第67話 絶叫と起床
何か、無いか。
おれは周りを見渡す。広がるのは、白の世界。何かあったとしても、全く目に映らない。音も、ほぼ無音だ。頼りになるものがない。
ミコト。もしミコトが起きられたら、魔術で何とかならないか。あの岩壁を吹き飛ばしたぐらいだ。すごい魔術があるかもしれない。
って。何、また頼ろうとしてるんだ。自分たちで何とかするって決めただろ。
これは取捨選択だ。
この限られた時間で、何を捨てて、何を拾うか。移動すれば、この場所をどのみち放棄しなければならないんだ。全部が全部、手に抱えきれるわけじゃない。手に取れるものを拾って、無駄なものは捨てないと、最後にはかさばって重みで自滅する羽目になる。
「…くっそう、こうなったら…」
暫くの沈黙の後、コウタが呟いた。何か、閃いたのだろうか。コウタの発想力は、意外と馬鹿にできなかったりする。ゲンたちには無いものを、持っている。
「…すぅぅううううううううう…」
コウタは、前屈みになった後、ゆっくりと身体を反りながら、空気を大量に吸っていく。いったい、何をする気なんだろう。ちょっと期待している自分がいる。
ぴたっと、コウタが息を止めた。
「…だぁれかぁああああああああああああああああああああああああああああ!!いませんかぁああああああああああああああああああああああああああああ!!助けてくださぁああああああああああああああああああああああああい!!!」
おれは思わず手で耳を塞いでいた。それでも、鼓膜を劈くほどの音量。それが静かな森の隅々にまで拡散していった。
コウタが肺に溜まった空気を全て吐き出し終わると、痛いほどの静寂がまた訪れた。
「…な」
コウタを見つめたまま固まったハルカの口元が動く。
「…な」
…な?
「何してくれちゃってんのあんた!?」
ハルカが、もはや驚きを通り越して、恐怖を張り付けた顔をしている。ゲンは何が起こったか理解できていないまま、ぼーっとしていた。
「…え?どうにもならなさそうだから、助けを呼んだんだけど?」
コウタは平然とこちらに振り向いた。その顔はやることやり切った、という達成感を醸し出している。
いや。
何一人でやり切った感出してんだよ。
そして、ものすごい既視感を覚えた。そういえば、黒い化物と戦う前にも同じようなことがあったような。あまりにも突拍子が無さ過ぎて、頭がついていかない。
「こんなことしたら、私たちがここにいることバレちゃうじゃない!!」
「え?それでいいんじゃね?人がいたら分かるだろ?」
「アホ!!人が来る前に魔物が寄ってくるっつーのっ!!」
ハルカはコウタに近づくや、胸倉を掴んでコウタを睨みつけた。コウタは、一瞬眉をひそめて考えた後、ぼそっと呟く。
「…はっ。確かに」
確かに。じゃねぇ。
おれはもう怒りすら浮かばなかった。本当、すがすがしいよね、コウタって。ホントに、すがすがしいほど、馬鹿だよね。
「こっちはもう疲れてる上に、戦えない人だっているんだからね!!これで魔物の群れが襲ってきたらどーすんのよ!?」
「それは困るなぁ…」
「こいつぶっ殺そうかしら!?」
「ま、まあ落ち着けってハルカ」
ハルカがダガーを抜きかけているのを、慌ててゲンが止めているが、おれははっとして眠っているミコトとソラを見た。
しかし、ミコトたちは何事も無かったかのように目を瞑ったままで、目を覚ます気配はない。
良かった、と思う反面、この声で起きなかったのはすごいな、と思ってしまった。
しかし、次の瞬間。
ミコトの隣で眠っていたはずのソラが、むくっと上半身を起こした。
「…っソラ!?」
おれは驚いて、ソラに駆け寄った。急に起き上がるものだから、反射的に身体が動いていた。
「…ほら!あの子も起きちゃったじゃない!」
「わ、わりぃ…」
後ろでひそひそと会話をしているハルカとコウタの声を片耳で聞きながら、おれはソラに声を掛ける。
「ソラ!ごめん、起こしちゃった?あ、身体大丈夫?」
ソラは上半身を起こして、俯いたままだった。返事は無く、じっとしている。
どうしたんだろう?聞こえていないのか。それとも、どこか悪いのか。
「…ソラ、大丈夫?」
膝を付いて、もう一度声を掛ける。おれは、そっと俯いている顔を覗こうとした時。
不意に、ソラが顔を傾けて、おれを直視した。
身体が、凍りそうだった。
あんなに、鏡のように輝いていた銀色の瞳はぼんやりと濁り、温もりを吸収するかの如く、冷たい眼差しを放っている。目つきは無気力で、焦点が合わず、本当に自分を見ているのかさえ分からない。
別人かと思った。
これは、おれが知っているソラじゃない。
「…ソ、ラ…?」
あまりの驚愕で、自分の声が掠れて、裏返っているのが分かる。
ソラはおれを一瞥すると、無言のまま、むくりと立ち上がる。たぶんその後、棒立ちになっているハルカたちを見たのだと思う。
そして。
くるっと踵を返して、ゆっくりと歩き出した。
「…あ、え!?ソラ!?どこいくんだ!?」
おれは思わずソラの手を握っていた。とても、冷たい。氷でも触ったかのようだった。
でもソラは構わず、手を握られたままおれを引っ張る。
「ちょ、ちょっと!!」
その声で、ようやくソラが反応した。振り向いて、その冷たい眼光で見つめる。
ただ、それだけだった。見つめるだけ。
何を、言いたいのだろう。分からない。でも。
…ついて来い、ってこと?
降り返って皆に目線を送った。すると、それを察してくれたのか、ハルカが「ああもう!!」と大きな声を発した。
「ゲン!ミコトを運んで!コウタは荷物を!私は前と同じように目印を付けていくから、見失わないようについて来なさい!」
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