第76話 対面と委縮

「…えっと、そ、その、あの…。は、はじめまして、ソラと申します…」


パチッという薪の弾ける音が聴こえる。


焚火を囲って皆の前で挨拶をするソラの顔は、仄かに赤みがかっている。それが、恥ずかしさゆえなのか、焚火のせいなのかは、よく見えない。


いや、どっちもか。


「いいよぉ、全然気にしてないから」たはは、とミコトが心地良く笑った。

でもソラは、椅子に座ってさらに縮こまる。


「で、ですが、色々とご迷惑をお掛けしたようで…」

「そんなことないよ、ね?ゲンくん?」

「え?俺?あ、ああ、そうだな、その通りだ」


ゲンが歯切れ悪く頷いた。それもそうだ。さっきからどこか、リズムが悪いというか。


まあ、仕方ない。皆も、どうしていいか分からないんだ。


おれは小さくなっているソラを眺めた。


ソラは、今日の午後、突然目を覚ました。面倒を見ていたミコトがそれを教えてくれて、おれとハルカが様子を見に行ったのが数時間前の話だ。


それから、女性陣が風呂を沸かしてソラを入浴させているうちに、ゲンとコウタが帰ってきて、夕飯前の今に至る。


正直、ソラが霧の中で見せたような状態だったらどうしようと心配だったものの、それは杞憂だったみたいだ。遺跡での彼女に戻っているようで、おれはとりあえず一安心した。


それはとても喜ばしいことなのだけれど。


さっきからソラは、ずっとこの調子なのは、どうしたものか。


人前で話すのが苦手なのか、おどおどして目を合わせてくれない。それに迷惑を掛けてしまったと思っているようで、なかなか心を開いてくれない。


あの時のように、普通に話してくれればいいのに、と思ったが、まあ実際そう上手くいかないか。もし自分が彼女の立場だったら、自分もああいう感じになっていたかもしれない。


ゲンたちはゲンたちで、霧の中での彼女しか知らないから、そのギャップに驚いているようだった。それで余計、距離を測りかねている。


コウタがこっちに近づいて来て、そっと耳打ちした。


「…おいおいユウト、この子全然雰囲気違うじゃん!」

「だからそう言っただろ…。恥ずかしがり屋と言うか、大人しそうな子なんだって」

おれも、小さな声で呟いた。遺跡での彼女の雰囲気は事前に彼らにも伝えていたが、確かに、これは実際見てみないと分からないものだ。


「っていうか、コウタ何か話しかけろよ、ソラ困ってるだろ」

おれはコウタに話題を振るよう言ってみた。こういう時、良い感じに場を崩してくれるのがコウタだ。ここは彼に一発かましてもらおう。


でもコウタは全力で否定した。


「ばっかお前!変なやつだと思われたらどうすんだよ!?」

「え?なんで?コウタそういうの得意じゃん」

おれは素材を売るときのコウタを思い出した。話を持っていくのが、とても上手かったと思うのだけれど。


「いやいや!こんなかわいい女の子の前じゃ無理だって!」

コウタは顔を隠して首を振る。え?そういうことなの?


今さらそこ、気にするんだ…。


おれは改めてソラを見た。

遺跡での彼女は、傷だらけで薄汚れていたが、今は汚れ一つ無く、きめ細やかな肌が露わになり、ベージュ色の女の子らしい服装でその身を纏っている。


真っ白な髪は絹のように一本一本艶やかで、潤んだ銀色の瞳は輝きを取り戻し、さらに磨き抜かれたように焚火の光を反射していた。


コウタが言った、かわいい女の子、が頭の中で反復し、自分でも顔が紅潮するのが分かる。


確かに、こう見るとソラは美人だよな。人間離れしているというか。顔も小さくて整っていて、悪いところを見つける方が難しい。


ハルカやミコトも綺麗だとは思うけれど、それとは別の、人間離れした美しさを感じられる。


そりゃあ、コウタも恥ずかしがるわけだ。


「そう落ち込まないでよ。気にしてないのはホントだから」

ハルカが蹲っているソラの肩に手を置いて目線を合わせた。


「それに、むしろこっちがお礼を言わないといけないわ。あなたが私たちを霧の中から助けてくれたんだから」


ソラは一瞬顔を持ち上げたが、また少し目線を落としてしまった。


「はい…。でもすみません。そのこと、全然覚えてなくて…」


ソラが目を覚ましてすぐに、宿舎にいたおれたちはあの後どうなったのかを少しだけソラに伝えていた。なぜ自分がこんなところにいるのか、初めは動揺していたが、今は何となく状況を呑み込めたようだ。


しかし、彼女が言うように、霧の中での出来事は、まるっきり覚えていないらしい。自分でも、何が起こったか分からないと言っていたのを、おれは頭の隅で思い出した。


じゃあ、あれは本当に何だったのだろう。


彼女の意識は眠っていたということなのか。でも彼女から確実に、意思を感じた。しっかりと、明確な意思で動いていたような。それは彼女の手を握っていたおれにしか分からないのかもしれないけど。


ただ、それを今言ったところで、何の証拠も無いから、何とも言えない。それに、ソラをさらに不安にさせるだけで、良いことが無い。


これは黙っておこう、と心中で呟いた。

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