第111話 街の中で
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無だ。
無心。何も考えない。考えちゃいけない。
いやまあ、無理だけどさ。考えずに動くことなんてできないんだけど。
極力、考えない。疑問があったとしても思考を停止させる。そこから先を想像しない。
どっちなんだろう。やっぱり考えた方が良いのか。でも今考えたところで、何もできない。想像しようとしても、これからいったい何が起こるか、見当もつかない。
だから結局、考えない方が良い。何かあったらその時はその時だ。未来のおれに任せることにする。頼んだ、おれ。
本当にそんなんでいいのか、と未来のおれにそう言い返されそうだ。
まったくだよ。マジで。何なんだよこの状況。
おれは目の前の大通りのど真ん中を真っ直ぐ突き進んでいる。いつもはこの時間帯になると、行商人や観光客、住民が入り混じって、ごった返す通りになっている。でも今は、そんな面影は一つも無い。閑散としている。
ここの通り、こんなに広かったんだな、と改めて思う。
人の気配自体はある。路地裏や、家の窓から、おれを覗きこんでいる。ちらりとそちらを向いたけれど、怯えた目でそっぽを向かれてしまった。
おれはゆっくりと溜息を吐いた。
これじゃ、おれが怖がられてるみたいじゃないか。
まあ、あながち間違ってはいない。だっておれの後ろには、大きな狼型の魔物と、見知らぬおっさんがいるのだから。
大声で叫びたい。おれはこいつらの仲間じゃない。傭兵ギルドに案内しているだけなんだ、って。
仕方ないじゃないか。さっきは目の前で警備兵たちがばたばたと倒れていく姿を見せられて。何故か知らないけれど、傭兵ギルドに連れてけと言う。断って、暴れられても困るから、言うことを聞くしかなかった。
まあ幸い、この男が言うように、暴れる素振りは全く無い。律儀におれの後ろを歩いて来ている。魔物も一緒に。
おれは背筋に汗が流れるのを感じた。
くそ。考えないようにしようとしているけれど、嫌でも色んなことを想像してしまう。
おれはちらと後ろを見てみた。
赤髪の男は、街が珍しいのか、キョロキョロと周りの様子を窺っているようだ。まるで、初めてやって来た街の探索を、楽しんでいるみたいに。緊張感がなんて皆無だ。
この男、いったい何者なんだ?
悪いやつらじゃないのか?と一瞬頭を過る。
いやでも、それはないだろう。魔物をこんな街に呼び寄せておいて、警備兵まで戦闘不能にしてしまった。今は大人しいだけで、絶対何か企んでいるはずだ。
でもやはり、思惑が理解できない。おれはてっきり、ショウの指示から推測して、ホワイトやネイビーが襲ってくると予想していた。でも実際は、見知らぬ男が魔物を連れてきて、傭兵ギルドに案内しろと言ってきた。
ショウはソラを連れてアルドラの街から逃げろと言っていたが、それとこれがどういう関係なんだ?
点と点は、点と点のままで、線にはなってくれない。
ただ一つ考えられるのは、こいつがホワイトやネイビーの仲間だという可能性。そうだとしたら、ここにやってきた理由は想像できる。連れ戻しに来たんだ。きっと。そして、ここからソラを連れて逃げるというショウの言葉の意味とも繋げられる。
でも、まだ確証には至らない。情報が少なすぎる。アルドラに来たからソラを連れ戻しに来たと考えるのは安直だし、そうじゃない可能性もある。そんな状態で動くのは早計だ。
それに、ショウの『死ぬなよ』の言葉も気になる。
ああもう。考え出したらキリがない。
おれが傭兵ギルドまでこいつを案内したあと、おれはどうすればいいんだ?すぐ離れて、宿舎に戻って、ソラを連れて逃げ出せばいいのか?
街の皆は?警備兵や、傭兵たちに任せていいのか?
わかんねぇよ。誰か教えてくれ。
そう悶々と考えているうちに、傭兵ギルドの教会っぽい建物が見えてきた。
そして、おれたちの行く先には。
傭兵だ。大勢の傭兵が、行く手を阻んでいる。
それだけじゃない。路地裏からも。後ろからも。武器を持った傭兵たちがおれたちを囲ってゆく。
そりゃあそうか。これだけ騒ぎになっていれば、傭兵たちも動くだろう。
「おーおー、こりゃまたぞろぞろと…」
赤髪の男は面倒くさそうに呟いた。おれはこちら側から傭兵たちを眺めて、戦慄が走った。
改めて見てみると、怖い。傭兵。いや、おれも傭兵なんだけどさ。警備兵たちと違って、凄みがある。強面で、屈強な男たちに囲まれると、こんなに怖かったのか。
馬鹿。そんなこと思っている暇はない。
「おいてめぇ!魔物なんか連れてきやがって、何の用でここに来た!」
傭兵の中の一人が前に進み出て叫んだ。その男は槍を構えているところからすると、コウタと同じ<
男に続いて、そうだそうだとやじを飛ばす傭兵たち。慎重だった警備兵とは打って変わって、今にも襲い掛かってきそうだ。
さすがに、魔物の方はさっと身構えて、牙を剥き出した。臨戦態勢だ。
やばい、今ここで戦闘になったら。
街に被害が出てしまう。それどころじゃない。この魔物と、男が暴れ出したら、死人だって出てしまうかもしれない。
それだけは避けなければ。
そう思って口を開こうとした瞬間。
「…待たんか!!」
鼓膜が破れそうなほどの圧のある声音が場を制した。あれだけ荒ぶっていた傭兵たちも、すっと黙り込んで、静かになる。
そして、傭兵たちをかき分けて俺たちの前に進み出てきたのは。
一人の神父姿の男だった。
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