第91話 論争

「だから言っただろ。ミコトにそんなこと聞くから、話が止まらなくなる」

ゲンがはぁ、と溜息を付きながら呟いた。


確かに、不用意だった。

なんでスライムはただの水の塊なのに動くんだろ?と聞いてしまったのが発端だ。ミコトはキラリと大きな黒縁眼鏡を光らせ、おれたちに熱く、そう、とても熱く語り始めた。こうなると、ミコトは別人のように喋りだして、全然止まってくれない。


ミコトはゲンのぼやきなど耳にも入れず、恋する乙女のような瞳で空を見上げる。

「本当に素敵だよねぇ、“物質型”の魔物って。未知に満ち溢れてるよね。ロマンの塊なんだよねぇ~」


ミコトって、魔物嫌いなんじゃなかったっけ。戦うのが苦手なだけで、そういうわけではないのか。どうやら彼女は、未知という言葉に興味を抱く系の女子らしい。どんな系譜の女子だよ。


今日は、ミルス湿地帯でスライムが大量発生したという依頼が来ていたので、ミコトが珍しく行きたいというから依頼を受けたものの。そういう理由があったのか。


コウタが呆れた様子でじとっとミコトを見た。


「なぁーにがロマンの塊だよ。あんな何考えてるか分からねえ魔物のどこがいいんだ?ただの水が動くとか、おばけと一緒じゃん、気持ち悪ぃ」


コウタは明らかに“物質型”の魔物を嫌悪している。

戦っている時も、ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしていた。たぶん、得体の知れないものに対して、恐怖を抱いているのだろう。その気持ちは分からないでもない。普通に考えて、水の塊が動くこと自体、異常なんだから。


ただ、その原因が<真名マナ>であるということが分かってしまえば、そこまで怖いものではないと思うんだけど。


ミコトがコウタに振り返った。やっとこちらの言葉が耳に入ったみたいだ。


「えぇ!?その何を考えているのか分からなくて、まだあたしたちが知らない部分があるってことが良いんじゃん!それに、スライムはぷよぷよしてて可愛いじゃん!」


まあ、スライムが可愛らしいということに関してはおれも同意する。見た目だけはね?あの水ブレスは可愛さを感じられなかったけど。


「はぁ!?全然可愛くねぇって!あんなんただの水の球体だろ?潰すと弾けてびっくりするし、可愛さの欠片も感じねぇよ!」


「そんなことないよ!スライムは可愛いんだよ!ねぇ!?ユウ君!」

「おれ!?」

急に話を振られると困る。ていうか、そんな潤んだ瞳で言われても。


「まあ、見た目は可愛らしいんじゃないかなとは思うけど…」

「ほらぁ!やっぱり信じるべきはユウ君だね!」

「えぇ…、お前あんなの可愛いと思うのかよ…」


コウタは引き気味におれを見ている。ええ?そこまで嫌がる?たかがスライムだよ?それともおれの感性がおかしいのか。


おれは記憶が無いけれど、この「スライム」という言葉自体の意味は分かる。なぜかとてもありふれていて、皆からも、そこまで嫌悪されるような存在じゃなかったような気がするが、おれの勘違いだろうか。


「俺も、可愛いとはまた違う気がするんだけどなぁ…。可愛いって、形のことを言っているのか?でもそれを可愛いと定義してしまうと、この世の丸い形すべてが可愛いということになってしまうし。確かに見た目はエメラルド色で綺麗ではあったけど、可愛くはないよな。どちらかと言うと綺麗だよな。いやいや、それとも…」


ゲンがうーんと考え込んでぶつぶつと言った。そんな真面目に考えることじゃないから。可愛いかどうかに理由を求めてるんじゃないから。フィーリングってやつで良いんだよ。律儀なやつだな。


「でも、これで二対二だね…!勝負はまだ終わっていないよ!」

「…何の勝負?」

ミコトが悔しそうな顔をして右手に握りこぶしを作っているのを見て、思わず突っ込んでしまった。


「何の勝負も何も、これは因縁の戦いなんだよユウ君!昔からスライムは可愛いか、可愛くないかであたしたちは言い争ってきたでしょ?」


なんだよそのどうでもいい言い争い。

「そんな、猫派か犬派かみたいな感じで言われても…」


「いくぞ、今日こそ決着を付けてやる!」

コウタは知らないうちに乗り気になっている。ミコトはコウタを挑発した。

「望むところだよ!さあ来い!コウタ君!ゲン君!」


うわぁ、付いていけねぇ。


かくして、スライムが可愛いか可愛くないかという謎の論争が勃発しようとした時。


「うっっっっっさいわね!!帰ってきたなら玄関前で喚いてないで早く上がってきなさいよね!!」


突如ドアをばたんと勢いよく開けて乱入してきたハルカによって、論争の火種は沈下された。

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