第89話 戦いという名の日常

「…悪いけど、こっちも少し助けてほしいかも!!」

おれもコウタに負けじと助けを叫んだ。


目の前の大スライム。

今はぷよんぷよん不規則に身体を動かして、攻撃してくるのかしてこないのか、よく分からない。何考えてるんだろ。いや、こいつらは知能みたいなものはないはずだ。ただ、本能に従って、行動しているだけだ。


その本能が攻撃しろと言ったら攻撃されるし、言わなかったらしない。単純だ。単純明晰。動きも遅いので、そこまで脅威ではない。だったら、助けを呼ぶほどでもないかもしれないが、正直、今のおれにこいつを倒す術がないのも事実だ。


さっきからおれはあの大スライムに向かって斬りつけていたが、あの厚さじゃ、核には剣が届かない。だからと言って、これ以上闇雲に斬りつけても、効果が現れるとも思えない。


どうしろってんだよ。

物理無効とか、ほぼ無敵じゃないか。


「ユウ君!!」

後ろの方から、黄色い声音が聞こえた。ミコトだ。応援に来てくれたのだ。


その時だった。


大スライムが動いた。知らない動きを見せた。ぷよんぷよん不規則に動いているのは変わらないが、身体の一部分に穴が空いた。おれたちが何かしたわけじゃない。大スライム自身が、身体に小さな穴を穿った。


その穴はみるみるうちに大きくなって、子供一人が入れるぐらいの大きさになった。

いったい何をするつもりなんだろう。分からないけれど。その穴がおれたちに向けられる。


やばい。

嫌な予感がした。


背筋がぞくっとした時にはおれは後ろにいたミコトを抱えて回避行動に移っていた。彼女と一緒に頭から、左側へダイブする。すると、大スライムの穴から、ぶばっという音とともに、大量の水が発射される。


水鉄砲だ。いや、その大きさ的には水大砲か。水大砲がおれたちの足元を通り過ぎて、ちょうどその先にあった岩にぶつかると、岩はいとも簡単に破壊されてしまった。


「…あ、ありがとユウ君。…げ。やっば」

腕の中のミコトが、粉々になった岩を凝視しながら呟く。岩をも砕く、高水圧ブレス。大きくなったスライムはこんなこともできるのか。


「って。感心してる場合じゃない!」


危うく死ぬところだった。あんなのに当たっていたら、ひとたまりもない。殺傷能力が半端じゃない。あんな可愛い見た目のスライムが、それやっちゃ駄目だろ。


「ミコト!どうする!?」


おれはミコトの手を引いて起き上がらせて駆け出した。いや、相手は動きが遅いから、走る必要ないんだけど。あれを見せられたら、何故か走りたくなった。おれたちは大スライムを中心にぐるりと走っている。


「ちょっと待ってて!」

後ろから走って付いて来ているミコトが何回か式紙を取り出した。そして、大スライムに向かって束ねた式紙を投げつけ、<呪文スペル>を唱えた。


「アイシィル・ヴォ・ル・エ・イェル!」


先ほどと同じく、地面に触れた瞬間式紙は氷へと変化し、大スライムに向かって氷の杭が飛び出た。大きさは小さなスライムたちを氷漬けにしたのと比ではない。氷の幅の直径的には一メートルは下らない。


それが大スライムに襲い掛かって、身体を劈く。あんなにぷよぷよしていた表面が一気に凍り付いた。またもや大きな氷のオブジェが出来上がった。


「ユウ君!今だよ!」

「…ああ!!」


おれはそう返事をして立ち止まると、剣先を凍り付いた大スライムに向けた。

どうすればいい?と自問するよりも早く、身体が動く。


握っている剣柄を自分の頭の右側に配置する。剣身はスライム目掛けて真っ直ぐ構え、左手でそっと剣身に触れさせる。


態勢を出来るだけ低くし、左脚に渾身の力を乗せて、地面を蹴った。


地面を蹴るごとに、どんどん加速してゆく。風を切る音。目の前には凍り付いたスライムの横腹。


狙うは一点。ありったけを叩き込む。

いけ。


加速に載せて、剣を前に突き出した。


サデン”。

剣士フェンサー>の<技術スキル>。


剣士フェンサー>には幾つかの基本的な<技術スキル>があって、“サデン”もその一つだ。


しかし、基本とは言っても、習得するにはかなりの技量を要する。


まず、対象の芯を捉えること。突き出す力が一点でなければ、威力が分散し、悪ければ剣身自体にもダメージを負ってしまう。


さらに、タイミングも重要だ。剣を突き出す際、腕を伸ばしきった、威力が最も乗るタイミングで突く必要もある。伸ばしきる前でも後でも、少しでもタイミングがずれてしまうと、威力が減殺してしまう。


それを意識しているわけではないけれど、そうだと、感覚的に理解する。身体が覚えている動きに添って、一気に剣を前に突き出す。


剣は大スライムの凍り付いた表面に吸い込まれるように伸びていく。そして、腕を伸ばしきった瞬間、ガツンという衝撃が身体全体に心地良く響いた。


大スライムの表面に剣がずぶりと突き刺さり、そこを中心にビキビキと亀裂が入る。突きの衝撃は衰えることなく、表面全てが亀裂で覆われると、次の瞬間には、大スライムは爆発するように瓦解した。


氷の破片が顔やら腕やらに当たって、ちくちくと冷たい。それが熱くなった頭や身体を冷やすように、ゆっくりと集中力を乱していく。


「…っはぁあ」

集中が切れた瞬間、身体がどっと重たくなるようだった。おれは止めていた息を吐き出す。やってやった、というよりも、やっと終わった、という感じだ。


「…すまん!片付いたんなら、こっちも手伝ってくれ!」

「助けてくれぇえええええ!!」


耳元で、ゲンとコウタの悲痛な叫びが聞こえた。振り向くと、小さなスライムたちに群がられている。コウタもゲンも物理攻撃しかできないから、中々数が減っていない。


「あーらら…。いこう!ユウ君!」

「そ、そうだね…」


ミコトに急かされながら、おれは重たくなった脚を持ち上げた。

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