第94話 就職

「んでも、仕事見つかって良かったよな、ソラ」


ゲンが焼きイモをもっしゃもっしゃと頬張りながらソラを見た。ソラもゲンに負けないぐらいの勢いで食事を平らげている。相変わらず容姿に見合わないすごい食欲だなと思うものの、口には出さない。


「はい!本当に、皆さんのおかげです…!」

ソラは食事の手を止めて立ち上がって、ぺこりとお辞儀をした。すると、コウタが胸を張って威張る。


「へっへーん!どうだ?俺の紹介した酒場。結構良かっただろ?」


ソラは、コウタの紹介で、このアルドラの街の南西にある酒場の一つ、「エルマの酒場」で働くことになった。どうやらそこは、コウタの行きつけの酒場だったらしい。


「あそこの店主、ずっと看板娘探してたからな。ソラちゃんなら適任だと思ってよ」

「はい、初めてお店に行った時も、すごく良くしてくれて…。店主さん親切な人でした」

「ホントよ…。なんでコウタなんかがあんな良い店知ってんのよ…。あんたが行くと場違い過ぎない?」


面接にはハルカも同行していたので、店の雰囲気を観察したようだった。おれも一度だけ店の前を通ったことがあるが、確かに、佇まいが洒落ているというか。それでいて、どこか庶民的な雰囲気も醸し出していて、とても入りやすそうだった。何気に、コウタはセンスがいいのだろうか。


「何言ってんだよ、俺にぴったりの場所じゃねえか!むしろ俺以外に合うやつなんているぅ?」

「うーん、どうだろ?」ミコトがずれた眼鏡をくいっと上げて、考える素振りを見せた。


「コウタ君ってどこかガサツで汚らしい場所にいるイメージがあるというか…?」

「いや真面目に考えなくていいから!てか俺のイメージ素直にひどくねぇ!?」

「あ、ごめん!言い間違えた!野蛮で不潔な場所だった!」

「全然言い直ってねぇし!むしろ悪くなってね!?」

「じゃあ、横暴で下劣な場所?」

「俺の印象地に落ちてんな!?じゃあ、の使い方も間違ってるし!てかもはや言い直す気ないだろ!?」


そのやり取りをみて、ソラがふっと笑みを溢す。

「うふふっ!なんだか楽しそうですね!」

「ソラちゃんも、そこ笑うところじゃねぇからね!?」


「ミコト、それを言いたいなら、男らしくて豪快な、とかだろ…」

おれはとりあえず会話がカオスになる前に訂正した。「ああ、それそれ!それを言いたかったんだよ~!」とミコトは言っているが、わざとなのか天然なのか。分からない。


「まあとにかく」

ハルカは焼きイモの最後の一欠けらをひょいと口に放り込んだ。


「これでソラも独り立ちできる準備はできたわね」

「そ、そうですね…」

ソラは苦笑いを浮かべながら、少し影を落とした表情で言った。


そうだ。仕事が決まれば、自分一人で金を稼げるようになる。そうなれば、おれたちの助力も必要なくなる。


正直、寂しくなるなという気持ちが先に出てきてしまった。

一週間だ。たった一週間でも、それなりに仲を深めることができた。それに、仕事から帰ってくるたびに彼女から「おかえり」と言ってもらえるだけで、少なからず元気をもらえた。


それが無くなるという喪失感は、何にも代えがたい。


「でも」

おれは焚火に薪をくべながら言った。

「稼ぎが安定して、家が決まるまではもう少し居られるんだろ?」


「ああ、そうだな。宿舎も俺たち以外誰も使ってねえし、まだ居ても大丈夫だろ」

ゲンは宿舎の部屋の方を見やった。この中庭からは幾つか部屋の窓が見られるが、明かりは付いておらず、閑散としている。当たり前だ。ここにはおれたちしかいないんだから。


原則、この宿舎は傭兵ギルドの者以外は利用できないが、ぶっちゃけそれ以外の人が利用したとしてもバレない。まあ古くてボロい宿舎だし、好んで利用しようとする人は少ないだろう。傭兵じゃない人が一人二人増えたところでそう変わらない。

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