第78話 美味しい

「この蒸かしイモ、すごく美味しいです!」


銀色の瞳をきらきらと輝かせながら、ソラは蒸かしイモを頬張る。よほどお腹が空いていたのか、ソラの手が止まる様子は無く、用意していた食べ物を片っ端から平らげていく。


「ソラちゃん、すげえ食欲だな…」


さすがのコウタも、呆れ半分でソラに見入っている。


簡単な自己紹介を終えた後は、そのまま夕飯に移った。ソラがいるということもあって、今日は今までで一番豪華な夕飯だ。


いつものスープと蒸かしイモに加え、コウタの大好物である串肉、さらにタイラバの煮つけというメニューだ。串肉は分厚いにもかかわらず、齧り付くと肉汁が溢れて口の中ですぐ溶けてしまう柔らかさだ。この味付けがまた蒸かしイモとよく合う。


タイラバはここら一帯では取れない魚で、行商人が運んできたものを買い取った。ここアルドラは、近くに河も海も無い。そんなこともあって、家畜の肉よりか、魚の肉の方が高かったりするのだが、今日ぐらいは奮発してもいいだろうと、ハルカの許可を得たのだった。


このタイラバの煮つけも絶品だ。タイラバの柔らかくて淡白な白身に、甘辛い味付けの出汁がよく染み込んでいる。ゲン特製の味付けだったのだが、意外にもゲンは料理が得意で、彼に当番が回ってくるときはかなり凝った料理がいつも出てくる。


そんな日頃味わえない料理ということもあって、おれたちもソラに負けじと手を止めることなく、全ての料理を平らげてしまった。


「…ああ、美味しかったねぇ…」

ミコトは満足げな表情で、自分のお腹を摩っている。


「そうだな。久々に、生きてて良かったと思えたよ」

ゲンも、その余韻に浸るようにミコトの発言に応える。いつもの強面な表情が少しだけ和らいだ気がする。気のせいかもしれないけど。


「あーあ、こんな飯が毎日喰えたらなぁ…」

コウタは名残惜しそうに空になった皿を見つめて言った。確かにその通りだ。こんな贅沢な料理を毎日喰えたなら。もっと仕事を頑張れるかもしれないのに。


結局、おれたちはまだまだ貧乏だから、贅沢できたとしてもこれぐらいが限界だ。それが皆分かっているから、余計に心に染みる。


「…うっ」

そこに、ぽつりと誰かの声が紛れた。


その声は、段々と大きくなり、それが嗚咽だと分かるまでに、時間は掛からなかった。


ソラだった。


彼女は、少し俯いて、潤んだ瞳から一筋の涙が零れる。


「ソ、ソラちゃん!?大丈夫!?何か悪かった!?お腹でも痛いの!?」


隣にいたミコトが、立ち上がって駆け寄った。他の皆も同様に、心配の視線を送る。


「…いえ…。ぐすっ、す、すみません…。違うんです…。あまりに美味しかったもので…」


ソラは浮かべた涙を手で拭ってそう応えた。彼女の言う通り、料理の味は絶品だったのだけれど。そ、そんなに泣くほどのことだっただろうか。


ソラは、嗚咽を漏らしながらも言葉を紡ぐ。


「…わたし、今までのことは、全然、覚えていないんですけど…。こ、こんなに温かくて、美味しい料理を、初めて食べた気がして…。すみません、なんか、急に、嬉しくなっちゃって…」


心が、抉られるようだった。


そうだ。


ソラは、ずっと追いかけられていた。なんで追いかけられていたのかはまだ分からないけれど、それは本当に辛かったはずだ。


ろくに、食べることもできていなかったのかもしれない。逃げて、怯えて、それどころじゃなかったかもしれない。


それを思うと、彼女の気持ちが嫌というほど伝わってきて。

急に、目頭が熱くなってきた。


そうだよな。そりゃそうなるよ。辛かった、よな。


ゲンとハルカはやるせない表情を焚火に向けている。コウタなんかは今にももらい泣きしそうにぷるぷると肩が震えていた。


「…大丈夫、あたしたちは、味方だから…。安心して…」

ミコトも涙を溢しながらも、ソラにそっと寄り添って肩を抱いた。それはまさしく、母親のような温かみを感じさせる。


こういう時、ミコトのような存在は本当に有り難いなと思う。こればかりは、ゲンやコウタ、ハルカ、おれでもできない、ミコトだからこそ持っている温かみだ。


しかし、それと同時に現実を突きつけられる。


そうまでして追われていた彼女は、いったい何者なのか、と。


口を開いたのはハルカだった。


「…ソラ」彼女の赤い瞳が、いつになく真剣で。おれは、おれたちは声を出すことが出来ない。


「…話を折るようで、ごめんなさい。でも、これからの話を、させてほしいの」


ハルカは、落ち着いた口調で問いかけた。

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