第80話 無責任

「このアルドラの街にとどまって、何か情報を掴むまで、…その、働いてもらう」


働いてもらう、という部分だけ、戸惑っているように聴こえたのはおれだけだろうか。妙に遠慮したような言い方だった。


ハルカはそれを隠すように話を続けた。


「ソラ。よく聴いて。もう勘づいているかもしれないけれど。私たちは、ずっとあなたを匿えるほどの余裕が無いの。恥ずかしい話だけど、私たちは私たちで手一杯。それでも生きていかなければいけない。そして生きていくにはお金が要る。でもお金は、働かないと手に入らない…」


手合わせした後のハルカの言葉を思い出す。


ハルカは何も先のことを考えられていなかったおれに、どうするつもりなの?と問いかけてくれた。おれは、答えられなかったけど。


彼女は、彼女なりに、先のことを考えていたんだ。

ソラも、おれたちもうまくやっていけるように。


「…正直」ハルカは落としていた目線をソラに向けた。


「私は、あなたのことを疑っていたわ。誰かに追われているってことは、まあ、こんな物騒な世界だし、何かしら原因があるはずだから。もし変なやつだったら、すぐにでも追い出してやろうと思ってた。でも、あなたが目を覚まして、今までの言動を見てて。何か悪さをするような子じゃないってことだけは、分かった」


「ハルカ…」

おれはいつの間にかそう独りごちていた。そこには、ソラのことを不気味と口にしていたハルカの面影は無く、真っ直ぐにソラを見据える姿だけが映っている。


「だから、私はあなたにできるだけ協力したい。もう、しばらくはこの街に留まることしか選択肢がないんだったら、一緒に仕事を探してあげるわ。そこら辺は、コウタが色々伝手を持ってるから」


「お、俺?!?」

急に振られたコウタは、椅子から転げ落ちそうな態勢になる。


「そうよ。あんた、色んな店ほっつき歩いて常連になってるの知ってんだから。それぐらい、人脈はあるでしょ?」


「ま、まあね?俺が一声かければ?それぐらいちょろいもんだけど?」

その後、取り繕うようにぴんと背筋を伸ばして、見るからに照れている。


「…でも」ハルカはそんなコウタを横目に、ソラに視線を戻した。


「決めるのはあなたよ。さっきはここに留まるしか選択肢がないと言ったけれど、あなた一人でこの街を飛び出して旅をすることも出来る。他の街に移り住むという選択肢も無くはないわ。もちろん、あなたは追われている身だから、危険は付き纏うかもしれないけれど」


ハルカは、あえて自分たちも一緒に、とは言わなかった。もちろん、ソラがそう言うのであれば、付いて行ってあげたい。でも、大きな問題は、おれたちが傭兵だから、ということだ。


傭兵ギルドに所属している者は皆、傭兵になると、どこかの街に派遣される。


これは、傭兵がある一つの街に偏らないためでもある。そのためおれたちは、異動でもしない限り、他の街に勝手に行くことが出来ない。異動申請すれば、出来なくもないかもしれない。しかし、それにも理由や審査が必要だから、かなりの手間がかかる。


おれは自分の手を見つめていた。


おれは。


どうしたいんだろうか。

結局、ソラを連れてきてしまったのは自分だ。あの場では、そうするしかなかった、というのもある。だけどそれは言い訳だ。ソラを連れてきた責任はおれにある。そう、責任。ソラだけじゃない。皆にも、迷惑を掛けている。現に、今はハルカに頼りっきりだ。


どうすべき、なんだろうか。


ハルカは、ソラに言ったつもりだろうけど、おれ自身にも問われている気がした。

働くところ。コウタだけに任せていいんだろうか。おれも、何も伝手は無いけど、探した方が?


それにもし、ソラがどこか別の街に行きたい、と言ったら?その可能性もある。おれ一人だけでも付いて行くべきなんじゃないか。でもそのあとは?何を頼って生きていけばいい?仕事は?生活は?


なんだよおれ。


何にも、知らないじゃないか。


おれはソラを助けたと思っていた。でも違った。勘違いだった。ソラはまだ全然助かっちゃいない。


人を助けるのって。

こんなに、大変だったのか。


「すぐにとは言わないわ。一週間程度なら私たちも面倒を見てあげられる。それまでに、これからどうするか、決めてみて」


一週間。おれたちが考えられる時間。それは長いようで、きっと短い。


「…はい」

ソラは、ハルカの言葉を、黙ってずっと聞いていた。もう涙は引いていて、銀色の瞳は真剣そのものだ。


でも。


追われている身で。急に、こんなところに連れてこられて。働けと言われて。

今の彼女は、何を思っているのだろう。


無責任。


そう誰かから、言われた気がした。

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