第69話 堤防
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“お急ぎのところ、大変申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしております”
工事中の看板が、目の前にある。
今日もか。
おれは視界を転じて、まっすぐ開けた道を目に入れた。
放課後の帰り道。いつもの、一日の終わりを感じながら、おれは一人堤防に向かって歩を進める。
不意に、今日もあの子はいるのかな、という言葉が頭の中で弾けた。
いや、その言い方はおかしいだろ、と自分自身にツッコむ。
まるで、自分があの子に会いたがっているみたいじゃないか。というか、それはストーカー?ストーカーではないか。違う。じゃあなんだ?チラ見魔?なんだそれ。
もうわけが分からない。
だっておれは、いつもの帰り道が使えないから、仕方なく次に近いであろうこの堤防を通っているだけだ。そこに彼女がいつもいるから、ただ視界に入ってしまうだけで。
別に、いなかったらいなかったで、どうということはない。
どうしちゃったんだろ、って心配にはなるけれど。
今日は部活に集まっていたこともあり、もう夕日は西の空に沈み、余韻を残したオレンジ色の空だけが脳裏に焼き付いた。
帰りが遅いから、もういないかもしれない、と思った。振り返ると、東の空は夜の気配が忍び込み、一番星が輝いている。
彼女はいつも同じような絵を描いているから。真っ赤な夕空と夕日を写した、風景画。座っている場所も、態勢も、最近見た限り全て同じ。その時間だけ、ループしているのかなと錯覚してしまうほどだ。
だから、夕日が沈んでしまった今は、帰ってしまっている可能性がある。
あまり期待しないでおこう、と思いながら、堤防へと足を踏み入れた。
いやいや、だから、何期待しちゃってんの。
堤防は相変わらず、遮るものが無く吹きっ晒しの風が強かった。ぼう、という風が耳のすぐ隣を通り過ぎる雑音が鼓膜に響く。太陽が見えないだけあって、少し肌寒さを感じ、服の上から腕を摩った。
それと同時に、河道に下る斜面側を視野に入れた。河道をジョギングする人たちの姿は見えず、どこか閑散としている。と言っても、いつも人通りは少ないが。
そして、焦点を奥の方にずらしていくと。
…いた。
斜面を覆う緑色の芝生の上に、ぽつんと、ここからでは小指よりも小さい何かがそこにいるのが分かる。
彼女だ。
ちょっとだけ、安心した自分がいた。でも、逆に不思議に思う。
もう夕日は隠れて、暗くなりかけているのに、なんでまだいるのだろう。
おれはいつも通り、何事もなかったような勢いで堤防を歩いて行く。
徐々にその黒い点が大きくなってきた。顔やキャンバスが明瞭に見えてきて、それが彼女で間違いないことを表している。
彼女の目線が、キャンバスに釘付けになっているのが分かる距離になって初めて、気が付いた。
そうか。夢中になり過ぎて、夕日が沈んだことすら気付かないんだ。
おれは呆れ半分で没頭している彼女を見た。
その集中力は称賛に値するが、だからって、あまりにも自分の世界にのめり過ぎなんじゃなかろうか。暗くなったら絵が見えないし、寒さも増してくる。風も強くなる。
長い髪が、ふわふわと風に靡いている。けれど、全く気にする気配が無い。
本当、不思議な子だ。
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