第90話 物質型

この世は<真名マナ>で満ち溢れている。


これがこの世界の絶対的法則なんだ。


真名マナ>は、この世界に存在する誰もが、いや、あらゆる存在が持っているものだってことは、研究者たちの間では一般的な知識として知られているよ。


人も、動物も、魔物も、樹も、花も、石も、大気も。絶対にそれを所持している。


誰がどうやって見つけたかじゃなくて。そういうものなんだよ。人が無意識に息をするように。自然に、それは存在していて、ありふれている。


まあ本当は、世界が<真名マナ>で満ち溢れた理由があるんだけど、それはまた別の話。


とにかく、<真名マナ>はこの世界の理の一つなのだということを覚えておいてね。


じゃあ、<真名マナ>って何?って言われると、それはそれで説明が難しいんだけど。


自分の本当の名前、という意味を持つことは分かってるんだけど、それがあることで、それ自体に何の意味があるのかが分からないんだ。


ただ分かることは、<真名マナ>が存在するっていう事実と、<真名マナ>がその存在に対して何かしらの嗜好性を示すということだけ。


どうやって存在を証明したのかは、幾つか事例があってね。まず、魔族が生み出した、“真名文字”。これによって人々は、<真名マナ>の存在を初めて知覚したんだ。それが今の魔術の基礎にもなっていることはもう知っていると思うけど。


そしてもう一つ。“物質型”の魔物が存在するってこと。


“物質型”は、それぞれ自然の元素の性質を持っていてね。地水火風を起点に、種類もたくさんいる。ただ、彼らは本来意思をもたないはずなのに、なぜ動けるのか、当時は判明できていなかったんだ。ああでも、今でも動く理由は完全に解明できていないんだけどね。


諸説は色々あってね。その中で一番有力なのが、ある方向性の<真名マナ>の集合が原因っていう説。これが、<真名マナ>の示す嗜好性にも繋がってくるんだけど。


例えば、前にも少し触れたヒカリゴケ。


これ、同じヒカリゴケだとしても、持っている<真名マナ>はそれぞれ違うって話をしたよね。光が“ひかえめ”なヒカリゴケ。光が“強い”ヒカリゴケ。ヒカリゴケにも、いわゆる性格、みたいなものがあるんだよ。それが<真名マナ>によって決められているのではないか、というのが、嗜好性の話ね。


そのうち、“強い”嗜好性を持つヒカリゴケがたくさん集まると、一定の方向性が生じる。そして、“強い”という嗜好性を保持するため、“強くあらねば”という方向性を生み、保持するだけのエネルギーが発生する。このエネルギーを糧に、彼らは“動き出す”。


だから、“物質型”には明確な意思があるわけじゃなくて。<真名マナ>の示す嗜好性に従って動いている、っていうのが、この説なんだ。


それを裏付ける理由も一応あるんだよ。“物質型”には共通して必ず核があるからね。それを破壊してしまうと、一気に瓦解しちゃうんだけど、これは、もっとも強い嗜好性を持った部分が破壊されることによって、方向性を保てなくなるためだって言われているんだ。


まあ、これも正直ホントかどうか分からないよ。もし、“いやいや、これは我々の知らない未知の理で動いてるんだよ!”ってな感じで言われたらそれもそうかもしれないし。自分たちが持てる知識で証明しようとして一番無難だったのが、その説だっただけってこと。


じゃあ結局、<真名マナ>ってなんだっけ?って?


それはまあ分からないよね。なぜそんなものが存在するのか。自分たちが人間である限り、それを完全に理解することはできないのかもしれないよね。それほどまでに、謎に包まれているものだから。


だた、今の時点で言えることは、<真名マナ>は嗜好性を決める存在であり、エネルギーであり、世界を構成する一つの理であるということ。


「…で」


ミコトは興奮した頭を冷ますように一拍置いた。


「あたしたちがさっき倒したスライムも、“物質型”ってわけなんだよ!」

「…へ、へぇー」


おれは相槌を打つほかなかった。まあ、何となく分かったけど。そうなんだ、以外の何物でもない。すごい勢いで話すものだから、ちょっと思考が追いつかない。

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