第81話 昼休み

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「…ということで、原子とは、我々の世界を構築する最小構成単位を意味しており…」


先生の声が、静かな教室内を満たしている。


さっきからそれは、抑揚のないお経のように説明されているので、耳には聴こえていても、脳内には全く残らない。というか、興味が無い。


これは、興味を持てないおれが悪いのか、だらだらと眠たくなるような説明を繰り返す先生が悪いのか。


分からない。


キーン、コーン、カーン…。

そんなことを考えているうちに、チャイムの音が耳朶を打った。


「…んじゃあ、今日はここまでだな。皆、あとでレポート提出するように」


すでに先生の言葉に耳を傾ける生徒はほとんどおらず、皆刑務所から飛び出た囚人のように慌ただしくなる。


先生も、それが日常茶飯事なので、もはや注意すらすることはない。黙認して、自らも教室を後にする。


昼休みだ。


「…ゆうぅぅぅぅとぉぉぉぉ!!!」


なんだろう。どこからかおれの名前を大声で叫びながら走ってくるやつがいるんだけど。本当にどこのどいつだ。


まあ、そんなの一人しかいないんだけど。


「待たせたな相棒!正義の味方光太様の降臨だ!昼休みの平和は俺が守る!」

勢いよく走ってきた光太は、おれの目の前の席に飛び座った。


「…ホントにいい加減、毎回おれの名前を叫びながら走ってくるの止めてもらえる?」


おれはもう何回言い聞かせたか分からない台詞を口にするが、光太は気にすることなく続ける。


「連れねえなあ!俺とお前の仲だろう?それに俺はお前の名前を叫ぶことで布教活動してるんだよ!」

「…布教活動?」

「そう!勇人ってほんっと影薄いからなあ、俺がお前の名前を呼ぶことで皆に存在を認識させてやってんだよ。どうだ?健気だろう?この忠犬っぷり。褒めてくれてもいいんだぜ?」

「うわあ、余計なお世話」


そして毎回叫ぶ理由がバラバラなので、本当にフィーリングでただ叫んでいるだけなんだろう。


「あんた、本当にうるさいからね。マジで勇人と足して二で割れないかしら?」

そう言って、遥香が後ろの方から近づいてくる。さりげなくおれもディスられている気がするが、気のせいだろうか。


「いえーい!光太君相変わらず昼休みだけテンション高いよね!」

「うーん!実琴も相変わらず可愛い顔してコメント辛辣ぅ!」


実琴は光太とハイタッチすると、隣の空いている席に座る。なんかこの二人も、何故か気が合うんだよね。良いことなんだろうけど。


「まあそう言ってやんな。光太はうるさいことだけが存在意義なんだから」


最後に近づいてきたのは元だった。片手には、これでもかというほどぱんぱんになった弁当袋を持っている。どんだけ食う気なんだ。元はでかいからそれだけカロリーが必要なのだろうけど。


「はぁ~?睨みつけるような引き攣った笑顔しかできない元君に言われたくないんですけどぉ~?」

「…ほう。それはこの顔のことか?ん?」

「いいい痛い痛い痛い!暴力反対!放せ、コノヤロ!」


光太が元を煽るから、元は引き攣った笑顔を光太に近づけさせながら彼の頭を鷲掴みにしている。


授業中とは打って変わって、騒がしさが場を満たしている。


こんな風に、おれたちは昼休みになると、おれの席の周りに集まり始める。


それはおれが人気者とかそういうわけではなくて、ただ単に学校の中庭の見える風通しの良い席にいるからそうなっているだけだ。


いつからかは覚えていないが、いつの間にか、そうなっていた。


そして、集まって話すことと言えば、決まっている。


「そういえば、この前応募した漫画は残念だったねー」


そう言って切り出したのは実琴だ。実琴は持参した弁当のおかずを頬張りながら、ふーん、と溜息を付く。


「ああ。それな。今回は、今までで、一番、良かったと、思ってたん、だけどなあ」

元も負けず劣らず大きなカツサンドを頬張りながら応える。そのせいで言葉が途切れ途切れだ。


だいたい、昼休みはこうして漫研の話をしている。

今回の作品はああだとか。このジャンルはこうだとか。面白いアニメ見たよとか。話す内容はその日ごとに異なるが、漫研の話になるのはいつもと同じだ。


確かに、今回応募した漫画の出来は、一番良かった気がするが、結果は、落選。佳作にもならなかった。

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