腹に響く声が混沌と化した大通りに響く。


「ハルカ!おれたちは!」

おれは逃げた魔物の後姿を見ながらハルカを呼んだ。


「分かってるわよ!」ハルカの苛立った声音が耳朶を打った。

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