第60話 余韻
瓦礫の落ちる音が、どこまでも反響している。
それに耳を傾けながら、もうこの遺跡は終わりだな、と僕は思った。
「はあ…。危うく生き埋めになるところでしたよ…」
隣でホワイトがそう呟いた。遺跡を抜け出した僕たちは、数千年も立ち続けてきた遺跡の最期を見守っている。
ホワイトはそう言っておきながら、焦りが微塵も感じられない。顔を仮面で隠しているから、そう見えるだけかもしれないが。とにかく、この男は何を考えているのか理解しがたいところがある。もっとも、あまり理解しようとも思わないけれど。
「…あの」
僕は遺跡を眺めながら、ぼそっと呟いた。
「ん?どうしました?」
「…………………」
「いやいや、声を掛けておいてだんまりは止めてくださいよ」
「…………すまない。助けてもらって」
僕はそう言って、顔を背けた。まあ仮面を被っているから、相手に表情は見えないし、普通に話せばいいのだけれど。どうしても、それが身体に表れてしまった。
「ああ、構いませんよ。しかし、あなたがそう謝ってくるのは本当に珍しいですねぇ」
「…………うるさい」
「まあ、そう怒らんでください。…あれは、仕方がない」
今思い返しても、身体が熱くなる。
あの傭兵。最初は、戦い方が慎重なだけで、大した相手ではないと思っていた。実際、僕が二刀流になっただけで、動きに付いていけていなかった。
でも。あの時。
あの女が傭兵を庇おうとした時。あいつは、常識ではあり得ない速さで、僕の短剣を剣で弾いてしまった。その後からも、人が変わったみたいに好戦的になった。反応速度も剣捌きも力も、最初の比ではない。
実力を隠していたわけでは、無いと思う。もっと違う何か、それがあいつを突き動かしていた。そういうふうに見えた。
けど、あの目。僕を扉に突き飛ばして、剣を振り下ろそうとした、あの瞬間。あれは——。
知らず知らずのうちに握りしめていた拳の力を、ふっと解いた。
「…それに」僕は大きく溜息を付いた。
「目標も、逃がしてしまった」
「ああ、そうですね」
ホワイトは僕を見ずに、相槌を打った。
また、この男は。せっかくあそこまで追いつめていたのに、それを取り逃がしても、平然としている。いったい何を考えている?
「まあ、あれ以上負荷をかけ過ぎたら、また変なところに逃げられてしまいますからね。だから今回は、これで良しとしましょう」
「…あれで良いと、本当に思っているのか?」
「ええ」
「…傭兵たちの手に渡ってるんだぞ」
「変に逃げられるより、そっちの方がまだ探す手間が省けるというものでしょう。それに、まだ機会はいくらでもある。そう思いませんか?」
「………………」
僕は押し黙った。やはり、こいつとは考えが合わない。傭兵たちの中にいられる方が、よほど面倒くさいだろうが。
「とにかく、一旦我々も退きましょう。もうここに用は無い」
ホワイトは身を翻して、崩れゆく遺跡に背を向けた。
そうだ。自分たちにはまだやらなければいけない仕事がある。こんなところで、油を売っているわけにもいかない。
僕は去っていくホワイトの後を追った。そして去り際に、ちらりと後ろを振り返る。
もう遺跡のほとんどが原型を留めていない。ただの瓦礫の山となるのも、時間の問題だろう。
「…傭兵」
ふとまたあの男が頭を掠めた。
お前は——。
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