第58話 猛攻

キン、という高く軽やかな音が聴こえた。


「…っ!?」


ネイビーは仮面の奥の目を大きく見開いていた。やっと、表情らしい表情が窺える。


ん?窺える?


ネイビーは右手を庇いながら、後退した。その右手には、短剣は握られていない。


短剣は、後退するネイビーの後ろの方に落ちていた。床に転がって、光を反射している。ということは、どういうことか。ネイビーは短剣を、落としたのか。


ソラ。


おれは振り返ってソラを見た。ソラは、床に寝転んでいた。大丈夫だ。生きている。どこも傷ついてはいない。良かった。本当に良かった。でも、なぜか気絶してしまっている。眠るように。


まあ、あれだけぎりぎりだったのだ、驚いて気絶してしまっても、おかしくはない。


でも、なんで。

なんでおれはいつの間にか、ソラの前にいるんだろう。


どういうことだ?記憶が無い。あの一瞬の出来事の。何がどうして、こうなった?おれはいったい、何をした?


とりあえず、助かったことだけは分かる。それはそれで、いいんだけど。


「…はぁっ!!」


ネイビーが眼前に接近してきた。右手と左手には、短剣が握られている。もう落ちてしまった短剣を拾ったみたいだ。


じゃなくて。


おれは何をぼーっとしているんだ。まだ戦いは、終わっちゃいない。


集中しろ。


まずは左から、逆手に持った短剣の刃が迫る。手首でスナップを効かせて、それを剣で軽く弾く。左手の次は右手だ。右手に握られている短剣も、同じように弾いていく。


あれ。


さらにネイビーは、逆手にもっていた左手の短剣をくるっとひっくり返し、普通に持った状態で突き刺してきた。それも、剣の根元あたりで弾く。ネイビーの弾いた勢いを利用した攻撃がさらに続く。左、下。右、右。最小限の動きで、それらを弾く。


ネイビーは左に移動するかと思いきや、フェイントをかけて右に身体を翻した。おれの後ろに回って、短剣の切っ先をおれの背中目掛け振り抜く。が、それをおれはしゃがんで避けた。


避けると同時に、肘をネイビーの腹に叩き込んだ。「ぐっ」とネイビーは短く息を漏らした。どすっと腹の肉に肘が当たった手ごたえもある。


ネイビーは姿勢を低くしたまま後退した。後退した後、素早く右側に移動する。

おれは左足の親指に体重を乗せて、思い切り床を蹴った。ネイビーの後を追っていく。


見える。


ネイビーの動きが。呼吸が。短剣の動きが。軌道が。


こんなに、遅かっただろうか。もっと、目に留まらないほどの速さだと思っていた。けど、今は違う。


身体が、自分の思い通りに動く。手も、脚も、眼球も、指先の先端に至るまで。握っている剣ですら、自分の身体の一部みたいだ。


身体が軽い。頭もすっきりしている。なんでだろう。どうしてしまったんだ。


いや。この感覚。


初めてじゃない。知っている。覚えている。

あの、黒い化物と戦った時。そうだった。あの時も、こんな感じで。


おれは剣を握る力を強めた。ぐっと手首を捻って、振りかぶる。


剣の射程が、ネイビーを捉えた。入った、という感覚が、びりっと脳を刺激する。刹那、おれは目一杯剣を振った。


左側から、ネイビーの肩を目掛けて。ネイビーはそれに気付いて、短剣をクロスさせながら剣を迎え撃った。


剣が、クロスさせた短剣と短剣の間に挟まるように吸い込まれていく。当たった瞬間、ネイビーは上手く手首をしならせて剣の威力を吸収しようとした。


させるか。


おれは剣と短剣が当たっている部分に意識を集中させた。

剣の刃にも、神経が通っているみたいに、短剣がどこに触れているか感じられる。たぶんそれは、そう思うだけだ。でも、そんなイメージが頭の中にあった。その触れている場所一点に、力を込める。


「…ぎっ!?」


ネイビーはその身体ごと、後ろへ突き飛ばされた。背後には、部屋の中心に聳え立つ大きな扉がある。


ドン、とネイビーはその扉に叩き付けられた。「がはっ」と肺の空気が押し出される声が聞こえて、ネイビーは無防備になった。


おれは扉にもたれ掛かっているネイビーに接近しながら、剣を頭上に振り上げた。


もう、ネイビーを遮るものは無い。短剣では防ぎきれない。これを振り下ろせば、勝てる。


チェックメイトだ。


それを確信した。そして、剣を——。


「…そこまでです」

「…!?」


何が起こったか、一瞬理解できなかった。いくら剣に力を入れても、剣を振り下ろせない。


違う。


ホワイトだ。急に現れたホワイトが、短剣でユウトの剣を防いでいた。


様々な思考が頭を逡巡した。いつから?どこにいた?なんで防がれてしまった?

渾身の、一撃だったはずなのに。細い、短剣一本で?


完全に意識がネイビーに向いていたせいで、気付かなかっただけなのか。でも、それだけでは無い気がする。それとも———。

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