第66話 迷走

「…さて」

ハルカが腰に手を当てて、目を一度閉じた。また開くと、真剣な目つきに変わっていた。


「これから、どうする?」

「…どうするってお前…」

コウタが片眉を歪めて、視線を泳がせた。


「この霧じゃ、どうにもなんねぇだろ」ふん、と短く鼻息をつく。


「…どうにもならないから、できるだけ情報を集めようってのよ。察してよね」

ハルカは困った顔をコウタに向けた。もうあまり怒る気力も残っていなさそうだ。ハルカだけじゃない。もう皆、疲弊しきっている。


おれは眠っているソラを見た。

ソラはミコトが施した治癒魔術のおかげで、身体中にあった傷は癒えている。でも、それだけだ。瞼は固く閉じられ、地面の上に簡易的なシーツを敷いているものの、ごつごつした地面で寝心地は最悪だろう。


早く、何とかしないと。


おれは鈍くなった頭を必死に回転させる。


「ちょっと、いいかな」

おれは軽く手を挙げて、皆に視線を移した。


「…霧が発生してから、どれぐらい時間が経ったんだろう?」


さっと、空を見上げる。相変わらず、濃い霧に包まれて、空の状態が確認できない。晴れているのか。曇っているのか。太陽の位置はどこにあるのか。


そう、まずは自分たちが置かれている状況の把握。これが先決だ。


「うーん、俺たちが窪地を訪れた時は、まだ太陽が全然昇り切っていなかったよな。あれから、霧が発生して、遺跡に潜って、外に出るまでを推測すると…」

ゲンが唸りながら呟く。


「だいたい、四、五時間、ってとこか?」

四、五時間、か。そういえばおれは、遺跡の地下に落ちて意識を失っていたんだっけ。それに、ずっと暗い場所を彷徨っていたから、時間感覚が狂っている。


道理で、さっきまでの出来事がすごく前のように感じるんだ。


「ってことは、まだ太陽は真上から傾きかけているぐらい、なのか?」

コウタも空を仰いで、目を細めた。太陽の光を探しているようだが、光源らしきものは見当たらない。


「じゃあ、私たちが取ることのできる行動は、二つね」

ハルカが二本の指を立てる。


「この場に留まるか、移動するか」


おれたちは頷いた。まずはその選択からだ。


時間を把握しようとしたのは、このためでもある。もし長い時間が経過していて、もうすぐ日没が訪れるのだったら、どのみち移動することはできないだろう。夜の森の移動はそれほどまでに危険だ。霧が出ているとなると、なおさらだ。


しかし、まだ昼過ぎだというのなら、自分たちが移動できる時間が残されている、ということを意味している。


「まずはこの場に留まる場合から考えましょう」ハルカが指を一本だけ立てて見せた。


「皆、水と食料は?」


傭兵だけでなく、旅をする者全般に言えるのは、携帯食料を持参していることだ。かさばらない程度に干し肉や水を携帯していないと、もしもの時に生き残れないためである。


「おれは、水が残り半分と、干し肉が五枚」

腰に下げたポシェットから中身を確認した。おれは地下に落下したから、正直無くなってるんじゃないかと不安が頭を過ったが、中身は大丈夫のようだった。


「私もそんなところね」「俺もだ」と、ハルカとゲン。


「…すまん、全部落とした」

コウタはうなだれてしまった。かなりショックを受けている様子だ。


「まあいいわ。それに、あんただけじゃなくてあの子にも水と食料を残さないといけないんだから」


そう言ってハルカは、眠っているソラを見やった。

見る限り、ソラは何一つそういう類のものを身に着けていない。本当にどうやってここまで来たんだ?という疑問が脳裏を掠めたが、今はその疑問を片隅に押し留める。


「火種と、枝はそこらへんに落ちてるもので代用して、休める場所は…、ミコトが吹き飛ばした、あの穴でいいかな。あそこなら、雨風凌げそうだし」


「留まる場合は、とりあえず何とかなりそうだな」

ゲンが腕組みをして、深く頷いた。


とりあえずは。

けど。


「…そう長くは持たない」


水と食料は持って二日。しかも、夜は相当冷える。皆の身体の方もだ。疲れている上に、大した休息をとることができないから、時間が経てば経つほど、体力を失っていく一方だ。


「…それに、万が一待ち続けて霧が晴れたとして、結局今おれたちがどこにいるか分からないままだ。霧が晴れるまでの時間稼ぎはできるかもしれないけど、やっぱり、問題は解決しない、…と思う」


おれは少し目を伏せた。自分の意見をはっきり言うのには少し抵抗があったけれど、早く何とかしないと、という焦燥感がぞわぞわと背中をなぞる。


ミコトも、ソラも。もしかしたら、おれたちだって。


もう一つ。これは彼らにはまだ言えないことだけれど。


ホワイトたちがソラの行方を追っているかもしれない。だとしたら、できるだけ早くここを抜け出した方が、いいんじゃないか?


「じゃあやっぱ、移動しようぜ?」


そう言い出したのは、コウタだった。すくっと立ち上がったコウタは霧で見えなくならない程度の距離を保ったまま岩壁に空いた穴に近づく。


「しようぜって、あんた簡単に言うけどね…」

ハルカはじとっとした目つきでコウタを見上げる。


そうだ。移動したい気持ちが先走るが、移動するのもかなりリスキーだ。ここを離れて、もし迷ってしまったらもう後戻りができない。


じゃあ、どうすればいいってんだ?


それきり、会話が途切れた。

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