第79話 現実

「…おいハルカ。それ、別に今じゃなくていいだろ!ソラちゃん見て分かんねえのか!?」


割って入ったのはコウタだった。コウタはソラに感化されてしまったのか、普段のおちゃらけた雰囲気とは違い、かなり感情的になっている。


そんなコウタをハルカはぎろりと睨んだ。


「…コウタ。あんたは黙ってなさい。…どうせ、今の機会を逃したら、同情心から何も言い出せなくなって、空気が悪くなるのは目に見えているわ。だから、今のうちに、初動を決めておきたいの」


「で、でもよぉ…!」


「…そうだな。けっこうこれは、俺たちにとっても重要なことだ。これからの方針に関わってくる。コウタ、気持ちは分かるけど、今は抑えてくれ」


そう言ったのはゲンだ。ゲンもハルカに同意するように頷いて、コウタを制した。コウタは眉間に皺を寄せて苦い顔をしたが、「くそっ!分かったよ!」と言葉を溢して椅子にどかっと座ってしまった。


「………」

おれは、その間で、彼らのやり取りを見ているしか出来なかった。だって、どちらの言い分も正しかったから。


ソラの気持ちを慮って、同情したコウタ。冷静に物事を判断して、同情心を断ち切ったハルカとゲン。


正反対でいて、どちらも間違っていない。


じゃあ。

どちらにも動けなかったおれは、何だったのだろうか。


急に、虚しさが胸を突く。


「…ハルカ、続けてくれ」

その答えが出るはずもなく、話は続けられる。ハルカは無言で頷いて、ソラに向き直った。


「ソラ。単刀直入に言うわ。あなたは、得体の知れない組織から追われている。間違いないわね?」


おれが、皆に話したことだ。ソラはホワイトとネイビーなる者たちに追われていたようで、逃げた先があの遺跡だったと。


それにたぶん。

これは憶測になるが、ソラを追っているのはホワイトとネイビーの二人だけじゃない。彼らの発言や雰囲気。何か組織立ったものを感じたから、そうハルカたちには伝えていた。


ソラは、まだ涙の跡が残る顔でハルカと目線を交わす。


「…はい。そうです」

ソラも、真剣な顔つきだった。でもよく見ると、手が僅かに震えている。それに気が付いたミコトは、彼女に寄り添ってそっと手を置いた。


「ソラちゃん、大丈夫だからね」ミコトは優しく囁いて、ソラに微笑みかけた。彼女なりの、励ましだったのだろう。「はい、ありがとうございます」ソラは感謝の言葉を実琴に返すと、またハルカに向き直った。


「…でも、あなたは記憶喪失になっていた。自分が何者なのか、なんで追われているのか、その組織の目的が何なのか、全く分からない。それも間違いない?」


「…はい。間違いありません。ただ、怖くて、何かから逃げていたことしか…」


それは、以前遺跡の中で話した内容と、ほとんど変わっていなかった。ソラは霧を抜けたあとずっと寝たきりだったものの、もう数日は経過していた。何か思い出せたらいいかと思ったけれど。


そう簡単なことではないことは、同じく記憶を失っているおれがよく分かる。


「…うーん」ハルカは頬杖を突いて、地面に目線を落とす。「何も手掛かりなしか…。さすがに判断するには情報が少なすぎるわね…」


何を判断しているのかがよく理解できなかったが、「…んでも」とゲンが声を張った。


「大樹の森に逃げることができたってことは、その周辺の街や村のどこかから来たってことはないのか?」


それは確かに、と思った。遺跡で出会ったソラは、旅をするには不相応な私服?だったし、食糧も何も持っていなかった。とても遠くから来たとは考えにくい。ただ、おれはここら辺の土地勘が全く無いので、街や村の所在地は見当もつかないのだが。


ソラの隣のミコトが、うーん、と低く唸った。


「一度、大樹の森周辺の地図を見たことがあるんだけど、どの街や村もそれなりに距離があるよ。それに、村にも満たない集落は数え切れないほどあるし、もしそこからソラちゃんがいた場所を探すとなると、…正直難しいかも…」


ミコトはかっくりとうながれてしまう。

「…でも」おれはそれを聞いて、一つの不安材料が思い浮かんだ。


「もし、ソラの帰る場所が分かったとして。そこは本当に安全と言えるのかな?もしかしたら、ソラはそこから逃げ出したのかもしれないし」


おれはソラを見た。遺跡であれだけ怖がっていた彼女を見たのはおれだけだ。それを考えると、彼女を帰すという発想自体、間違っているかもしれない。


「なるほどね…、もといた場所に帰すのもリスキー。…だいたい状況は分かったわ」

ハルカは口元に触れていた指をそっと外して、おれたちを見回した。


「本当は、ギルドに相談して、彼女を匿ってもらおうと思っていたんだけど。彼女が何者かから追われていることを考えると、あまりそれを他の誰かにバラすのは止めた方が良いかもね。かといって、私たちだけで街や村、集落を当たって、情報を集めるのもほぼ不可能」


傭兵ギルドに助けてもらう。その発想も、無くはなかった。


ただ、ハルカの言うように、匿ってもらうには匿ってもらえるだけの理由がいるから、状況を話さなければならない。もしそれが他の者に漏れてしまって、どこかにいるホワイトやネイビー、組織の人間の耳に入ってしまったら、この場所がバレてしまう。それをハルカは懸念しているのだろう。


「だから、とりあえず考えられる方針は一つね」


ハルカは指を一本立てる仕種をした。ソラはずっと黙ったまま、静かに後に続く言葉を待っている。

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