第62話 希望の花
おれは生唾を呑み込んだ。
嘘だろ?ここに来て?最悪だ。通路の天井が崩れて、道を塞いでしまっている。これじゃあ、前に進めない。
おれたちは無言で来た道を振り返った。奥は真っ暗で何も見えないが、轟音と地響きだけが伝わってくる。
「…今さら」ハルカがぼそっと呟いた。「引き返せないわよね…?」
誰も答えようとしない。答えられるはずがない。
「…じゃあどうしろっつーんだよ!?」
コウタがいきなり声を荒げた。ちょっと逆切れ気味だ。
「知らないわよ!知らないから聞いてるんでしょうが!」ハルカもやけくそになって叫んだ。ミコトはおどおどしてハルカたちの喧嘩を見ている。ゲンは頭を掻きむしった。
駄目だ。非常にまずい。何か、ないか?今の状況を打開するもの。
おれは疲労困憊で回らない頭を必死に回した。どこみても壁、瓦礫。ヒカリゴケが微量な光を放っているだけで、他には何も見当たらない。
ミコトの魔術は?それも危険だ。爆発で目の前の瓦礫を吹き飛ばそうとも、さらに崩れてしまったら意味が無い。むしろ崩壊を促進してしまう。
せめて、出口さえ分かれば。爆発の威力で全て崩壊する前に、抜け出せるのに。
その時、おれは違和感を覚えた。待て。おれは今まで、何でここが出口かもしれないって思ってたんだ?そう、おれは何かを辿って——。
その疑問が頭を過った瞬間、脳裏に電流が走った。
「…そうだ!風!!」
「…風?」
ゲンが首を傾げる。皆がユウトに振り向いた。
「おれ、風を頼りにここまで来たんだ。だから、そう、えっと…」
おれは片腕で何とかソラを抱えながら、もう片方の手で通路の壁の岩と岩の隙間に触れた。
岩のひんやりした感触が伝わってくる。けど、それ以外には何も感じない。
「…どこかの壁に、風を感じないか!?出口に繋がっているかもしれない!」
皆、それを理解するや否や、素早く壁に張り付いた。「ミコト、そっち見てくれ!」
とゲンが叫び、「コウタあんたもそれぐらい一人でできるでしょ!?」とハルカとコウタが二手に分かれる。
そうだ。まだ諦めるな。諦めるぐらいなら、考えろ。それが駄目なら、また別の方法を考えろ。そうやって一つ一つ、確実に選択していくんだ。
時間はまだある。いや無いけど、そう焦る必要も無い。皆もいる。大丈夫だ。
崩壊の音が響いている。自分にそう言い聞かせても、やっぱり少しは不安が頭を過る。けれど、おれは不安をかなぐり捨てながら、壁の隙間に手を当てていく。
芯が冷えそうになる身体にソラの体温が伝わってくるのを感じた。そうすると、崩壊の音が遠くなっていくようで、妙に落ち着くことができた。
「…あった!!」
声が聞こえたのは、それからどれぐらい経ったときだったろうか。ゲンの声だった。
「どこ!?」
皆でゲンのいる方へ集まる。ゲンが指した壁の隙間は、人差し指が僅かに入る程度の、小さな穴だった。そこに、手を当ててみる。
「…本当だ」
微かだが、ふわりと掌を風が撫でた。この通路は少し蒸し暑いが、冷たい空気が、ここから漏れているのが分かる。
「…ミコト!!」
「うん!!」
目配せで察したミコトが、バッグから大量の式紙を取り出した。
小さな壁の穴を中心に、ペタペタと式紙を張り付けていく。おれたちも手伝って、壁の一部が式紙でいっぱいになった。
貼り終えた後、おれたちは反対方向の通路の壁沿いに背中を預ける。
「お前ら!俺の後ろに来い!!」
ゲンはそう言うと、大きな盾を前方の地面にガッと突き刺して、他の皆は、ゲンの後ろにできるだけ身を寄せた。
「…最大火力でいくよ」
ミコトは一枚の式紙を指に挟んで、真剣な目をしている。意識を集中させているようだ。彼女はすっと目を閉じて、数秒の時が流れた。
自分の鼓動が高鳴るのを感じる。これは、焦りなのか。不安なのか。緊張なのか。全てだ。これで道が開かなければ、もう、打つ手がほとんどない。
どうか、頼む。出口へと、繋がってくれ——。
おれはソラを庇うように、ぎゅっと彼女の身体を自分へと抱き寄せた。
ミコトの瞼が開かれた。
「…ヴォ・ラ・ズィ・ド・ル・ヴァ…」
ミコトが<
「…ディ・ッラ!!」
最後の一言が叫ばれた瞬間、壁に貼り付けた式紙が一斉に赤黒い光を発し、壁を彩っていく。それを知覚した途端、とてつもない爆音と、爆風が押し寄せた。
ゲンの後ろに隠れていても、感じる熱と風圧。身体が吹き飛ばされてしまいそうだ。おれは目を強く閉じて、全身に力を込めた。
——————————。
不意に、静寂が訪れた。
でもそれはほんの僅かだった。暫くすると、崩壊の音が遠くから近づいてくるのを鼓膜が捉える。
おれは、軽く、目を開けた。
どう、なった?分からない。もう爆音は止んだ。熱くない。ソラの体温を感じる。隣にはコウタとミコトとハルカ姿。もみくちゃになって、よく見えなけど、死んでない。ゲンの大きな背中もある。皆、生きて、いる。
そっと、優し気な風が髪を撫でた。
不思議に思って、おれはゲンの影から顔を突き出した。なんだ?眩しい。目を細めて、手で視界に影をつくりながら、おれはそれを見る。
通路の壁に穿たれた大きな穴。もうそこにあったはずの壁は消え去り、遮るものは何も無い。
そして、その向こう側には。
煌々と輝く一輪の光の花が、おれたちを照らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます