第75話 戸惑い
「…それよりさ、ユウトあんた」
動けるようになったのか、ハルカがごろりと身体ごとこちらに向けた。
「あの女の子、どうするつもりなのよ?」
おれは瞬間、身体が強張るのを感じた。
どうする、と言われて、何となくハルカの言いたいことが分かってしまったからだ。
「そりゃあ、目が覚めるまで面倒見ようかな、って…」
「そうじゃなくて、そのあとの話よ。今はお金に少し余裕があるけど、それがずっと続くわけじゃないわ。それに、あの子が目を覚ましたとして、あの子自身は今後どうするつもりなの?それをユウトは知ってるの?」
おれは言葉に詰まってしまった。その通りだ。ハルカの言うことは正しい。正論過ぎて、何も言い返せない。
「…彼女、追われていたんでしょ?」
おれはソラと出会ってからのことを、ハルカたちに伝えていた。一緒に迷子になって出口を探していたこと。そして、ホワイト、ネイビーと名乗る者との遭遇と戦闘。
今思い出しただけでも、手に汗が滲む。
そこの上でちょうどハルカたちが戦っていて、天井が崩れた勢いで何とかその場をやり過ごせた。
が、あのまま戦っていたらどうなっていたか。
想像もつかない。想像したくもない。
でもおれたちは何とか逃げ切れた。遺跡を抜け出して、霧からも脱出できた。ホワイトたちが追ってくるのではないかとひやひやしたが、彼らが帰り道に襲ってくる気配はなかった。
まあ、遺跡でホワイトとネイビーに会ったのはおれとソラだけだし、おれが誰で、どこに住んでいるかなんて分からないだろうから、おれたちを追ってくることはほぼ不可能なはずだ。
だから、うまく撒けたと、思いたいんだけど。
それでも、不安は付き纏う。おれが傭兵ということは知られているわけで、そこから情報が漏れなくもない。それに、ソラを追いかけて来られた理由も気になる。彼女の行方を察知する何かを持っているかもしれないし、それ以外にも考えもつかない方法を持っているかもしれない。
そんなことを言い出したらキリがないが、百パーセント大丈夫、安心できるなんて状況にはならないだろう。
だからこそ実際、ハルカは納得いっていない様子だった。
他の皆もそうだ。得体の知れないやつらに追いかけられている女の子を連れ帰ってしまったのだから、当然良い顔はしていない。顔には出さなかったけれど、おれがその話をした時は、そういう雰囲気を感じていた。
黙ってしまったおれを見て、ハルカは一つ溜息を付く。
「…まあ、あんたも、悪気があってやったことじゃないかもしれないけどさ。あんまり面倒ごとを持ち込んできてほしくは無いの。知ってるでしょ?私たちはそんな暇無んだから」
「……」
おれは喉に詰まった行き場の無い気持ちを逃がすように、空を見上げた。
分かっている。
そんなこと。ハルカの言いたいことも。でも、彼女のことを知ってしまった今、自分がどうしたらいいか正直分からなかった。
助けたい、とは思っている。でも、だからといっておれたちに何か出来ることがあるわけでもない。気持ちだけ先行して、現実が置いてけぼりになってしまっている。
現状、彼女を匿っているだけで精一杯なのは確かだ。
おれの無言を返事と捉えて、ハルカは続ける。
「あの子に、感謝はしているわ。どうやったか知らないけど、あの子が窪地まで私たちを誘導してくれたんだから。霧も晴れて、アルドラに帰ることができた。だからその恩を返すっていう意味も込めて、今はここで休ませてあげてるけど」
ハルカは上半身を起こして、目線を自分の膝に落とした。
「…ちょっと、不気味なのよね」
冷たいものが心臓に突き刺さったような感覚を味わって、おれは一瞬息が止まった。
あの時の、ソラの目。ぼやけた鏡みたいな、何も映さない虚空の目を思い出す。
不気味、という意味は、ソラのことだけじゃない。おれたちは、霧が晴れた後、遺跡がどうなったかを確認しようともう一度大樹の森へ赴いた。でも。
無かったのだ。遺跡が。跡形も無く。
そもそも、ハルカが遺跡まで付けていった目印すら見当たらない。窪地の周辺から付けていったはずなのに、いくら探しても、見つからない。
皆が夢を見ていたわけじゃない。夢だったら、ソラはここにいないはずだ。でも、彼女は幻なんかではなくて、ちゃんと実体がある人間だ。
濃密な霧。消えた目印。謎の遺跡。あの時見せたソラの状態。全てがどう関係しているかは全く不明だが、それを不気味と言わずに、何と言うか。
おれは、いや、と心の中で否定した。
ハルカたちは、遺跡の中での彼女を知らないのだ。そりゃあ、窪地まで導いてくれた彼女だけを見たら、誰だって怪しく思うだろう。でも、それは違う。
だから、それをハルカたちが知ってくれたら。
そう思ったところで、別の不安が頭を過った。
もし、ソラが起きても、まだあの状態だったら。おれは、どうしたらいいのだろう。分からない。分からないことが多すぎて、分からないことが分からない。
「…なんか、ごめん」
おれはやるせない気持ちのまま、それだけを言葉にした。
「いいわよ、もう」
ハルカは溜息を混ぜながら呟いた。
「あんたも、どうしようもないくらい…」
すると、ハルカの声が続く前に、誰かが廊下を走る音が中庭まで届いてきた。
誰だろうと思ったが、今宿舎にいるのはミコトとソラだけだ。ということは、この足音はミコトか。
そう判断したところで、廊下の向こうからこっちに走ってくるミコトの姿が窺えた。
「ハルカちゃん!ユウくん!」
走りながら、ミコトはこっちに声を掛けた。
「あ、あの子が!ソラちゃんが!」
そう言って、ミコトは廊下の奥の方を指さした。
おれは、血流が早くなるのを感じた。
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