第104話 新たな指示
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「おい、ユウト」
ぶっきらぼうな低い声で、おれは目を開けた。
いや、実際には目は開けてないし、閉じることもできない。瞼が無いから。でも、目を開けたという感覚はある。それと同時に、視界が開けていく。
その先は、白。雲の中みたいだ。ただただ、白いとしか言いようがなく、右も左も上下さえも分からない。
こんな世界はおれの知る限り一つしかない。
ショウの世界だ。
声がした方に振り返る素振りをすると、古びた椅子に座っているショウがいた。この質素な世界も、こいつも、相変わらず何も変わっていない。
『…ここに来たってことは』
おれは敢えて思ったことを口に出してみた。実際は口も無いんだけど。でも、そうすることで、この白の世界に自分の声が響き渡る。前にショウが設定したままのようだ。
『また何か、指示があるってこと?』
「…ああそうだ。察しが良くて助かる」
ショウはよっこらせっという感じで椅子から飛び起きた。また歪な笑みが零れるかと思いきや、そんなことはなく、今日は何故かテンションが低い気がする。何かあったんだろうか。
「本当は、もっと様子を見て、指示を出すつもりだったが」
ショウは自分のこめかみを人差し指でとんとんと突きながら、軽く溜息を付いた。
「誰かが、運命を掻き乱しやがった」
『運命を、掻き乱した?』
おれは意味が分からず聞き返した。そもそも、運命って掻き乱せるものなのか?こう、ぐるぐると?なんだそれ。常人には理解しがたい表現だ。ただ、その結果、ショウの意図せぬことになっていそうなのは、何となく分かる。
ショウはそれに応えず、ぶつぶつと独り言を話し始める。
「…まあ、そんなことができるやつは限られているんだがな。おかげで、こっちはまた力を使っちまう羽目になった。いや、それもイレギュラーを想定しきれていなかったおれの責任か…」
何のことを言っているのかさっぱり分からなかったが、珍しく苛立っているように見えた。というか、こっちに呼んだのなら、おれを置いてけぼりにしないで欲しいのだが。
「…要はだな」
ショウはひとしきりぶつぶつと呟いた後、おれに向き直った。
「運命が早まっちまった。非常事態だ。対処しないと、おれの計画が水の泡だ」
『運命が早まるって…。結局、どういうことなんだ?』
ショウ的には、要するに分かりやすく、端的に言ってくれたようだったが、それでも理解しきれない。そりゃあそうだろう。運命が早まるなんて言葉、初めて聞いた。日常的に使ったことがない。
でも、何だろう。妙に嫌な予感がする。非常事態、という言葉も不安を煽る。
「もっと先に起こると想定していたことが、早まってしまった。そういう風に運命を掻き乱されたんだ」
ショウは苛立ちをぶつけるように、ちっ、と舌打ちをすると、おれを指差して、矢継ぎ早に言った。
「だから、早速で申し訳ないが、今から指示を出す。いいか、お前が助けた女、ソラを連れて、街から逃げろ」
『…は?』
おれは思わず声が出ていた。
『街から、逃げろ?ソラを連れて?なんでだよ?』
「なんでもなにも、それがトリガーだからだ」
前に話していた、運命同士をぶつけるための
でも、おれが聞きたいのはそういうことじゃない。
『…街から逃げるってことは、街で何か起こるのか?』
ショウは微動だにせず、冷たい声音で言った。
「前にも言っただろう。余計な情報を与えると、要らない運命同士もぶつかってしまうと」
『だけど!』
街から逃げろというショウの指示を聞いて、想像してしまった。
逃げろってことはもしかしたら、ホワイトやネイビーが襲ってくるのか?分からない。そうとも限らない。でも、そうじゃないにしても、街に良くないことが起きて、それで逃げなければならなくなるのだとしたら。
それは、おれのせいなんじゃないか?
おれが考え無しに、この街にソラを連れてきてしまったから。
悪い予感が的中してしまいそうで、感覚的に身体の芯が冷えていく。
『…街には、おれとソラ以外にもたくさんの人がいる。ゲンやコウタ、ミコトもハルカも。彼らを置いて、おれたちだけで逃げろって言ってるのか?』
「そうとまでは言っていない。どうするかはお前次第だ」
『なんだよ、それ…』
ショウからは正確な答えを聞けない。だとしても、何かが起こる。それだけは確かだということは、ニュアンス的に分かった。
でもそれが分かったところで。
おれは、どうすればいいんだ?
その時、視界にびりびりとノイズが走った。
知っている。これは、意識が元の身体に戻ろうとしているんだ。
「…変な運命をぶつけたくないから、あまり言いたくないが」
ショウはおれに背を向けて、椅子の方へと歩いて行く。そして、軽く振り返った。
「これだけは伝えておく。…死ぬなよ」
『ちょっ、まっ…』
死という言葉の意味を呑み込めぬまま、意識が、だんだんと遠のいていった。
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