第104話 新たな指示

******


「おい、ユウト」

ぶっきらぼうな低い声で、おれは目を開けた。


いや、実際には目は開けてないし、閉じることもできない。瞼が無いから。でも、目を開けたという感覚はある。それと同時に、視界が開けていく。


その先は、白。雲の中みたいだ。ただただ、白いとしか言いようがなく、右も左も上下さえも分からない。


こんな世界はおれの知る限り一つしかない。

ショウの世界だ。


声がした方に振り返る素振りをすると、古びた椅子に座っているショウがいた。この質素な世界も、こいつも、相変わらず何も変わっていない。


『…ここに来たってことは』

おれは敢えて思ったことを口に出してみた。実際は口も無いんだけど。でも、そうすることで、この白の世界に自分の声が響き渡る。前にショウが設定したままのようだ。


『また何か、指示があるってこと?』

「…ああそうだ。察しが良くて助かる」

ショウはよっこらせっという感じで椅子から飛び起きた。また歪な笑みが零れるかと思いきや、そんなことはなく、今日は何故かテンションが低い気がする。何かあったんだろうか。


「本当は、もっと様子を見て、指示を出すつもりだったが」

ショウは自分のこめかみを人差し指でとんとんと突きながら、軽く溜息を付いた。

「誰かが、運命を掻き乱しやがった」

『運命を、掻き乱した?』


おれは意味が分からず聞き返した。そもそも、運命って掻き乱せるものなのか?こう、ぐるぐると?なんだそれ。常人には理解しがたい表現だ。ただ、その結果、ショウの意図せぬことになっていそうなのは、何となく分かる。


ショウはそれに応えず、ぶつぶつと独り言を話し始める。

「…まあ、そんなことができるやつは限られているんだがな。おかげで、こっちはまた力を使っちまう羽目になった。いや、それもイレギュラーを想定しきれていなかったおれの責任か…」


何のことを言っているのかさっぱり分からなかったが、珍しく苛立っているように見えた。というか、こっちに呼んだのなら、おれを置いてけぼりにしないで欲しいのだが。


「…要はだな」

ショウはひとしきりぶつぶつと呟いた後、おれに向き直った。


「運命が早まっちまった。非常事態だ。対処しないと、おれの計画が水の泡だ」

『運命が早まるって…。結局、どういうことなんだ?』


ショウ的には、要するに分かりやすく、端的に言ってくれたようだったが、それでも理解しきれない。そりゃあそうだろう。運命が早まるなんて言葉、初めて聞いた。日常的に使ったことがない。


でも、何だろう。妙に嫌な予感がする。非常事態、という言葉も不安を煽る。


「もっと先に起こると想定していたことが、早まってしまった。そういう風に運命を掻き乱されたんだ」

ショウは苛立ちをぶつけるように、ちっ、と舌打ちをすると、おれを指差して、矢継ぎ早に言った。


「だから、早速で申し訳ないが、今から指示を出す。いいか、お前が助けた女、ソラを連れて、街から逃げろ」


『…は?』

おれは思わず声が出ていた。


『街から、逃げろ?ソラを連れて?なんでだよ?』

「なんでもなにも、それがトリガーだからだ」


前に話していた、運命同士をぶつけるための行動トリガー。そうすることで、決められた方向性の運命となる可能性が高いという。そのことを言っているんだろう。


でも、おれが聞きたいのはそういうことじゃない。


『…街から逃げるってことは、街で何か起こるのか?』


ショウは微動だにせず、冷たい声音で言った。

「前にも言っただろう。余計な情報を与えると、要らない運命同士もぶつかってしまうと」


『だけど!』

街から逃げろというショウの指示を聞いて、想像してしまった。


逃げろってことはもしかしたら、ホワイトやネイビーが襲ってくるのか?分からない。そうとも限らない。でも、そうじゃないにしても、街に良くないことが起きて、それで逃げなければならなくなるのだとしたら。


それは、おれのせいなんじゃないか?

おれが考え無しに、この街にソラを連れてきてしまったから。


悪い予感が的中してしまいそうで、感覚的に身体の芯が冷えていく。


『…街には、おれとソラ以外にもたくさんの人がいる。ゲンやコウタ、ミコトもハルカも。彼らを置いて、おれたちだけで逃げろって言ってるのか?』

「そうとまでは言っていない。どうするかはお前次第だ」

『なんだよ、それ…』


ショウからは正確な答えを聞けない。だとしても、何かが起こる。それだけは確かだということは、ニュアンス的に分かった。


でもそれが分かったところで。

おれは、どうすればいいんだ?


その時、視界にびりびりとノイズが走った。


知っている。これは、意識が元の身体に戻ろうとしているんだ。


「…変な運命をぶつけたくないから、あまり言いたくないが」

ショウはおれに背を向けて、椅子の方へと歩いて行く。そして、軽く振り返った。

「これだけは伝えておく。…死ぬなよ」


『ちょっ、まっ…』

死という言葉の意味を呑み込めぬまま、意識が、だんだんと遠のいていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る