第59話 瓦解

爆発的な轟音が響いたのは、その直後だった。


「…はっ!?」


おれは驚いて、顔を上げた。ちょうど、真上だ。上で何が起こった?分からない。でも、すごい音だった。天井が崩れてしまうんじゃないかってぐらい。


…天井が、崩れてしまうぐらい?


悪寒が背中を駆け抜けた。なんか、まずい気がする。このままだと、天井が。


天井に、ひびが入った。


どんどん、どんどん広がって、終いには、天井が近づいてきた。いや、落ちてきた。

落ちてきた天井は、まず部屋の中心にあった大きな扉にぶち当たった。頑丈だと思われた扉は、あっという間に瓦解して、ただの石屑と化していく。


おれとホワイト、ネイビーは扉のすぐ近くにいたから、雲の子散らすように逃げた。ホワイトはネイビーを脇に抱えて、おれはその反対方向に。


横たわっているソラの姿が見えた。そうだ。ソラ。あのままだと危ない。おれは降ってくる瓦礫を避けながら、ソラのもとに飛び込んだ。


両手を広げて、ソラの身体を掬うようにキャッチする。おれは息を着く間もなく部屋の隅に駆けだす。


後ろを振り返った。まだまだ瓦礫は降ってくる。鼓膜が破れそうなほど音は響くし、細かい破片が身体に当たって痛いし、なんだよ、これ。この世の終わりだろうか。世紀末?どこからか、女の子の、甲高い声も聞こえてくるし。


…は?


「…きゃぁぁぁぁぁあああああ!!!」


何かの聞き間違いかと思ったけれど、そんなことはなかった。瓦礫に紛れて、本当に女の子が降ってきている。まじかよ。


「シィ・ル・ファ・イェラ!!」


女の子は涙目になりながら、何か<呪文スペル>を唱えた。すると、地面に瓦礫を吹き飛ばすほどの風が巻き起こり、女の子は地面に叩きつけられる前に、ふわりと尻から着地した。


魔術を使うということは。


「ミコト!!」


「は、はあ…、死ぬかと思った…、って、ユウ君!?」

ミコトは腰を摩りながら、立ち上がって叫んだ。「良かった、無事で…!」と顔を綻ばせて微笑む。


おれはつかの間胸を撫で下ろした。

けど、安心している場合じゃない。上で何が起こったんだ?まだ巨人と戦っていたのか?色んな疑問が浮かんだが、おれはミコトに近づきながら声を張り上げた。


「他の皆は!?」


するとミコトは、はっと目を見開いて、「あ、そうだった!!」と叫ぶと、自分が降ってきた天井を見上げた。


「…………あ」


おれもつられて首を持ち上げると、見慣れたシルエットが浮かび上がった。


「ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!…ぐふぉおおっ!?」

降ってきたのはコウタだ。コウタは空中で姿勢を崩して、背中を地面に思い切り叩きつけた。


ちょっと白目を剥いている。…大丈夫、なのか?


続いて、ガシャアアアン、とガラスが砕けたような音がして驚いて振り向くと、ゲンも天井から落ちてきた。ゲンは鎧に守られていたせいか、平気なようだ。目線は少し定かでないけれど。


最後に落ちてきたのはハルカだった。

ハルカは落ちている途中で、部屋の壁に向かってナイフを投げた。ナイフには糸が繋がっているようで、線が光に照らされきらきらと光っている。ナイフが壁に突き刺さると、ハルカは糸を手繰り寄せながら綺麗な放物線を描いて着地した。


「皆、大丈夫!?」ハルカは着地してすぐに、周辺を見回した。


「あ、ああ。俺はなんとか」ゲンは頭を振ってぱちぱちと瞬きをする。


「あたしも大丈夫だけど、その、コウタ君が…」

ミコトが目を伏せて、コウタを指差した。そこには、ぴくぴくと痙攣しているコウタがいる。


「そう…」ハルカが悲しそうな目でコウタを見た。「こんなことになるなんて…」


「お、おい…、か、勝手に死んだみたいな雰囲気にするな…」

コウタは苦しそうに首をもたげて声を漏らした。


「あら、生きてたのね」

「いいから手を貸せ…。けっこうきついんだから、今…。まじ痛ぇ、くそ…」

「はいはい、仕方ないわね」

ハルカは首にコウタの腕を回して、担ぎ上げる。


「さ!今のうちにユウトを探すわ…」

ハルカは言い終わる前に、おれと目線が合った。おれはどんな顔をしていいのか分からず、ただハルカを見つめた。


「ゆ、ユウト!あんた何でいんのよ!?」

「あ、あはは…。どうも…」


おれは苦笑いを浮かべた。というか、それはこっちのセリフでもあるんだけど。


「って!その子誰よ!?」ハルカはおれから視線を落として、抱えているソラを見た。


今思えば、かなり大胆なことをしている気がして恥ずかしさが込み上げてきた。皆の目線が自分に注がれて、かーっと顔が熱くなる。


「こ、こっちも色々あったんだよ!それよりも、上で何があったんだよ!?ヤバ過ぎだろ、これ!?」


地響きは鳴りやまず、この部屋だけでなくどこもかしこも崩れ始めていた。もうこの部屋はほとんど崩壊していて、辛うじて柱が残っているが、いつ崩れてもおかしくはない。


「とにかく、説明は後よ!今はこの遺跡を抜けましょう!」


ハルカはそう啖呵を切った。それもそうだ。こんな状況で悠長に話している場合じゃない。早く逃げないと、生き埋めになってしまいそうだ。


「おい、こっちしか通路無いぞ!」ゲンはおれとソラが行こうとしていた右側の通路を指した。


「そこしかないなら、もうそこに行くしかないじゃない!さあ、走って走って!」

おれたちは崩れる部屋を後にして、通路へと駆け込む。

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