第87話 記憶
「煩わしいだろ?お前の中の、記憶を取り戻したいという衝動」
確かに、煩わしいものであることは間違いない。
戦闘面では、身体が戦い方を覚えてくれているおかげでなんとかなっているが、時々現れる欲求みたいなものは、どうしても抗えない。
それが起こると、意識が分裂して、引っ張られるような感覚に陥る。
厄介なのは、それがいつ起きるか分からないということだ。
今回は戦いの中で衝動は襲ってこなかったが、もし次本当にヤバい時衝動に襲われたら。大変なことになってしまう。
そう思うと、早く取り戻した方が良いとは思うけれど、なんでショウに心配されているのか。
「それを早く取り戻さないと、お前は…」
ショウは何か言いかけたが、途中で口を止めてしまった。何を言いたかったのだろう。分からなかったけれど、溜息を付いた後、ショウはまた口を開く。
「まあいい。これも余計なことだな。…じゃあ、いくぞ」
『…!?』
ショウの言葉が終わった瞬間、びりっと頭から足の爪先に掛けて駆け巡った衝撃。まるで雷にでも打たれたような。身体中の内側で、電気が走っているような。
思念体になっていて、感覚は無いはずだけれど、なぜか刺すような痛みを感じる。
もしかして、おれのもとの身体と思念体がリンクしているから、そちら側の痛みが伝わっている?
分からない。というか、それを考えていられるほど、悠長に構えている余裕はなかった。
痛いし。苦しいし。きつい。
何これ。記憶を取り戻すのに、こんなに痛みが必要なのか?
続いて、脳天が熱くなった。
それが何なのかは分からなかった。ただ、何かがおれの頭の中に流れ込んできているのが分かる。それはさながら、頭を無理やりこじ開けて、熱湯を流し込まれている気分だ。そんなことはされたことがないはずだけど、そんな感覚だ。
頭が割れる。ノイズが走る。雑音が脳内を掻き乱していく。
痛い。やめろ。もういい。おれはただ———。
痛みがピークに達した時。
声が響いた。
その声は、徐々に鮮明になってゆく。それが女の声だと気付くのに、そう時間は掛からなかった。
『———ユウト』
景色は、あまり変わっていない。ショウの真っ白な世界のままだが、おれの目の前には、ぼんやりと誰か映っている。
その誰かが、はっきりと自分の名前を口にした。
『…あなたが』
顔は分からない。ぼんやりとしたままだ。ただ、黒髪なのだろうか。輪郭の外側が、黒くなっている。瞳の色も、どうやら黒だ。
あんたは、誰だ?
その黒髪の女は、おれの問いには答えない。ただただ真剣な雰囲気で、おれを見つめている。
そして、そっとおれに手を伸ばし、小指を立てて見せた。
『あなたが、守ってあげなさい。約束だからね』
凛とした声音が、脳に木霊した。
それは、懐かしさと哀愁を漂わせ、心の奥底へと浸透してゆく。
なぜだろう。心地いい。聞いたことがある。これは、誰?
でも、それは確信へと至らない。段々と、麻痺した脳が、痛覚を取り戻すように——。
「…どうだ?少しはおれのことを信用してくれただろうか?」
女の顔は、いつの間にか、引き攣った笑みを溢したショウに変わっていた。
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