第77話 笑って
「あなたが覚えていなくても、私たちを助けてくれたのは事実だわ。だからそう、変に気負わなくていいのよ」
ハルカは柔らかな声音でそう言う。おれはハルカとの手合わせの後彼女が口にしたことが頭を過った。
不気味だ、と彼女は言っていた。
でも今は、優し気にソラと話している。どういうことなのだろう。これは打ち解けたと思っていいのだろうか。それとも、まだ警戒しているから、こういう態度なのか。
分からなかったが、全然いつものハルカらしくないことだけは確かだ。
「あ、ありがとうございます…。えっと…」
ソラはその銀色の瞳でハルカを見返して、動きが止まった。何かを考えているようだ。そしてすっと彼女の視線がおれに向けられた。
「…ユウト、その、彼女の名前は…?」
「え?名前?…あ、そうか」おれははっとした。
「そういえば、自己紹介まだだったね!」
同じことを考えていたらしいミコトが思い出したように言った。そうだった、あれこれやっているうちに、自己紹介のことを忘れていた。
「じゃあ、私からいくね。私はミコトです!幼いころから魔術の勉強をしていて、今は傭兵の<
ミコトは明るめな口調で端的に自己紹介を済ませると、ソラに軽く手を振った。
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」とソラは慌ててお辞儀をする。
そういう風にやっていくのかと理解したおれは、ミコトの隣にいるコウタを見た。ゲンたちも、コウタを見つめる。
「え?あ、俺!?」遅れて理解したコウタは、しゃきっと姿勢を正してソラに向き直って敬礼した。…敬礼?なんで?
「お、俺は、コウタだ!今は<
おれはぼそっと呟いた。「色々って何だよ…」
「う、うっせぇな!色々っつったら色々なんだよ、分かれ!感じろ!」
「いや、無理だし…」
おれは呆れた目をコウタに向けた。
こんなにあからさまに緊張しているコウタを見るのは初めてだった。分かりやすく固くなって、早口になっている。ちょっと面白い。ソラは苦笑いを浮かべて、コウタに頭を下げた。
「じゃあもう、私が先に言うわね。私はハルカよ。<
ハルカはソラを見て微笑んだ。ソラは目を合わせるや、「は、はい!こちらこそ」と顔を赤くして言う。
「いやいや待て待て!ソラちゃん!気を付けろ!ハルカはそう言っているけど、怒るとクソ怖ぇからね!?その言葉に騙されちゃ駄目だぜ!?」
そう言ってコウタはハルカを指さした。それもあながち間違いじゃないだろう。確かにハルカを怒らせると怖いのは、ソラ以外の誰もが知っている。
でもさ。今そんなこと言ったら。
「コウタくん?少し黙っててくれるかしら?」
「ひっ、ひぃいいいい!」
ハルカは満面の笑みを浮かべてコウタを威圧した。コウタは怯えてゲンの後ろに引き下がってしまったが、まあ、そうなるよね。ていうか、笑顔で威圧するって何だろう。怖すぎる。
理解したのかどうか分からないけれど、それを見てソラは頬を引き攣らせていた。
皆の視線がゲンに移ったので、ゲンは、うん、と軽く咳払いをする。
「俺はゲンだ。このパーティでは<
ゲンはそう言うとソラに右手を差し伸べた。たぶん握手をするつもりだったのだろうが、ソラはびくっと身体を震わせる素振りを見せて、早口で言った。
「ご、ごめんなさい!」
「…え?」
握手を拒絶された上に、なぜか謝られたゲンは戸惑っている。
「あ、あの。さっきからずっと怒ってらっしゃったので、その、わたし、何か悪いことをしてしまったのでしょうか…?もしそうなら、謝ります!すみません!」
ソラは怯えた様子で目を固く閉じ、ゲンに頭を下げた。
ん?なぜだ?と一瞬皆頭に疑問が生じる。
「…ぷっ」
沈黙を破って、初めに噴き出したのはミコトだった。
ミコトが肩を震わせて笑いを堪えているのを見て、ああ、そういうことかと、ソラとゲン以外は意味を理解した。
「ごめんねソラちゃん、急に笑って。違うの、ゲンくんはいつもこんな表情なんだよ。だから別に、怒ってるわけじゃないんだよ」
ミコトは目に浮かべた涙を拭いながらソラに説明する。「そ、そうなんですか!?」ソラは驚いた顔を持ち上げて言った。
「そうそう!ゲンはこれが普通なんだから」
「あっははははははっ!!ゲンお前、顔が怖いってよ!」
ハルカとコウタは、同じ格好で腹を抱えて笑い出した。
「そ、そういうことか…」ゲンは跪いて、あからさまに落ち込んでいる。
「すみません!わたしの早とちりで!全然、そういうつもりでは…」
ソラは落ち込んでしまったゲンを慰めるように肩に手を置く。「いいよ、別に…。いつものことだから…」ゲンは悲し気に呟いた。
笑い声が、おれの鼓膜を響かせる。
最初はどうなるかと思ったけれど、いつの間にか楽し気な雰囲気に包まれている。
おれは横目でソラを見た。彼女はまだ少し固く、ゲンに酷いことを言ってしまったのを必死に謝っているが、その慌てぶりが、彼女らしいというか。
でも。
なんとか馴染めそうで、良かった。
おれはいつの間にか自分の頬が緩んでいるのに、全く気が付かなかった。
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