第95話 独り立ち
「そうだねぇ。もうソラちゃんいなくなっちゃうの寂しいもんねぇ。…あたしは、ソラちゃんが良いんなら、ずっとここにいてほしいなぁ」
ミコトはソラに寄り添って、彼女をぎゅっと抱きしめた。
たぶん、このメンバーで一番仲良くなったのは彼女たちだろう。二人ともおっとりした性格だから、フィーリングが合うのかもしれない。だからミコトとしては、せっかくできた友達と離れたくない。その気持ちは、何となく分かる。
そうじゃなくても、寂しい気持ちは皆一緒なんだけど。
ソラは抱き着いたミコトの頭に、こつんと頭をひっ付けた。
「ミコト、そう言ってくれると嬉しいんですけど…。もう皆さんに迷惑はかけられないので…」
「ごめんね、ソラ」ハルカはソラを見据えた。
「さっきは独り立ちとか言っちゃったけど、全然そういうつもりじゃないの。ミコトの言う通り、あなたが良いのなら、ここに残ってもいいのよ?」
そうだ。ソラの仕事が決まったということは、自分で稼げるようになったということだ。金銭面の問題が解決するのなら、ソラを無理に追い出す必要は無い。
「…ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」ソラもハルカに向き直る。
「でも、これはわたしのけじめなんです。一人で色々できるように、自立したいんです」
ソラの銀色の瞳は、真剣そのものだった。決して、冗談で言っている訳じゃない。本気だ。髪色は変わってしまっても、彼女の瞳は色褪せず輝き続けている。もう、遺跡の中で怯えていた彼女の面影は感じられない。
もしかすると、一週間で一番変わったのは、彼女かもしれないなと、不意に思った。
それと同時に、何かが引っかかる。
なんだろう。彼女が自立することは喜ばしいことなのに。妙な違和感を覚えた。
これは、なんだ?
「あ、でも!」ソラ表情を変えて、慌てた口ぶりで言った。
「皆さんともう会えなくなるわけじゃないですから!酒場にもいるので、ぜひ遊びに来てほしいです…!」
「まあ、それもそうね」
ハルカは少し諦めた表情で言った。彼女も、ソラが加わったことで、性格が穏やかになった気がする。まあ、相変わらずコウタには塩対応だけれど。そこはあれか、愛嬌というやつか。コウタは堪ったものじゃないかもしれないけれど。
そう考えているうちに、違和感はもうどこかに消えていった。
「うし!そんなら、次休日が決まったら、皆でソラの家でも探しに行くか!」
ゲンがぱん、と膝を叩いて立ち上がる。するとミコトが「あ!あたしもソラちゃんの部屋決めたい!」と賛同した。
「そうだ!俺西側の住宅地にめっちゃいい部屋あるの知ってるぜ?」
コウタが思い出したように手を叩く。
「えぇ~?コウタ君が選ぶ部屋大丈夫かなぁ?」
ミコトが怪しげな目線でコウタを見つめる。
「おい!だから俺の評価低過ぎんだろ!だいたい、ソラちゃんの職場俺が紹介したところなんだけど!?もっと褒めてくんない!?」
「でも、ソラが一人暮らしかぁ」ハルカは遠い目で空を見上げた。
「だったら、早く家事や料理を上達させないとね…。あなたひどいものだったから」
「あ、あはは…、そうですね」
ソラは苦笑いを浮かべて、申し訳なさそうに言う。
おれはソラの生活能力がほとんど崩壊していたのを思い出す。
目覚めてから初めの頃は、彼女は洗濯や買い物の仕方も知らなかった。記憶喪失で仕方のない部分もあるのだろうが、それに加えとにかく料理がひどかった。いつもおれたちが作っている野菜スープは、もう食材を切って多少の調味料を入れて煮るだけなのに、実際に出てきたのはまるで別物だった。その見た目を表現するのは非常に難しい。ひどいのは見た目だけかなと思ってスープを啜ると、甘さと辛さと苦さと渋みが口の中で大暴れして大変なことになった。
今日の焼きイモを見ても分かる通り、中々彼女の料理センスは凄いことになっているようだから、一人暮らしをするためには何とかしなければならない。
ちなみに、ソラの創造した超絶こげこげ焼きイモはコウタが美味しく食した。
「ソラちゃん!料理上達したら、店で振る舞ってくれよな!俺絶対食いに行くから!」
ソラはにこりと満面の笑みを浮かべた。
「はい、分かりました!約束ですからね!」
…約束。
突然、心臓がひゅっと縮こまる感覚に襲われる。
その言葉を聞くだけで、どうしても思い出してしまう。ショウから取り戻した記憶。誰かから託された、おれの忘れてしまっていた記憶。
『あなたが、守ってあげなさい。約束だからね』
彼女の言葉が、嫌に耳に残っている。鮮明だ。おれ自身が忘れようとしても、それは頭に焼き付いて、離れない。
あ、くる。
そう自覚した時には、いつもの“衝動”が訪れている。
おれは皆にバレないよう、瞼をゆっくりと閉じた。
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